リリアの困惑
リリアは、部屋の隅でそっと控えていた。
ヴィオラが、何の前触れもなく呼吸を変え始めたからだ。
ゆるやかで、しかし確かな節をもった息づかい――
まるで、見えない糸で空気の流れをたぐり寄せているような、奇妙な静けさ。
胸が上下するたびに、部屋の空気がひとつ、微かに形を変える。
それは魔術師の呼吸でも、魔法詠唱に伴うリズムでもなかった。
ただただ、自分の内と外を等しく整える、何かの“型”のよう。
リリアは喉の奥で言葉がつかえたまま、主人の横顔を見つめる。
(落ち着いている……落ち着きすぎております……
いえ、むしろ……まるでこの世界の人ではないような……)
問いかけたい。
「お嬢様、いったい何をなさっているのですか」と。
だが、その背筋の伸び具合と、呼吸の整い方を見ていると、
その問いを口にすることが妙に憚られた。
――触れてはいけない、静謐な儀式の最中のようで。
リリアは結局、唇を結んだまま、そっと視線を落とした。
「……」
(聞いてはいけない気がしますわ……これは……)
彼女の困惑は、静かな朝光の中に溶けていった。




