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第1話スキル授与式②再会

 ぼくたちの家は、南門を入ってすぐのところにあって、町の中央にある神殿から一番遠い家だから、二半鐘が鳴ってすぐ家を出る。

 家族でのんびり話しながら歩いてると、神殿に近づくにつれてだんだん周囲に人が増えてきた。

「やあディル、王都から帰ってたんだね」

 だいたいの人は、ぼくの肩に乗ってるミーナさんに無言で会釈してから、先週帰ってきたばかりの兄さんに声をかける。

 町中で神獣にゃんこ様をお見かけしても、求められない限りは干渉しないってルールがあるおかげで、ぼくはミーナさんが挨拶されるたびに立ちどまらないで済んでる。

「ああ、ただいま」

 兄さんは誰に対しても愛想よく短い会話で流して、歩き続ける。

「次はセージが行くんだよな?

 会えなくなるのはさみしいけど、がんばってこいよ」

 兄さんと話した人は、続けてぼくにそう言ってくるから、小さくうなずく。

「うん、がんばるよ」

 うちは代々成人したら王都に修行に行ってて、ご近所さんはみんなそれを知ってるから、当然のように『次はセージだね』って言ってくる。

 ほんとは立ちどまってちゃんと話したいけど、今日は神殿礼拝日だし、その後にスキル授与式もあるから緊張してて、まともに話せそうにない。

 兄さんに『どうせ出発前の送別会でまた声かけられるんだから、その時に改めて話したらいい。今日は一言程度の返事で流せばいいよ』って、家を出る前に言われた時は、それじゃ失礼じゃないかなって思ったけど、兄さんの言うとおりにしてよかった。


  

 歩きながら会話を流してるうちに、神殿の入口が見えるあたりまで来た。

 なにげなく大きく開けられた扉を見て、その横にいる副神殿長のハバネロさんがこっちを見てることに気づく。

「あー……」

 今月もかなあ。

「……ミーナさん、礼拝どうする?」

「にゃっ」

 肩のミーナさんに小声で聞いてみると、短いけど強く否定の声が返る。

「だよねー……」

 先月の神殿礼拝日、入口で副神殿長が待ちかまえてて『礼拝の間は祭壇にいていただきたい』ってしつこくお願いしてきたせいでミーナさんを怒らせちゃって、大変だった。

 ハバネロさんもこの町生まれだから、ぼくが王都に行くことを当然知ってる。

 どうも、ミーナさんのお姿を二年も見れなくなるのは悲しいから、その前に崇めさせてほしいってことみたいだった。

 ほとんどの神官さんは神獣にゃんこ様のご意思を最優先してるけど、副神殿長みたいな熱心すぎる人がたまに暴走するから、困ってしまう。

 どうすれば丸くおさめられるか悩みながら、ゆっくり歩いてると、神殿の奥のほうから神官さんが数人走ってきた。

 ぼくたちを凝視してた副神殿長を取り囲んで、何か言いながら抱えるようにして奥に連れていく。

 一番後ろにいたなかよしの神官さんが、ふりむいてぼくたちを見て、丁寧に頭を下げてから他の人たちと一緒に去っていった。

 思わず安堵の息をつく。

 


