それでも空手は続けられる
朝靄に包まれた庭は、まだ夢から醒めきらぬような静けさに満ちていた。
葉先に光る朝露が、金色の陽光にきらきらと反射している。遠くで小鳥の声が、かすかに、控えめに響くのみ。
低い太陽は庭全体を柔らかい光で包み、影と光が穏やかに交錯する。
誰の足音もなく、誰の視線も届かない空間――そこに立つのはヴィオラだけだった。
庭の隅で静かに呼吸を整えるその姿は、朝の静寂に溶け込み、まるで自然の一部のように、揺れる草木や光の間に静かに佇んでいる。
ヴィオラは足を肩幅に開き、ゆっくりと両拳を腰に引いた。
その所作には迷いが一切なく、まるで長年使い慣れた道具を手に取るときのような自然さがある。
息を吸う。
胸ではなく、丹田へと静かに落としていく呼吸。
そして――正拳を突く。
ただ、それだけの動作。
だが余計な力も、余分な気負いもなく、研ぎ澄まされた一点の鋭さが空気を切り裂く。
踏み込みは驚くほど静かで、音すら生まれない。
しかし庭の空気が、一拍遅れてわずかに震え、草木の葉がほんの微かに揺れた。
ヴィオラ本人は、ただ日課をこなしているだけ。
魔法も誇示もなく、ただ“身体を整える”という習慣の延長でしかない。
それでも、その一突きは確かにこの世界の空気へ、静かな波紋を落としていた。




