第六話 -第3回ぷりんちゃん放送局-
……
「……はい!」
……
「……はい、はい! 姫、放送始まりましたよ!」
……
「……あ、えーと……その……」
……
「……ア、アタシが悪かったから……」
……
「お、お願いだから、何か喋って……」
……相変わらず、チルはアドリブに弱いですね。
「うぅ……」
はい、皆さん、ちょっと聞いてくださいよ!
ワタクシは今、大変怒っております。腹を立てております、ご立腹です。絶対の服従を誓っているはずの我が王国から裏切り者が現れました、離反者です、反逆者です、テロリストです。別に誰がとは言いませんし、確たる証拠があるわけではありませんので、大切なワタクシの家臣を疑うなんてそんなことは絶対にできないのですけど、それでもワタクシは一言言いたい。ワタクシの家臣への信頼は全てムダだったのかと。
「家臣じゃないもん」
そう、姫と家臣ではなく、身分の垣根を越えた友、この星でできた初めての友達、共に放送を盛り上げる相棒、時には愛人であり――
「愛人なんかじゃない」
ともかく、ワタクシの一番の信頼を裏切ったのです。
「……」
実は、今日の放送にワタクシが出るという噂が、今朝から巷で流れていました。まぁそれ自体はよくあることで、別にその通りになるわけでもないので勝手に言ってろって感じなのですが、今回はそれだけではありませんでした。なんと、内部機密であるはずのワタクシの日程が外部に漏洩していたのです、リークしたのです。おかげで、放送開始直前には放送室の前にワタクシを一目見ようと人だかりが。
「し、仕方ないでしょ! べ、別に悪気があったわけではないんだし」
悪気はなくても罪は罪です。
「そ、それに、アタシはアンタが出るなんて一言も言ってないもん。ただ、さっきの授業で、最後の最後にそうなってたから『ひょっとしたら出るかもしれないね』って」
それを言ったのがチルだから信憑性が裏付けされて、噂に尾びれ背びれ羽根までついて校内中を右往左往飛び回ってたんじゃないですか。少しは自分の言葉の影響力を理解して、責任持って発言してください。
「はい……」
おかげでトイレに寄る暇もなかったじゃないですか。いつもならシモベその一に頼んで買ってきてもらうジュースもないし。
「それ、抹茶ミルクだよね」
何言ってるんですかチル。それはメインパーソナリティーの彼のことで、ワタクシのことではないですよ。まぁ、抹茶味の精力剤濃いめを飲んでも、今のワタクシには出すものなんてないんですけど。チル相手に限定すれば、女であるワタクシにもきっと想像と妄想と幻想の壁を打ち破って熱いミルクをチルの頭からぶっかけ――
「やめろ!」
でも、それももう終わりです。ワタクシの信頼を裏切った罪は限りなく重いです。家臣失格です、コンビ解消です、捨てちゃいます愛人になんてもう絶対してやりません。
「家臣じゃないもん、愛人なんかじゃないもん」
クビです、ワタクシはもう新しい優秀な家臣を探すことにします。
「……」
はい、それでは今から、ワタクシ専属メイドを雇う公開オーディションを行いますので、我こそはと思うリスナーの方は奮ってご応募してくださいね。
「……」
……な、なんですかその目は。
「……ねぇ」
はい。
「確かに迂闊に喋っちゃったのはアタシの責任だし、悪いと思ってる」
うむ。当然です。
「でもさ、一緒にここで放送する相方が、ホントにアタシじゃなくていいの?」
……
「……」
……
「……」
……ご、ごめんチル! ちょーし乗っちゃってごめんなさい!
お願いだから、ワタシを捨てないで~!
「きゃー! わ、わかった、わかったから! 抱きつくな、服を脱がすな、胸を揉もうとするなー!」
ワタシの相棒はチルチルだけです、もう浮気なんてしません~!
「きゃー! だ、だからブラの中に手をぉぉ――」
――ピ――ブチン!
……
……
はい、放送事故が多いことでお馴染みの我が校名物、ぷりんちゃん放送局本日も始まりました~!
「はぁ、はぁ……か、勝手に名前を付けるな!」
メインパーソナリティはもちろん、最近メインの彼を押しのけて投稿ボックスにもメールが殺到しているで噂の、遠い遠いプリン星からやってきたプリンセス、プリンちゃんでーす。
「アシスタントのチルです。というか、ねぇ、アタシ本気でこの番組降りてもいい?」
ダメです、却下です、認めません。
ちなみに、メインの彼が今どうしているのかというと、先週に引き続きチルの手料理にあたり寝込んでいるらしく――
「寝込んでない!」
じゃあ、彼はどうしてるんですか?
