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018

 制度廃止の決定と発表から数時間後。複製人間(クローン)の街、零番街(アウトサイド)では――

「いやあぁぁぁぁぁ!」

「うおおおぉぉぉぉ!」

「あっはははははははは!」

 『狂乱』という言葉がそのまんま、文字通り・辞書通りの意味で当て嵌まるほどの宴が行われていた。陽はとっくに沈み、闇が空を覆う頃になっても狂乱の宴は続けられ、どこから持ち出したのか、廃材を利用したキャンプファイアーも行われている。

 炎の明かりに人々は吸い寄せられ、人々が輪になって炎を取り囲む。集まってくる人々は、皆が皆どれも笑い、泣き、喜んでいる。

 暗く沈んでいた複製人間と呼ばれ、代替品(スペアパーツ)と呼ばれ、単なるモノとして扱われていた彼ら。今日、初めて彼らは人間になることができた。彼らには彼らなりの、新しい「可能性」ができたのだ。

「望、本当にありがとう」

 セフィリアが宴に興じる人々を見つめながらそう漏らした。彼女の視線の先には、キャンプファイアーの炎を中心に輪になって喜び踊る人々の姿があった。

「今日、初めて私たちはやっと〝人間〟になれた……。今までのモノとして生きていた私は、心と自由と意思を手に入れた。……わかる? これは望が導いたものなんだよ?」

 セフィリアは傍で一緒に見ていた望の方へと顔を向けた。彼女の顔が炎の明かりで照らし出されている。その顔は新しい自分に生まれ変わったかのように清々しく輝いていた。

 そんな隣の彼女の笑顔とは対照的に、


「どうだろうね? 僕は本当にこれで良かったのかなって思うところもあるよ」


 望は喜びや笑みを出すこともなく、ただ淡々と静かに目の前で踊り喜ぶ者達を見つめていた。

「なぜ? これだけの人がこんなにも嬉しそうに、楽しそうにしているのに?」

 望は飲んでいた缶ジュースを傍らに置き、目の前で喜びを分かち合う人々をぼうっと眺めた。煌々と夜空を照らす炎が、夜空を焦がしそうなほどの勢いで燃えている。

「『良かったのかな?』っていうのは、制度を廃止したことで憂き目を見る人もいるってことだよ……。物事っていうのは、賛成もあれば反対もある。当たり前の話だけどね。……利益を得る人もいれば、一方で不利益を被る人もいる。万人全てがもろ手を上げて喜び、賛成するものなんてありはしないんだよ。……残念ながらね。制度を廃止したことで、唯一の望みが断たれる人がいるかもしれない。静かに命を落とすことを待つだけの人生を送るのを余儀なくされる人がいるかもしれない。彼らにとっては、僕はきっと憎悪の対象にしかならないだろうね」

「そんな――!」

 そんなことは絶対にない、と言いたげな顔をするセフィリアを見ることもなく、望は、ただぼうっと目の前で騒ぐ人達を見つめている。

 黒い瞳に赤々と燃える炎が映り、それが逆に歳に似合わないその冷静な顔立ちを際立たせている。

「でも、それが〝現実(リアル)〟ってヤツなんだよ……きっと」

「どうして……」

 セフィリアは言いにくそうに一度口をつぐんでから、

「どうして貴方はいつも哀しげなの?」

 問いかけられた少年は、傍らの彼女からの必死の問いに答えることはなく、ただ目の前で煌々と燃え盛る炎を見ているだけだった。



 結局、宴は明け方近くまで行われた。

 東の方から次第に空が白み始め、まもなくいつも恨めしく思う太陽が顔を出そうかと、その登場の機会をうかがっていた時、

「これにて〝撰択の儀〟第二段階を終了します。判定者のお二人は、そのまま第三段階――検討時間に入ります」

 凛とした声が辺りに響いた。

 眞白が白み始めた空を背に、目の前の男女に淡々と語りかけている。周囲にいた人々は宴で疲れ果ててしまったのか、誰も起きている者はいない。

 銀糸のような白髪を揺らす少女は、再び口を開いた。

「検討場所は、専用の空間にて行います。方法は問いません」

 方法は問わない――それは相手を殺すためには何をしても構わないということの証だ。知略と謀略を重ねて殺そうが、単純に暴力で相手をねじ伏せようが構わない。

 それが、どれだけそれまでの二人でいた時間が楽しくて、充実していても関係はない。

「最終的に生き残った方の世界が残ります」

 生き残る人間と世界はどちらか片方のみ。それがこの儀式の絶対のルールなのだから。

「双方ともに死んだ場合や結論が出なかった場合は?」

 望は最終確認の意味も込めて、目の前の眞白に訊ねた。

「その場合、死亡した時刻がより遅い方が『生き残った』とみなされます。また、結論が出なかった場合は、ゼウスの目の前で何らかの決闘をした上、生き残った者を決めることになるかと」

