ベッドから足を下ろす瞬間
ヴィオラは、静かに息を吸った。
白い天蓋の下、柔らかな光に包まれた寝台の縁に手を添え、そっと身体を起こす。
足を床へ降ろした瞬間、絨毯のやわらかさが、思いのほか深く沈み込んだ。
ふわりと足裏を包む感触は心地よいはずなのに、彼女は内心で、ごく小さく首を傾げる。
――柔らかすぎて踏ん張りが効かぬ。
道場の板の冷たさと固さを思い出すには、あまりにも優しい地面だ。
だが、その違和感は表情に現れない。
ほんのわずか、呼吸の深さが変わっただけだった。
「……なるほど。まずは足場から慣れねばならぬか」
囁くような声は、朝の静けさに吸い込まれていった。
その姿勢は、まるで祈りの前の修道女のように端正だった。
真っすぐに背筋を伸ばし、揺るぎのない中心軸を保つ立ち方。
侍女リリアは、部屋の入口で思わず息を呑む。
(……お嬢様。目覚めたばかりなのに、なぜそんなに気配が澄んで……?)
朝の空気が、彼女の周りだけひときわ静謐に見える。
ただ足を下ろしただけのはずなのに、
その一挙一動が“動作の無駄を削ぎ落とした人間”のものだった。
ヴィオラは、気づかぬままに気配をさらに薄くし、
部屋の空気さえ整えてしまう。
そしてもう一度、すう、と呼吸を整えた。
新しい世界の一日は、驚きではなく、
静かな“立ち方の確認”から始まっていた。




