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020-エピローグ

「ねぇ、ホープ! 今日転校生が来るらしいよ?」

 朝、柿崎美冬は隣で歩く少年にそう話題を切り出した。少年は眠たさを訴える目を擦りながら、

「転校生ねぇ……。まぁ僕には関係ないでしょ?」

 少年――希坂望は隣で不満そうに頬を膨らませた美冬を無視して歩みを進めていた。


「目が覚めたら、世界はもう統合されているから――」

 ゼウスは去って行く二人にそう告げた。

 その後、望とセフィリアは来た時と同様に、眞白に先導されて歩いた。

 やがて、眞白が立ち止まり、

「お疲れさまでした。これにて〝撰択の儀〟は終了です。……右が希坂望の世界へと、左がセフィリア=キャンバロットの世界へと繋がっています。お二人は各自それぞれの世界へと帰還してください」

 首から下げていたタグを眞白に返し、二人は向き合う。

「目が覚めたら、望を追いかけるから!」

 笑ってそう言ったセフィリアの声が耳朶を打つ。望はちくりと胸が痛むのを堪えて言った。

「セフィリア……多分君と会うと今までのことを思い出して僕は絶望するかも」

 胸の痛みを悟られないように。いつも通り、肩を竦ませて。

 そんな望のセリフに彼女はあははと笑った。

「それじゃあ望が絶望するのは確定事項だね! 絶対絶対また会うから!」

 セフィリアは涙を浮かべて、

 望はバツが悪そうに笑って、

 二人は笑い合って別れ、約束を交わし、それぞれの世界に帰っていった。


 それから三日が過ぎた――。成功かどうかは分からないが、結果として望の記憶は残った。だが――セフィリアも記憶が残り、なおかつ出会えるか? と問われれば、望は正直そう思えなかった。

 それは奇跡に近いほど、本当に低い確率なのだから。


「ねぇ、ちょっと! 聞いてる?」

 美冬の言葉に望の意識が戻る。

「うん? ごめん、聞いてなかった」

 もう、と不満を募らせる美冬を目の端で捉えながら、望はこの〝統合された世界〟の周囲を眺めた。

 目が覚め、起きた朝――世界はちょっとだけ(・・・・・・)変わっていた。

 人口が増加し、科学技術――特に生命工学関連の技術が飛躍的に進歩を見せた。

 望が学校へ行く前に見ていたニュースでは、「クローン技術の今後」というタイトルでテレビのキャスターが科学技術の最新技術を紹介していた。リンドマリア、恐るべしである。

 社会科学分野では、特に犯罪者の更生が急務らしく、犯罪者の増加と事件の凶悪性が取り沙汰されていたが、それは今までと変わらないなぁと望は思った。

 だから結果的には世界は(ほんの)ちょっとだけ変化したのだ。

「でさ、今日の転校生、男の子だと思う? それとも女の子かな?」

 美冬の話は先ほどからこの話題だけらしく、教室に着いてからもずっとその話をしていた。望はいい加減付き合うのも馬鹿らしいと思ったのか、自分の席に着いた途端、机に貼り付くようにしてすぐさま寝息を立て始めた。

(SHRまであと十五分、か)

 朝のこの時間は二度寝の絶好のチャンスだと望はいつもそう思う。

 意識を断ち、僅かな時間でもこの世界を忘れることができるから――。


「……さ……ん。――兄……さ、ん」


 ふとそんな声が聞こえてくる。どこか聞き覚えのある懐かしい声だ。しかし、望には「妹」と呼ばれる存在はいない。ついでに、記憶を掘り返しても、家の中でもそんな「妹の部屋」らしきものはなかった。

 だから、

(誰かの妹さんが来たんだろうな……)

