立ち上がった瞬間の“空気の震え”
ヴィオラは、シーツの柔らかな皺を指先でそっと払うようにして、
静かに身を起こした。
その動作はまるで、水面に一枚の羽根を落とすときのように、
乱れを最小限に抑えた、丁寧すぎるほどの“無音”。
だがこの世界の空気は、それを見逃さなかった。
床に触れた足先が、ごく控えめに床板を鳴らす。
その一拍後、朝の光の筋を横切るようにして――
部屋の空気が、ふっと、ひと呼吸だけ震えた。
リリアの肩が、小鳥のように跳ねる。
「……い、今……なにか……風が……?」
ヴィオラは、少しだけ首を傾けて答えた。
「いや。身体を起こしただけだ」
言葉も動作も、驚くほど簡潔で、乱れのない響き。
むしろ静かすぎて、余白ばかりが耳に残る。
だがリリアには、その“余白”こそが恐ろしい。
彼女は胸に手を当て、そっと息を整えながらつぶやく。
「お……お嬢様が立たれただけで……空気が……震えるなんて……」
ヴィオラは特に気に留めた様子もなく、
ほんの少しだけ肩を回して、可動域を確かめる。
それは彼女にとっては、ただの“朝の支度”。
しかしこの世界では――
魔術師が儀式で魔力を揺らす時と同じ、静かな“圧”を生み出していた。
「動作を整えれば、空気も整う。
……普通のことだ」
淡々と告げるヴィオラの横で、
リリアは「普通……?」と小声で繰り返し、
ますます理解を失っていった。
部屋にはまた静けさが満ちる。
その静けささえ、どこか“技”の余韻のように感じられた。