「今月は騒ぎにならずに済んだな」

 いつの間にか隣にいた父さんが、そう言いながらぼくの頭を撫でてくれる。

「うん、よかった」

「ほんとね、他の神官さんたちががんばってくれて良かったわね」

 母さんも、同じように頭を撫でてくれた。

「そうだね。

 でも、もうちょっとおちついてほしいなあ。

 長年勤めてる神官さんなのは知ってるけど、どうしてハバネロさんが副神殿長なんだろ……」

 副神殿長なんだから、もう少しおちついた人のほうがいいと思う。

「あー、まあ確かにハバネロさんはちょっと暴走しがちだが、実務はすごくできるんだ。

 だからだろうな」

 ぼくのひとりごとめいた疑問に、父さんが苦笑しながら答えてくれる。

「実務?」

「ああ。

 神官さんたちは、みな神獣にゃんこ様に誠心誠意仕えているが、そのぶん自分たちのことは疎かにしがちだ。

 例えば毎日の食事だって、出されたら食べるが、何もなければ自分たちで用意しようとは思わない。

 誰かが、食材を買いにいき、適切に保管して、必要な人数分を調理するよう料理人に指示して、食後は汚れた食器を洗って片付けないといけない。

 食事以外にも、衣服や日用品などは適宜買い足して、古くなったり壊れたものと交換していかないといけない。

 それができる『誰か』が、副神殿長に選ばれるんだ。

 神官の中で実務ができる者は貴重だから、ハバネロさんはもう五十年近く副神殿長をやってるんだよ」

「そうなんだ……」

 確かに、必要なものを必要なだけ準備するって、意外と難しい。

 ぼくも宿で使うタオルとかの消耗品の管理を任されてるけど、買い替えのタイミングとか、品物の選び方とか、けっこう悩む。 

 そういうのをテキパキこなせるから、ハバネロさんは副神殿長なんだ。

 だったら、ぼくが文句言っちゃいけないのかな。

 でも、ミーナさんのことだしなあ。

 考えながら、ぼくの肩にちょこんと乗ってるミーナさんを見る。

 


