気”との違いを即座に理解する
ヴィオラは、部屋に満ちる“何か”の存在に、そっと視線を上げた。
見えているわけではない。
ただ、呼吸の底にかすかな違和感として引っかかる。
吸う息よりも、吐く息がわずかに重い。
その重さは、自分の内側からではなく――外側から押し寄せてくる波のようだった。
「……これは“気”ではないな」
彼女は静かに、まるで茶の温度を確かめるかのように呟いた。
“気”とは、人の奥から湧くもの。
自分の意識、感情、呼吸の揺らぎが整え、形をつくる。
それは、長年の鍛錬によってようやく掴める微細な流れだ。
だが今、周囲に満ちているこの力は違う。
天井から壁へ、壁から柱へ――
外側をゆっくり巡る、気配のない川のような流れ。
人が整えた呼吸ではなく、屋敷そのものが静かに息をしているような感触。
「外の流れが強すぎる。
呼吸に干渉してくる……落ち着かぬの」
ほんのわずか、ヴィオラは眉を寄せた。
不快というより、慣れない畳の柔らかさを確かめるような、静かな困惑だった。
だがその眉間の皺も、
ひとつ深い呼吸を置くと、すぐに滑らかに消える。
武道で鍛えられた“調律の呼吸”が、
外から押し寄せる魔力の波をそっと押し返したのだ。
結果として、彼女の存在はさらに希薄になる。
そこに立っているはずなのに、
気配が霧散していくような奇妙な沈黙が生まれる。
リリアが後ろで小さく震える。
――この現象が、後に“魔力測定器が一切反応しない”理由となるのだが、
当のヴィオラは、そのことにまだ気づいていない。
ただ、静かに呼吸を整えながら言うだけだった。
「……まあ、慣れればどうということもないじゃろう」
その声音は、転生という非現実でさえ、
ひとすじの風のように受け流してしまう柔らかさを帯びていた。




