世界理解の早さによる静かな違和感
ヴィオラは、ベッドの端にそっと腰を下ろしたまま、
しばし部屋の空気を味わうように静止していた。
天井から、壁へ、柱の内へ――
目には見えぬ“流れ”が、薄い川音のように息づいている。
呼吸をひとつ整え、彼女は淡々と呟いた。
「ふむ……妙な世界に来たようじゃな。
だが、呼吸さえ整えば問題はない」
その声音は、まるで旅先の部屋の湿度を確かめる程度の軽さだった。
驚愕も混乱もなく、ただ静かに“受け入れ”だけが置かれている。
リリアは、部屋の隅で固まった。
(……おかしい。転生や異世界など言葉にしなくとも、
もっとこう……動揺とか混乱とか……あるはず……)
だがヴィオラは、今しがたこの世界を理解したかのように、
淡い光の中でゆっくりと姿勢を正す。
「世界の理がどうあれ、
まずは自分を整えよ――それは変わらん」
その一言があまりに自然で、
この部屋の静けさに溶けてしまうほど落ち着いていて、
逆にリリアの胸だけがそっと騒ぎ立った。
(……落ち着いている。落ち着きすぎている……
この方は、本当にこの世界の……?)
そんな侍女の不安など露知らず、
ヴィオラは静かに立ち上がり、呼吸をまたひとつ深くした。
まるで「世界そのものよりも、まず息を整える方が大事だ」とでも言うように。
そのギャップが、
部屋のどこかに、淡く小さな可笑しみを置いていった。