「ミーナさんは、崇められるのは好きじゃないの?」

「にゃ……にゃう」

 ふと思いついたことを聞いてみると、ミーナさんは否定の声をあげて、ちょっと間をおいてから肯定の声を返す。

「ん? えーと…………」

 どういう意味かわからなくて、ミーナさんを見つめる。

 ぼくたち人間が神獣にゃんこ様のお世話のために生まれつき持ってる【感応】スキルは、なんとなくの感情しか読みとれない。

 神官さんはみんな持ってる上位スキルの【精神感応】なら、人間どうしみたいに意思疎通できるらしいけど、ぼくはまだ持ってない。

 スキル授与式では、最初は【精神感応】スキルともう一つをもらうつもりだったけど、なぜかミーナさんに拒否されたから、諦めた。

 でもやっぱり、【精神感応】スキルがほしいなあ。

 そしたら、今みたいな時も、もっと正確にミーナさんの考えを理解できるのに。    



「あ」

 ミーナさんに尻尾の先でするっと頬を撫でられて、はっと我に返る。

 あわてて止まってた足を動かして、先に進んでた家族の後を追いかけながら、改めてさっきのミーナさんの返事を考える。

 わからない時は、わかるようになるまで質問して聞くって、前にミーナさんと約束したから、曖昧にしちゃいけない。

「えーと、……崇められるのは、いやじゃない?」

「にゃう」

 改めて質問してみると、肯定の返事が返ってきた。

 うーん、じゃあ、何がいやなんだろう。

「…………もしかして、祭壇で崇められるのが、いや?」

「にゃう」

 また肯定されて、苦笑する。

「そっか……じゃあしかたないね……」

 前から知ってたけど、ミーナさんは大勢に注目されるのがいやみたいだ。

 お世話係としては、ミーナさんのきもちが最優先だから、ハバネロさんには我慢してもらうしかない。



 いよいよ神殿について、ゆっくり扉を通りぬけ、礼拝堂に入った。

 まんなかに通路があり、左右に横長の背もたれのない木のベンチがずらっと並んでる。

 座る場所は町の北から順と決まってるから、南端のぼくの家はほんとは一番後ろだけど、ミーナさんがいるから、特例で一番前になってる。

 近くの席の人に挨拶しながら一番前のベンチに座ると、ミーナさんがするっとぼくの横におりてきて、丸くなった。

 ミーナさんの様子を見ながら、そっと正面の祭壇を見る。

 みんなから見えるように高くした大きな台の上に、いくつかクッションが置かれてて、そこに二体の神獣にゃんこ様がくつろいでた。

 全身まっくろで長毛の、クーロン様。

 背中が茶色でおなかが白の、チャロ様。

 白と黒と茶が入り混じったミーナさんを含めて、合計三体。

 神獣にゃんこ様と人間の比率は、一体につき百人ぐらいだから、ここは珍しく神獣にゃんこ様が多い宿場町として有名だって、前に商人のお客さんが言ってた。

 しかもミーナさんはいつもぼくと一緒だから、ミーナさん目当てでうちの宿に泊まりたがる旅人もいるぐらいだ。

 それぐらい神獣にゃんこ様はみんなに愛されてる。

 なのに、どうしてぼくがお世話係に選ばれたのか、突然気になった。



 神獣にゃんこ様たちは、本来は神殿で暮らして、大勢の神官にお世話されてるけど、たまに気に入った人間を専属お世話係に指名する。

 指名された人間は、その神獣様に一生を捧げてお世話する。

 ぼくもその一人だけど、選ばれた理由はよくわからない。

 なにしろ、ミーナさんにお世話係に選ばれたのは、ぼくが神殿で生まれた直後だったから。

 そんなことは初めてで、神官たちは大騒ぎになったらしいけど、王都の神殿から偉い人がやってきてミーナさんと話をして、『他の子と同じように育てるように』って言ってくれたおかげで、おちついたらしい。

 だからぼくは、ミーナさんがずっとそばにいたこと以外は、他の子たちと同じように育った。

 お世話も、ブラッシングしながら浄化スキルでミーナさんの体をきれいにするとか、抱っこしたり肩に乗せたりして散歩するとか、好物のチーズをあげるとか、ぼく以外の人でもできるような簡単なことしかしてない。

