第1話スキル授与式⑤誓約
「にゃう」
耳元で聞こえた声に、びくっとする。
いつの間にか膝に乗ってたミーナさんが、ぼくの肩に手をかけて背伸びして、頬にスリスリしてた。
「ミーナ、さん」
このミーナさんは、あのミーナさんだったんだ。
「にゃ」
「ミーナさんは、ずっとおぼえてたの?
だから、ずっと一緒にいてくれたの?」
『今度こそずっとそばにいて、守ってあげる』っていう言葉を、守ってくれてたの?
「にゃうん」
ぼくの膝にちょこんと座りなおしたミーナさんは、なぜか不機嫌そうなカオになって、横を向いた。
「にゃう」
「そうね、じゃあ先にやっちゃおう」
「え……?」
こっちも、いつの間にかぼくの横にぺたんと座ってた女神様が、にっこり笑う。
こほんっと軽く咳をすると、片手をかかげて、まじめな顔で言った。
「女神の名において、にゃんこミーナさんと人間セージくんの間に絆を結ぶ。
死ぬ瞬間まで決して途切れぬ心身の絆によって、ふたりの命運はひとつになった。
ふたりの身に幸せがあらんことを」
その手からやわらかい白い光があふれて、ぼくとミーナさんを包む。
一瞬だけ強く光って、すぅっと消えていった。
「今の、なに……?」
「にゃ(誓約よ。これでセーちゃんを守りやすくなったし、おしゃべりもしやすくなったわ)」
「え……?」
ぼんやりつぶやいたことに返事があって、びっくりする。
「ミーナさん、今、しゃべった?」
膝のミーナさんを見ると、こくんとうなずく。
「にゃうん(ええ。誓約をすると、あの時みたいにおしゃべりできるようになるって女神様に教えてもらってたから、【精神感応】スキルはいらないって言ったのよ)」
「そうなんだ……」
なんだかびっくりしすぎて、何に驚いたらいいのか、わからなくなってきた。
「えっと……」
ぼくは元日本人で、ミーナさんと女神様のおかげでこの世界に転生して、使命は特になくて、ぼくの役目はミーナさんのお世話で。
頭いっぱいいっぱいだけど、これだけは、言わなきゃ。
「ミーナさん」
「にゃ(なあに?)」
「ずっと、そばにいてくれて、ありがとう」
「にゃ(どういたしまして)」
「やっとセージくんとおしゃべりできるようになってよかったね、ミーナさん」
女神様が優しい声で言う。
「にゃ(ええ、ありがとう女神様)」
「どういたしまして!
ここに来てもらったからには、最大限望みをかなえるのは当然よ~」
とろけそうな笑みでミーナさんの背中をそっと撫でた女神様が、そのままこっちを向く。
「でね、セージくんに追加で説明しておくね」
「え、あ、はい」
びくっとしてうなずくと、女神様はくすくす笑う。
「そんなにおびえないで、前と同じように気楽にしゃべっていいのよ」
そう言ってくれてるのは本心だろうけど、今のぼくの魂には、女神様は実在するすごい存在だって刷り込まれてる。
気楽に話すなんて、無理。
「でも、あの…………うん、わかった」
って言おうとしたけど、女神様の視線の圧力に負けて、小さくうなずいた。
こういうのを『メヂカラ』って言うのかな。
「ありがと。
じゃあ説明するけど、さっき私がした【誓約】っていうのは、にゃんこと人間の魂を結びつけるためのものなの。
この世界の人間は、キミが前にいた世界の人間よりハイスペなんだけど、それはにゃんこの下僕として完璧にお仕えするために、能力高めの人形として設定したからなんだ。
人形だから食事も休憩もいらないし老化もしないしミスもないし、ばっちりだと思ったんだけど、にゃんこから『何しても反応が同じでつまらない』って言われたから、あっちの世界のにゃんこ好きの魂をちぎってきて入れて作り直したの。
それ以外にもいろいろ設定いじったから、寿命以外でも死ぬ可能性があるんだけど、それだと『飼い主と一緒に』っていう条件で来てもらったにゃんことの約束を破ることになっちゃうから、誓約っていう特例を作ったわけ。
誓約すると、にゃんことの主従関係が魂だけじゃなく肉体にも及ぶから、病気も怪我もせず事故に巻き込まれることもなく、寿命を迎えるまで平穏に暮らせるようになるんだ。
しかも、誓約したにゃんこだけじゃなく、他の子ともしゃべれるようになって、とってもお得!
