転生の違和感と“おじさん”の平常心
天蓋の白は、まだ眠り足りない朝の光をうすく染み込ませ、
その淡い揺らぎが、まるで霧が天井に居着いたかのように感じられた。
主人公――いや、今は“ヴィオラ”という名の少女は、
しばし瞬きを忘れたまま、その白の奥を静かに眺めた。
「……天井が知らぬものだ」
呟きは、目覚めに驚くというより、
長年通い慣れた道場の天井板が新調されていたときの反応に近い。
淡々としていて、騒ぎの欠片もない。
彼女――いや、かつて“おじさん”であった人格は、
まず右手を持ち上げた。
一本ずつ指を曲げ、筋の動きを確かめる。
関節の滑りは良好、痛みなし。
続いて、掌を握り、拳をゆっくり結ぶ。
まだ細い少女の手なのに、そこには確かに昔の癖が残っていた。
手首を回す。
骨が鳴るのではなく、空気がほんのわずか揺れるだけの音。
その動作に、貴族令嬢らしさは微塵もなかった。
最後に、深く息を吸う。
空気は甘く、軽い。
肺の膨らみは以前より小ぶりだが、呼吸の通りはむしろ清らかだ。
「……しかし、呼吸は整っておる」
と、そのまま結論づけた。
目覚めた場所がどこであれ、
身体がどう変わろうと、呼吸が整っていれば問題はない――
そんな職人気質な落ち着きが、
この異様な状況をあまりにも自然な朝の一部にしてしまっていた。
静かな部屋の中、ヴィオラのささやかな動作だけが、
微かな波紋となって白い静寂に溶けていく。
そして、貴族令嬢の常識とは縁遠いその一連の所作こそが、
この後の混乱の種になるのだが、
本人はまだ気づいていなかった。