 よろしいですか、と眞白は望に問い、少年は首を縦に静かに振った。

「では――」


 ――これより、〝撰択の儀〟第三段階を始めます。


 眞白の言葉に呼応するかのように、周囲の空気がぐにゃりと歪む。時を同じくして耳朶を打つ鈴の音。やわらかく、どこか懐かしささえ思い起こされるその鈴の音に望はしばしの間耳を傾けた。

「我、汝ら判定者――希坂望とセフィリア=キャンバロットを『原初乃間』へと誘わん……。我、その行方を見守る者也。召しませ、召しませ、通しませ――この世の原初、幾百、幾千、幾万億の世界の原初へ――」

 眞白が詠い、扉が現れる。歌は世界を包み、優しく愛しく二人を包みこんだ。

「では、参りましょう」

 二人は静かに原初乃間――世界の集約地へと歩みを進めた。


「なんだ……これ?」

「これが……世界の集約地……?」

 扉をくぐった二人が見たものは『世界ノ全て』と表現するのが相応しいほどの多種多様なものが入り混じった広大な土地だった。

 全てが揃い、入り混じった世界が目の前に広がっていたのだ。それは、近代的な鉄筋コンクリート製の建物が立ち並び、そのすぐ脇にはうっそうとしたジャングルであったり、さらにその先にはまるでどこぞのSFの世界かと言いたくなるような、空中浮遊都市がひろがっていたりと、実に様々な〝世界〟が広がっていた。

「お互いの位置は、タグを通して確認できます。殺し合いをするも良し、話し合いをするも良し……。方法の決定は自由ですが、期限が一週間以内と決まっています。経過時間も位置情報と同様、タグを通して確認できますので」

「いや、そんな事を言われても」

「ご安心を。この空間にはあなた方二人しかいません。銃弾や爆破などを行っても、住人はいませんので問題はありません。」

(そこまでする必要があるのか? そもそも、殺し合い前提? というよりも、それって……ガッチガチのサバイバルゲームが前提じゃないデスカ?)

 激しく突っ込みを入れたくなる要素満載で、どうしようかと思った望だったが、「ここで検討しろ」と指定されたからには仕方がないと諦めた。

「検討の期間は一週間です。では――良き最期を。良き絶望と希望を。そして、良き撰択を」

 そう言い残して、眞白は消えた。



「う……ん? ここは……」

 望は未だ眠さを訴える頭を叩き起こして意識を覚醒させた。

 目覚めて最初に思ったのは、「自分の部屋ではない。セフィリアの部屋でもない」との認識だった。そこはテレビドラマや映画などでしか見たことのない高級ホテルの一室だ。

 しかも。

「う~~ん……。そこはぁダメェ~」

 などの寝言を呟く女性が隣で寝ているというこの状況。

(……あれっ?)

「いやいやいや、待て待て待て」

 一瞬で〝いつの間に大人の階段を駆け上ってしまったのか!〟といったピンクな考えが脳裏をよぎるが、望にはそんな記憶はまったくない。ちなみに、未成年なので、当然酒も入っていない。

「う~~~、うぁ?」

 望が必死で記憶を掘り返していた時、隣で眠っていた女性――セフィリアが一足遅れて目を覚ました。

「おはよー、望ぅ……」

 裸の上から男物のワイシャツ一枚着ただけの姿で目を覚ました彼女は、とある方面の方々から「萌え~~っ!」と泣いて喜びそうなシチュエーションではあるが、

「おはよー……って、ここは?」

「ホテルでしょ?」

「そうだねー、って何でこんなところにいるんだよぉ!」

「だって、望って原初乃間(ここ)に着いて早々、『徹夜で疲れた。寝る』って言ってふらふら~っと行っちゃうんだもん。ふらふらだったから、近くのこのホテルに入ったってわけ」

 見つけたの私なんだよ? すごいでしょと胸を張って答えるセフィリアの言葉を聞き、望はやっと思い出した。

「あ~っ、そうだったっけ。……なんとなく思い出したけど」

「あははっ、まぁ疲れるのはしょうがないよ。昨日は激しかったし」

「はいぃ? ……イミガワカリマセン」

 ニヤニヤと笑って猫のようにベッドの上で身体をくねらせるセフィリア。冗談だよ、と悪戯っぽい顔で笑った彼女を見ていると、なんだかこれから世界の行く末を決めることなど思い浮かびそうもない。

「さて、これから――」

 どうしようか、と言葉を続けようとした望の後頭部に、


 ――ガチャリ。


 どこか冷たく重い音が耳朶を打った。

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