“魔力測定器”への誘導
リリアは、おずおずと胸の前で指を組んだ。
言い出すべきことを探すように、ひとつ呼吸を整えてから、そっと口を開く。
「お嬢様……本日は、朝の魔力測定がございます。
あの……昨日は、その……測定針がまったく動かず……」
言葉の最後が、霧のように消えていく。
気まずさが透けて見えるほど、控えめな声音だった。
ヴィオラはベッドサイドに置かれたスリッパに目を落とし、淡々と立ち上がる。
白い寝間着が、窓から差す柔らかな光を静かに吸いこんだ。
「うむ。前世でも血圧は低かった」
さらりと告げられたその一言に、リリアの表情がそっと揺れた。
理解が追いつかないというより、理解するための概念すら持っていない、という顔だ。
「……けつ、あつ……?」
彼女は小鳥のように首をかしげる。
“血圧”という単語が、まるで異国の呪文のように口の中で転がっている。
だが、ヴィオラは説明を付け加えることもなく、
ただ深い呼吸をひとつ。
肺が静かに満ち、静かに空へ放たれる。
その動作だけで、部屋の空気がわずかに安定する――ように見える。
「行こう」
その一言で、すべては決まったかのようだった。
リリアは慌ててドレスの裾を持ち上げ、ヴィオラの後に続く。
しかしその足取りは、どこか気後れしている。
理由はひとつ。
――このお嬢様、歩くたびに気配が消えたり現れたりする……。
目の前を歩くヴィオラは、まるで“呼吸とともに揺らぐ影”のようで、
リリアはつい距離を測り損ね、何度も半歩遅れてしまうのだった。
静けさと、わずかな戸惑いをまといながら、
二人は魔力測定室へと向かっていく。