「そ、それは……」
……
「……」
……はい、その彼は、チルに千尋の谷に突き落とされてライオンと格闘しているらしいです。というか、一度チルを千尋の谷に突き落とした方がいいような気がしてきました。
「うぅ……」
チル、落ち込んでないで、プリンでも食べて元気出してください。はい、あ~ん。
「ちょ、ちょっと。やめてってば」
そうそう、コレについてお礼を言わなければいけませんね。
どっかの誰かさんのせいで、今日はワタクシが出るという話になっていましたので、優しいリスナーさんからなんと差し入れを頂いております。皆さん、本当にありがとうございます。
なんと、おいしいプリンを頂きました。
いや~、あれだけワタクシはババロアが好きだって言ってるのに、しっかりプリンを差し入れしてくるあたり、リスナーもさすがとしか言いようがありませんね。ほらほら、チルもいちいちへこんでないで、はいあ~ん。
「むぐむぐ、おいしいけどさぁ」
もちろんワタクシ、プリンも大好物ですよ。でも、贅沢を言うなら、ふつうのプリンより購買で売ってる1個58円のミルクプリンの方が好きです。
「ああ、アレおいしいよね。値段も安いし」
この差し入れに頂いた高級なプリン(1個98円)もおいしいのですが、ミルクプリンのあの安っぽい味がなんとも。
「安っぽいプリン姫ね」
う。チルのくせに、なかなか鋭いツッコミが入りましたよ。
わかりました。こんなワタクシがプリンを名乗るなんておこがましい、これからは改名いたしましてミルクプリンちゃんを名乗ることに。
……は! き、きました、今なんか神が降りてきました、オラクルです。
改名、改め洗名、(乳ではなく竿から出てくる意味的な)ミルクプリンちゃんを名乗ることに――
「やめぃ!!」
熱くて濃いのがいっぱいかかってて、ドロドロでネチャネチャでもう涙目なカンジのミルクプリンちゃんが――
「いいこと思いついたみたいに、嬉しそうに言うな! 変な電波受信してんじゃない!」
ごめんなさい、自重します。さすがにそんな洗名はヤです、違う意味の極楽浄土に連れてかれそうで。
ほらほらそこの男子、竿立てるのは自重しなさい。立てるのは、後でこっそりトイレに行ってからにしてください。
「下ネタから離れろ!」
それがですね、チル、さっき放送開始前にトイレに行けなかったせいで、どうも下腹部のあたりがムズムズと。
「我慢しなさい」
なんてひどい。
「ところで、さっきあんなに入口に人だかりが出来てたのに、アンタどうやって放送室に入ったの? アタシも中に入るの相当苦労したんだけど」
ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。
なんと、人だかりが出来る前に、先に入っていたのです。どうですこの素晴らしい先見の明。噂が飛び火する前に慌てて飛び込んでおいたのです。そのせいで、今ワタクシの膀胱がレッドゾーン突入状態ですよ。
「我慢しなさい」
ひどい。鬼ですね。
そういえばワタクシ、地球に来て一度やってみたかったことがあるんですよ。地球の女性陣はいつもやっていると巷の噂ですので、これは是非一度体験してみたいなと。
「……何?」
連れション。
ねぇねぇチルチル、一緒にお花つみに行かない?
「可愛く言っても行きません、というか行くな」
つれないですねぇ。
はい、ではリスナーの皆さん、誰か一緒にお手洗い行きま――
「放送使って募集すんな! トイレに人を殺到させる気か!」
チル、おねがい~! もれるぅ~! もう一生のおねがいだから~!
「一生のおねがいをこんなとこで使おうと――――え、は、はい!」
ん、なんですか?
何やら、連絡が入ったようです。
……はい、どうやらティーチャーストップがかかったようです。
『多少の暴走には目を瞑るが、お前ら食事中に下ネタはやめろ』
とのことです。はい、ホントすみません。
「うぅ、すみません」
『多少の暴走には』ってあたりが、なんて寛大な処置なのでしょう。先生方の懐の深さに感激です。
「こ、こんな下品な放送じゃなかったはずなのに……」
何言ってんですか、パーソナリティにワタクシを起用してる時点で、すでに方向性は決まったようなもんです。
はい、それでは放送の初心に帰りまして、今週の曲紹介を行います。
今週の曲は……いえ、そうですね、先に曲だけ聞いて頂きましょう。
どうぞ!