 そう思って、不意に戻ろうとしていた意識を再び沈めよう――としたが。

「聞こえているのですか? 望兄さん!」

「えっ――。って、痛っ!」

 ぎゅ~っと耳を摘まれ、痛さとともに意識が飛び起きる。一体誰がこんな事をっ! と引っ張った主を見て、望は――

「な、なんで?」

 そんな言葉しか出なかった。なぜなら――。

 目の前には、綺麗な白い髪を纏い、白磁のような白い肌と制服が妙に似合った――眞白の姿がそこにあったから。

「ま……眞白?」

「はい。それに……」

 眞白は目を横に動かし合図をした。

 その横には、

「久しぶりだね! 望っ!」

 笑って別れた彼女――セフィリア=キャンバロットの姿がそこにあった。

 望の思考が追い付かない。

「な、なん……で?」

「も~、望ったらSHRの間ずっと寝てたでしょ! 先生は気づかないようだったけど、私は気づいていたんだよ?」

 セフィリアが不満そうに軽く頬を膨らませる。時計を見ると、午前八時五十五分。

 とっくにSHRが終わっている時間だった。

「ちなみに、私は1-Aに転校しましたから、後輩です」

 二人の姿を見ながら唖然としている望に、眞白は「珍しいものを見ました」と微笑んで、


 ――一万回投げる予定のコインが、最初の一回で済んだ、ということです。


 そう告げた。セフィリアが「なんのこと?」と不思議そうに眞白を見ていたが、「何でもないです」と白髪の少女は返していた。

 同時に携帯電話が震える。何だろうと思いつつも、望は画面を開いた。

メールを受信しましたユー・ガット・ア・メール』という、いつも通りメール受信を告げる画面だ。差出人は相川聡史……ではなく、両親からであることを示している。

 珍しいな……なんだろ? とメールを開いた望は凍りついた。


『――これから世界一周旅行に行ってくる。妹と友人の娘を頼む。 父と母より』


「……はっ? 何だこれ?」

 携帯の画面を見て驚く望は、一瞬またあの儀式が続いているのかと胸元を見るが、銀色のアクセサリーはない。

「ちょっと、ホープ! どーゆうこと? この女の子は誰っ! そして何でセフィリアさんと初対面なはずなのに、親しげなの!」

 美冬が狙っていたかのように望に向かって問い正した。それが合図となったのか、クラス中、果ては両隣のクラスの連中まで廊下からこちらの教室を覗きこむ奴等もいた。

「い、いや……何と言われても」

「妹です」

 眞白の簡潔明瞭な答えにクラス中がどよめく。

 中には「マジかよ!」とか「あの希坂にこんな綺麗な妹さんがいたなんて! 神様、マジでありがとう!」とちらほらそこかしこで狂喜乱舞する男共の姿が目に付いた。

(いや、僕も驚いたけど。それに、神様ってまだ子ども(少なくとも僕が会った中では)だぞ?)

 眞白は紹介を終えたのか、視線が自然と隣のセフィリアへと移る。

 そして彼女は、

「あ、私? う~ん……何て言えばいいんだろ? とりあえず『イロイロ経験した関係』って言えばいいのかな?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


(――あっ、ダメだ。……完璧殺される)


 脊髄反射のように、頭がそう判断を下す。

 望はこの言葉を聞いた途端、すぐさま逃げようと体制を整えたのだが、

「ちょ―――――っと待ったああああぁぁぁぁ!」

 美冬にはがっちり肩を掴まれ、周囲の男子生徒からは殺意の籠った目で睨まれる。

 詰めかける美冬とクラスメイト達に、望は無意識にこめかみを押さえた。

「ちょっと! どーゆーこと!」

「『イロイロ』って何! 何なの!」

「テメェ! 説明しろヤァ!」

 望は「えぇ~っと」とか何とか言葉を絞り出しつつ、詰めかけるクラスメイト達の後ろにいたセフィリアを睨んだ。しかし、彼女はその視線を無視して隣の眞白と話し込んでいる。

「ねぇねぇ! 眞白っち。放課後どうする?」

「私はちょっとこの街を歩いてみたいです……」

「あっ、そーだよねぇ……。んじゃ、放課後はここで待ち合わ――」


(――無視するなあああああぁぁぁぁぁ!)


 詰め寄る声も、騒ぎ立てる声も、授業を告げる予鈴の鐘も。

 今日も今日とてこの世界の理不尽で絶望的な《現実》は変わることはなかった。

 太陽はいつものように殺意が湧くほどその身を燃やして大地を照らし、人間は時間に追われるように決まり切ったサイクルを始め、そして世界は変わらず回り続ける。

「あぁ……もうなんで僕がこんなに絶望するしかないんだ」

 望はいつも通り《現実》に絶望を覚える。

 世界は回り、人間は変わらず《欲望》と《愚鈍》と《冷血》の要素を持って生きている。

 しかし、と望はそこで思いとどまる。


 ――まぁ、いいか。今日、この瞬間だけは。



 なんだかとても、自分が言っているほど、


 ――絶望はしていないから。

 

 望が絶望して導いた〝世界の統合(こたえ)〟。それによって、世界がほんのちょっとだけ変わって、人間がちょっとだけ救われたように思えたから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 控えめに言って良作かと。一気読みして爽快な気分です。
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