表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役令嬢ですが武の道を往く ― 元空手家おじさん、貴族社会を正拳突きで切り拓く!』  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/51

廊下を歩くふたり

廊下はまだ朝の冷気をわずかに抱いていた。

 魔力灯の淡い光が壁に揺れ、静かな波紋のように石床へ落ちては消えていく。


 その中を、ヴィオラは音もなく歩いた。

 絹のスリッパが床に触れるはずなのに、そこにはほとんど気配が残らない。

 まるで、光だけが歩き、人影は後からついてくるような、奇妙な足取りだった。


「お嬢様……どうか、ゆっくり……!」


 後ろからリリアの声が追いかけてきた。

 息が少し上ずっている。

 歩幅を合わせようと早足になっているのに、なぜか確実に距離が離れていく。


「これでも歩幅は抑えておるが」


 ヴィオラは振り返ることなく、淡々と答える。

 その声音は、朝の庭木に落ちる露ほど静かだった。


 リリアは胸に手を当て、小さく呼吸を整えようとした。

 だが、どうにも整わない。

 目の前の令嬢は、ただ歩いているだけなのに――その“ただ”があまりにも異質だった。


 廊下をすり抜ける空気が、ほんの少しだけ遅れて揺れる。

 その揺れは、魔法の波動ではなく、もっと素朴で、しかし輪郭の掴めない圧。


 気配が薄い。

 薄すぎて、時折、一歩前の姿が “そこにいたはずなのに見当たらない” ように錯覚してしまう。


「……お嬢様、歩かれておりますよね……?」


「もちろんだ」


 答えは平板で、しかしどこか柔らかさがあった。

 それがまた、リリアの困惑を深める。


 魔力の世界で育った人間にとって、“気配”とは体温のようなものだ。

 それがほとんど感じられない令嬢と歩くというのは、薄闇の中で影を見失うような落ち着かなさがある。


 ヴィオラはなおも静かに進む。

 足元のスリッパは、あいかわらず音を与えず。

 魔力灯の光は、彼女の影を淡く細く揺らした。


 その姿は、公爵家の令嬢などではなく――

 どこか、森の奥で息を潜めて生きる小さな獣のようであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