(さ、チル、この曲をかけて)
(「何、ケイタイにデータ入ってるの? こういうのは、放送始まる前に渡し――」)
――キミを思うと、私の心は張り裂けそう♪
たとえ結ばれない運命だとしても、この気持ちに偽りはない♪
渡すロザリオがなくとも、キミは私のたった一人の妹♪
愛しくて、恋しくて、キミを思って私は心を濡らす♪
あぁ、ユリちゃん、私の可愛い子猫ちゃん♪
どうか、泣かないで♪ 私はいつも、そばにいるから♪――
「……なにこれ?」
それでは、この曲はリクエストを頂きましたので、メールの紹介をしたいと思います。
『姫様、アシスタントのチルさん、はじめまして。1年のユリといいます。前回の放送で、姫様は素晴らしい歌声を披露されておりましたが、姫様は女性なので男性の心を説いた詞は似合わないと思います。なので、姫様には是非、こちらの詞を歌っていただければと思い投稿しました。もし読んでいただけたなら、天にも昇る思いです。iPo○に入れて毎日聞きます。これを聞きながら、姫様を思いながら毎晩します』
というメールが届きましたので、期待に応えてみました。作詞:ユリちゃん、作曲・編曲・歌:ぷりんちゃんで、タイトルは……そうですね、『自作自演の想い』ということで。
いったい何を毎晩するんでしょうね、チル。
「お願い、アタシに聞かないで……」
それからこの子、追伸があります。
『P.S. 姫様、ユリ夜はいつでも空いてます。チルさん、絶対負けませんから!』
チル、マジできちゃいましたよ、変態です、キチガ○です、マジキチです。
「リスナーにマジキチ言うな」
しかもチル、目の敵にされちゃってますよ。
「ちょっと待って! ホントにアタシはそんなんじゃないから!」
でも、ワタクシの愛人という説が公然の秘密として。
「皆さん、聞いてください! アタシ、本当にそういう趣味はないですから。休み時間の度に聞いてこないでください。投稿してこないでください」
チル、夜道を一人歩く時は気をつけてくださいね。
「……」
はい、それでは、その他のメールを紹介していきましょう。
2年B組のマツモトくんから頂きました、ありがとうございます。
「ありがとうございます」
『姫様、はじめまして。野球部2年のマツモトといいます。今日は姫様にお願いがあって投稿しました』
はいはい、なんですか?
『今度の試合で、姫様にウグイス嬢をやって頂くことはできませんか? うちの副主将が姫様に骨抜きなため使い物になりません、なんとかしてください』
というメールです。
ウグイス嬢ですか、やってあげたいのはやまやまなんですが、ワタクシの地球での滞在時間がちょうどその試合の時になるかどうかは神様――もとい、うちの大臣と相談してみないことにはなんとも。
ていうか、実際のところどうなのチル? 今度の試合ってアレでしょ?
「日本高野連に直接交渉してください」
投げやりですね。
「事前にスターティングメンバー聞いて録音しとくとか、応援メッセージ吹き込んどくくらいならできそうだけど」
じゃあ、エコーかけて。今から言う。
――がんばってね、マツモトくん。プリンちゃんを甲子園につれてって!
はい、これでバッチリですね。
「マツモトくんは、その副主将さんに虐められそうだけど」
副主将さん、ほどほどにしてあげてくださいね。
「これだけでいいの?」
なんと、これ以上のご奉仕が必要だと?!
わかりました。我が校が地方予選を勝ち抜いた暁には、ワタクシ自らが応援に駆けつけます。
「言い切ったわね……」
大丈夫ですって。うちの学校がそんなに強いはずが。
「去年の試合見てないの? 奇跡的にベスト4までいってたから、今年はひょっとしたらって」
……その微妙にリアルな数字が恐いです。
「もし全国行ったら、変装させてでも連れていくからね」
い、いや、さすがにそれちょっと。
「応援団の方々、チアガール1名追加で」
待って待って、ホントにワタクシ、いるかどうかわかんないし。
「その時は、代わりにメインの方の彼に女装してもらいますので」
無理だ! 横暴だ! そんなん見たって誰も得しないし!
「大丈夫、それはそれで似合いそうだから」
そういう問題じゃ――
「はい、じゃあ最後にこのメールを」
キーッ、チル覚えてなさい! 後でベッドの上でヒィヒィ言わせてやるわ! ……はい、メールですね。
2年A組のミッ――いえ、M君からの投稿になります。常連さんですね。
『姫、またまたご相談があります。先日お話した彼のことなのですが、最近はあれほど嫌がってたチルの手料理を懇願してまで大量に食べまくってたり、まずいまずいと言いながらラーメン食べてマラソンしたり、もうどうしようもありません』
……いえね、彼は現在の状況を打開しようと必死なんです。その努力はどうか認めてあげてやってください。
『それだけでなく、毎日あれだけ飲ませ続けた激甘練乳抹茶ミルクを、それに飽き足らず何本も買占め飲み続けているようです。もはや中毒の禁断症状としか考えられません。嫌がらせをしてきた張本人としては胸が痛みます』
って嫌がらせなんじゃねーか!!
……いえ、彼の心の内を代弁したまでです。もう経過報告はいいですから、たまには抹茶ミルク以外を与えてやってください。きっと違ったリアクションが楽しめると思います。
それでは、また最後になりましたが、いつものようにこの放送に関する質問・リクエストは掲示板への書き込みなどで受けつけていますので、どうかよろしくお願いします。
本日もパーソナリティを勤めさせて頂きました、ミルクじゃないよ、プリンちゃんと、
「愛人じゃないよ、チルでした」
ねぇチル、一緒におトイレ行かな――
――ピ――ブチン!




