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017

 処刑の実行は単純明快だった。

 まず、罪人を専用の台に固定させ、その上で次にその首を大きな斧で断ち斬る。

 たったこれだけだ。言葉にするのも面倒この上ないほど、処刑方法は単純(シンプル)すぎた。


 望達三人が台に固定され、最期の慈悲と言わんばかりに目隠しがされた。

 処刑実行の順序として、望・セフィリア・眞白と告げられる。その最初の一人、希坂望の死刑実行の瞬間を今か今かと見つめる人々と無数のレンズが望を捉えていた。もう目隠しがされているとはいえ、その視線は否が応にもわかった。首の後ろ辺りに刻まれた傷跡が、望に怨念と恐怖を植え付けようと、亡霊たちの怨嗟を訴える。

 成功するかどうかはやってみなければ分からないというのが望の本音だ。

(ゼウスの言葉は本物なのか、〝撰択の儀〟は本当に絶対のルールで行われているのか……)

 確かめるすべは危険だがこれしかない。望の首の後ろに冷たい汗が流れる。

「最期に何か言うことは?」

 これが死刑執行を行う上での慣例なのだと、警備兵の声が嫌々そうに聞こえてきた。

 望は答える。

「――そうですね……もし万が一、僕の実行が〝失敗〟したら、僕達の言うことを聞いてくれませんか?」

 望の言葉にその場にいる全員が笑いを浴びせかけた。

 ところどころ、「そんなこと一〇〇%起きるわけねぇだろうが!」と非難めいた言葉を浴びせかける人もいる。

「はははははははっ! 面白いヤツだ……。よりによってこの場面でそのような事を言うとはな……。だが、目の前の現実を見て見ろよ。こんな状況で、〝失敗〟なんかしねぇんだよ。執行人はどいつもプロの奴等だ。絶対に外さない。お前は一〇〇%、『死ぬ』ことが確定しているんだよ。まぁ、お前の願いも分からなくはないが……。しかし、それは――」

「いいだろう! もしもそんなことが起きたら、だが」

 警備兵の嘲り笑った声を、不意にマイク越しに、確信に満ちた声が響き渡る。

 どうやらこの重奏都市リンドマリアの主らしく、マイクの前には煌びやかな宝飾品で着飾った初老の男――主の姿があった。

「だとよ? 良かったな……クククッ」

「そうですね」

 何をしても変わらない望に飽きたのか、警備兵はふん、と踵を返して処刑台から遠ざかっていく。

(タグは……うん。取られちゃいない)

 ゼウスが判定者へ贈ったタグのひんやりとした感触が伝わってくる。

 警備兵に見つかると思ったが、彼はそんなアクセサリーに興味がないのか素直に遠ざかって行った。

(これでお膳立ては整った……。あとは、どう転ぶか、だ)

「これより、重犯罪人――希坂望の処刑を行う」

 再び湧く歓声。それに混じる非難中傷の類。歓声とともに床が揺れ、じゃらりと鎖の音が聞こえてきた。

 執行人が望のそばへ歩み寄る。歩み寄る執行人は、その巨躯を揺らし手には大ぶりの斧が握られている。御丁寧に手首と斧を大きな鎖で繋ぎ、外れないように固定まで施させている始末だ。

「おい、お前ぇ……」

「はぁ、何でしょうか?」

「あの世で俺を恨むんじゃねぇぞ?」

 望が「はい」と言おうとする前に、執行人の腕が上がり、

 斧が勢い良く、叩き折るかの如く振り降ろされた。



 固唾を飲んで見守る観客は、血を滴らせて落ちる望の首を想像した。

 だから、観客は探した。台の上に転がる望の首を。噴き出す鮮血を。


 しかし――その期待は裏切られた。


 ――ガキィィィィィン……………!

