公爵家の事情と“魔力ゼロ問題 朝食シーンの導入
朝の柔らかな光が、長いテーブルの白いクロスを静かに照らしていた。
広々とした公爵家のダイニングは、普段なら穏やかな談笑に包まれるはず――だが、この日はどこか沈んでいた。
使用人たちは壁際に控え、普段より一歩だけ距離を空けている。
“魔力ゼロのお嬢様”という噂が、すでに屋敷の隅々にまで染み渡っているのが空気でわかった。
その空気の中心にありながら、ヴィオラだけが揺るぎない。
背筋は刀のように真っ直ぐ。
椅子に腰掛ける角度、スプーンの動かし方、呼吸のリズム――
どれもが「無駄のない所作」という言葉そのものだった。
淡々とスープを口へ運ぶその姿は、まるで戦場で昼食を取る武士のような静謐さがあった。
対して、背後に控えるリリアはひとり落ち着かない。
視線はヴィオラと公爵夫妻を行ったり来たりし、
(い、いま言われるんでしょうか……いま……?)
と内心ハラハラしている。
テーブルの端では、公爵と公爵夫人が互いに目を見交わしていた。
「……今、言うべきか」
「ええ、でも……あの子は……どう受け止めるのかしら……」
声に出さずとも、表情だけでその会話が成立してしまうほどの重苦しさ。
だが、当の本人――
ヴィオラ・フォン・アルセリアは、スープの最後の一滴に集中しているようにしか見えない。
まるで、いま目の前で“人生の岐路”が議論されようとしているなど、微塵も気付いていないかのように。