ね、すごいでしょ!」
「う、ん、すごい、ね」
得意そうな顔で早口で言われたことは、半分も理解できなかったけど、なんとかうなずく。
「でしょー!
ただ、誕生直後にしちゃうと、こっちの世界での常識が身につかないから、成人するまで待ってたんだ。
それまでに何かあったらって、ミーナさんには心配かけちゃったけど、これでもう安心安全だから!
ね!」
「にゃ(そうね、ありがとう女神様)」
「どういたしましてー!」
よくわからないけど、ミーナさんと女神様が嬉しそうだから、いいのかな。
にこにこしながらミーナさんの肉球をさわってた女神様は、ちらっとぼくを見た。
「あ、そうそう、あの時約束した転生特典、さっき誓約と一緒に解放しといたから、確認してみて。
ついでに、希望してたスキルもあげといたから。
スキルと同じようにすれば、使い方とかが脳裏に浮かぶはずだから」
「え、あ、うん、やってみる」
軽い調子で言われて、とまどいながらも、言われたとおりにしてみた。
目を伏せてスキルを使うことを意識してみると、脳裏に何かが浮かぶ。
……今までは気づいてなかったけど、これって、ゲームのステータス画面っぽい。
<スキル>
【浄化】
【感応】
【掃除】
【計算】
<ギフト>
【目力】
<特殊>
【誓約】 対象:ミーナ
【女神達の祝福】
…………なんか、いろいろ増えてるし、一番最後にくっついてるものがコワいんだけど……。
そこが気になってると、ピコピコっと点滅して、その下に説明文っぽい文章がずらずらっと出てきた。
【前世で猫を助けて元の世界及びこの世界の女神達に感謝されたことが、祝福となってその身を助ける。
効果:幸運値カンスト(あらゆる出来事が良い方向に働く)】
「ぅわー……」
幸運値なんてあったんだ、ますますゲームっぽいなー。
あーでもさっき女神様、『いろいろ設定』って言ってたし、世界を創るのって、神様にとってはゲームみたいなものなのかなー。
「にゃん(セーちゃん、どうしたの? 何か困ってる?)」
現実逃避みたいに考えてたら、心配そうなミーナさんに話しかけられて、あわてて首を横にふる。
「だいじょぶ、ちょっと、女神様にもらった能力について、いろいろ考えてただけ」
「にゃ(ちゃんと頼んだものがもらえてたのよね?)」
「うん、もらえてたよ。
えーと、女神様、質問してもいい?」
ミーナさんを心配させちゃうなら、考えこまずに聞いちゃったほうがいいかな。
「いいわよ、なあに?」
女神様は、どこからか出したブラシでミーナさんをブラッシングしながら答える。
「【女神達の祝福】っていうのがあったんだけど、これって」
なんて聞いたらいいんだろう。
「スキルでもギフトでもないみたいだけど、えーと、……これ何……?」
結局わからないまま聞いてみると、女神様はにっこり笑う。
「そのまま、私と彼女からの祝福、あのにゃんこを助けてくれたお礼よ。
特殊分類なのは、この世界で他にソレを持つ人間がいないから、とりあえずそこに混ぜといたの。
ちなみに、【誓約】を持ってる人間は、後二人いるよ。
二人とも王都にいるから、そのうち会えるんじゃないかな」
「そうなんだ……」
ぼくだけ、なんだ……。
「あ、そうそう、キミの家族なんだけど、キミが死んだ後の話、聞きたい?
まあまあのざまぁ展開になってるわよ」
「え……」
『ざまぁ展開』って、どういう意味だったっけ……。
前世のことは思い出したけど、当時読んだラノベの内容とかの細かいとこまでは無理だった。
「『ざまぁ』って、自分をいじめてた奴らを見返して『ざまぁみろ』って言ってやる感じかな。
ラノベでも人気ジャンルの一つなんだけど、キミは読んでなかったね」
「……うん、たぶん……」
図書館にはそういうの、あんまりなかったと思う。
「じゃあ、聞きたくない?」
「……うーん……」
それってつまり、ぼくの家族が『ざまぁみろ』って言われるようなことになってるんだよね……?
お兄ちゃんとお母さんは、しょうがないかなって思うけど、お父さんは、どうなったんだろ。
聞きたいけど、でも、聞いたってどうにもできないし、でも。
「にゃ(私は聞きたいわ)」
「じゃあ話すね!」
ぼくが悩んでるうちに、ミーナさんと女神様の間で話が進んでた。