 なのに、どうしてぼくなんだろう。



 考えこんでるうちに、正鐘が鳴る。

 ほぼ同時に、神殿長がやってきた。

 いけない、礼拝の時間だ。

 考えるのは後にしよう。

「お待たせしました。礼拝を始めます」

 神殿長の声に合わせて全員が立ちあがり、その場に両膝をついて、胸の前で両手を組みあわせた。

 神殿長が祭壇の前で同じ姿勢になって、ゆったりと言う。

「誓いの言葉を唱和しましょう」

 一呼吸置いてから、誓いの言葉を口にする。

「我々は、神獣にゃんこ様に誠心誠意ご奉仕し、神獣にゃんこ様が望む世界を維持するために働くことを、女神様に誓います」

 礼拝堂にいる全員で唱和すると、それぞれの体がごく淡く光り、体の中心がぽっとあたたかくなる。

 女神様に、誓いの言葉が届いた印だ。

 また一呼吸置いてから、神殿長が立ちあがる。

「ありがとうございます、席にお戻りください」

 ベンチに座りなおすと、ずっと寝てたミーナさんがちょっとだけ顔を上げてぼくを見た。

 指先で背中をそっと撫でると、満足そうに目を細めて、また眠りに落ちる。

「続いて、神獣にゃんこ様への献上式を行います。

 今月の担当である二班、前へ」

「はいっ」

 後ろのほうから元気のいい声が聞こえて、何人かが荷物を抱えて通路を歩いてくる。

 献上品は多すぎても管理に困るからって理由で、町全体を大通りを基準に四つの班に分け、毎月順番に行うことになってる。

 品物はなんでもよくて、たいていは自分の家の職業にちなんだものを選ぶ。

 布物屋ならクッション、八百屋なら新鮮な野菜とかだ。

 ぼくの家は四班だけど、これまた特例で、献上品はミーナさんにだけ捧げればいいことになってる。

 うちだけじゃ足りない分は、神殿から献上品の一部が送られてくるから、ミーナさんに不自由はさせてない、はず。

 でもやっぱり、どうしてぼくを選んでそばにいてくれるのか、不思議だな。



 いつもどおり礼拝が終わると、まず神獣にゃんこ様たちが神官さんに抱えられて退場する。

 それを全員で見送ってから、後ろの席の人から順に帰っていくけど、僕たちは神官さんに案内されて、礼拝堂の奥の小さな部屋に入った。

「ご家族の皆様は、ここでお待ちください。

 セージさんは、あちらへどうぞ」

「はい」

 緊張しながらうなずくと、家族がそれぞれ声をかけてくる。

「練習したとおりで大丈夫だからな」

「そうよ、力を抜いて、ゆっくりね」

「何も恐くないからな」

「セージ(にい)、がんばって!」

 頭や背中を撫でられたりぎゅっと抱きつかれたりして応援されて、ちょっとだけきもちがゆるんだ。

「にゃう」

 肩に乗ってたミーナさんが、ぼくの頬に顔をスリっとしてくれる。

「……うん。がんばってくる」

 あれ、でも、ミーナさんも一緒でいいのかな。

 ちらっと肩のミーナさんを見ても、おりる気はなさそうだった。

 案内の神官さんを見ると、笑顔で小さくうなずいてくれる。

 じゃあ、いいのかな。

 ゆっくり深呼吸して、ぎゅっと拳を握って、気合を入れる。

「いってきます」

「いってらっしゃい、ここで待ってるからね!」



 みんなに見送られて神官さんに近づくと、奥のドアの横で待ってた神官さんが微笑む。

「スキル授与の祈りの作法と言葉は、知っていますか?」

「はい、大丈夫です」

 家族に聞いて、何度も練習してきた。

「ではどうぞ、成功を祈ります」

「ありがとうございます、がんばります」

 神官さんが開けてくれたドアを通り、奥の部屋に入る。

 そこは、さっきの部屋と大きさは同じぐらいだけど、天井が高くて、天窓から明るい光がさしこんでた。

 部屋の中央の丸い部分にちょうど光が当たってて、輝いて見える。

 ぼくの肩からひょいっとおりたミーナさんが、その光る部分に歩いていく。

 ごくんと息を呑んでから、ゆっくり歩いてミーナさんの後を追った。

 光る丸のちょうどまんなかで止まったミーナさんが、短く鳴く。

 意味ははっきりとはわからなかったけど、たぶん『がんばれ』とか、そういう感じ。

「……うん」

 ちょこんと座ったミーナさんの前に両膝をついて、祈りの姿勢になる。 

 目を閉じて、ゆっくり深呼吸する。

「女神様にお願い申し上げます。

 勤労の務めを果たすため、私に【掃除】と【計算】のスキルをお与えください」

 短すぎる気もするけど、定型文らしいから、勝手な改変はできない。

 そのぶん、声にきもちと祈りを込める。

 言い終わったとたん、閉じた瞼越しにもわかるほどに、ぱあっと光が強くなった。



「やっと会えたわね!」



 ふいに知らない声が聞こえたと想ったら、ぎゅっと抱きしめられた。

「……えっ!?」

 この部屋には、ぼくとミーナさんしかいなかったはずなのに!?

 あわてて目を開けて、呆然とする。

 目の前に、神殿の壁画に描かれているのと同じ姿の少女がいた。

 ふんわりした白銀の髪と瞳、やわらかな笑み、ふわふわと風に浮くゆったりした衣装。

 何度も目にして、見間違えるはずのないその人は。

「……女神様……?」

「そうよ!

 あなたにまた会える日をずっと待ってたの!

 成人おめでとう!」

「ぇ、あ、ありがとう、ございます……?」

 何がなんだかわからないまま答えると、女神様はくすっと笑う。

「そうね、キミはまだ思い出してないから、意味わからないわよね。

 じゃあまず、前世を思い出してちょうだい。

 キミの名前は、山中誠二よ」

「前世? って、やまなか、せいじ、…………そうだ、ぼくは……!」

 ぱしんと頭の中で光がはじけて、記憶がよみがえる。


 

 ぼくは、山中誠二。

 日本で生まれて。

 育って。

 死んだ。

 猫をかばって。

 そして、女神様に会った。 

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