2. 空気の“質”が違う
ヴィオラは、ゆるやかに息を吸った。
胸の奥へと流れ込んだ空気に、微かなざらつきを感じる。
目で見えるわけではない。だが、呼吸の速度が僅かにずれる――
それだけで、この部屋には“何か”が満ちていると分かった。
天井の隅から壁へ、壁から柱へ。
見えない糸が何本も渡されているような、繊細な圧。
空気は澄んでいるのに、呼吸の底で小さな渦が指先を撫でていく。
武道家として長年慣れ親しんだ“気”とは明らかに違う。
もっと冷たく、もっと均質で、
まるで家そのものに染み込んだ“音のない川”の流れだ。
「……これは“気”ではないな」
ヴィオラは静かに呟いた。
声は部屋に吸い込まれ、すぐに消えた。
「だが、確かに……流れがある」
その観察は、悟りにも似た淡々とした響きを帯びている。
転生して初めて触れた魔力の存在を前にしても、
驚愕より先に、呼吸を整えて受け入れる――
それが、前世で培った身体の習い性だった。
扉の近くで控えていたリリアが、そっと眉を下げる。
お嬢様が急に世界の理を見通すような顔をしていることに、
不安を覚えずにはいられなかったからだ。
「お、お嬢様……いま、何かお気づきに?」
「うむ。壁のあたりに、妙な流れがある」
「……流れ……でございますか?」
リリアは視線を壁に送ったが、ただの壁しかない。
ただ、ヴィオラがまた何か“不思議な悟り”を口にしたことだけが、
朝の空気にひっそりと溶けていった。




