なぜか“そこにいる感じがしない”
医師は脈診を終え、ペンを置いたものの──手が止まった。
どう記録すればいいのかわからない。
脈も体温も呼吸も、すべて「驚くほど正常」。
むしろ平均より整っている。
健康そのものだ。
……なのに。
医師(心の声)
「(……だが、どうしてだ……?
どうしてこんなにも“そこにいる感じ”がしない……?)」
診察台の上に確かに座っているはずの令嬢。
視界にはいる。
話せば返事も返ってくる。
それなのに、少し視線を外すと──
ふ……っと、気配が溶けて消えるような感覚。
また視線を戻すと、当然そこにいる。
だが、“いた”という実感が妙に希薄なのだ。
まるで、視線の端では存在を拒まれるような違和感。
リリアも、後ろで控えながら思わず腕を抱いた。
リリア(内心)
「(……お嬢様、毎日見てる私でも薄い……
今日なんて特に、影みたい……!)」
医師は喉を鳴らし、メモを取り直す。
だが書く言葉は出てこない。
ただ一つだけ確信できるのは──
彼女は「生きている」。
だが「強烈に存在を主張する生命感」が決定的に欠けている。
それは病気ではない。
だが“常識”では説明がつかない。