 執行人の振り降ろされた斧がまるで硬い金属に当たったかのような甲高い音が響いた。

「なっ、なん……!」

 続いて執行人の驚く声が刑場を包む。


 〝絶対遵守ルールブック〟――判定者第三特権〝生命維持(アライヴ)〟を発動します。


 正しくそれは望が願ったように、見透かしたように、絶妙のタイミングで発動した。

「う、うわあああぁぁぁ!」

 衝撃が反射したのか、執行人が吹っ飛ぶ。もはや観客は声を上げることもできなかった。

 バチン、と音がして手錠が外れる。

「ふぅ……。危なかったあぁぁ! 本当にどうなるかヒヤヒヤものだったけど、どうにかなったかな……。どうやらゼウスが言ったことは本当のようだ」

 呟いた望は、そばで唖然としていた警備兵の男を見やって、

「一〇〇%『死ぬ』ことが確定? 万が一のことが実現してしまったけど……。さてさて君たちはこの現実、どうやって受け止めるんだろうねぇ……」

 望はビクリと戦慄した警備兵の挙動を見逃さなかった。



「あうあうあう……」

 もはや言葉にできないほどの惨状がセフィリアの目の前で繰り広げられていた。

「眞白っち……。あれって本当に望なの?」

「奇遇ですね……。私も同じような感想を抱いています」

 眞白の意外な言葉に、セフィリアは彼女の方をちらりと見た。すると、眞白はビクンビクンと小刻みに震えているではないか!

 うわぁ……。そうだよねぇ~とセフィリアは素直に賛同せざるを得なかった。

 なぜなら――

「い、いや……。急に制度を廃止しろと言われましても……」

「はっ! まだそんな事を言っている余裕があるのか……。この様子は今もなお全都市の市民が見ているんだ。絶賛放映中さ! どうして考えないのかなぁ……。あぁそうか。君の無様な醜態をさらしてもいいということか……。そうかそうか……。あの〝約束〟を反故にするということか。……まぁ僕は別にどうだっていいんだけど、そうなると君の信頼に関わるよ? それでもいいの? 君は今の地位だって危ういんだ。この姿だって放映されているのだからね」

 目の前では精神的拷問が行われている。というより、なぜだろうか。見ている方が物凄くいたたまれない。

望は平伏する都市の主をまるで虫ケラでも見るかのように見下し、睥睨し、言葉の圧力をゴリゴリと容赦なくかけていた。望の処刑が失敗した後、彼の指示で拘束から解かれたセフィリアと眞白は、まず望の姿を見てまずホッと胸を撫で下ろした。


 解放された二人を見た望は、すべてを話した。

 自分はそもそも、この世界の住人ではないこと。

 全能神――ゼウスが行っている〝撰択の儀〟と呼ばれるゲームのこと。

 〝撰択の儀〟のルール、そして判定者と呼ばれる存在。

 最後に――判定者が死ぬことでその判定者が属していた世界が消滅することを。

「別にバラしちゃいけない(・・・・・・・・・)というルールはない(・・・・・・・・・)から、問題ないでしょ?」

 とは望の言葉だ。望は〝撰択の儀〟のルールを利用して行動しただけなのだ。

 最初は冗談だろうと疑っていた者も「じゃぁさっきの失敗は何故おきたんだろうね?」と望がタグを見せながら言ったことでようやく本当のことだったのだと気づかされた。

 そして、望を見下していた者は怯え始め――今に至るというのが事の顛末だった。現在、都市の主――初老の男性は地に額を擦り付けるようにその顔を伏せて赦しを乞いている。

 これだけでも大変な事態だが、最悪なことにその姿が全都市中に放映されているのだ。

 平伏する都市の主にとって、これ以上の屈辱はない。

「ですから、今この制度を廃止することはこの都市のテクノロジーが後退する可能性がありまして……」

 平伏する初老の男が言い訳を並べ立てる。しかし、望は一切聞く耳を持たず、

「はっ! そんなことどうだっていいだろう? 今まで散々甘い汁を吸って、ブクブク脂肪と私腹を肥やしてきたんだ。そろそろ還元したっていいんじゃないのか? まったく、これだから僕は先ほどから絶望しているんだよ。テクノロジーが後退するだって? まったく、愚かにも程があるとは思わないのかい? それとも君は私腹と脂肪を肥やしすぎて考える知能が退化したのかい?」

(悪魔だ……悪魔がいるっ!)

 セフィリアは素直にそう思うと同時に、本当に敵じゃなくて良かったと心から思った。

「話しただろう? 僕がどういった存在なのか……。話に進展がないなら、この世界……消しちゃうよ?」

「ヒィッ――!」

((究極の脅し文句キタ――――ァァァァッ!))

 瞬間的に、セフィリアと眞白の肩が大きく揺れる。

 望はニタニタと酷薄な笑顔を浮かべる。その笑顔はいつもの望からは考えられないほど冷酷で冷淡で……怖かった。望の言葉に恐怖したのか、怯える様にガタガタと震え平伏す都市の主は、本当に哀れとしか言えなかった。

「そうそう……。さっきの『テクノロジーが衰退する』という話だったけどね……。この都市は、そもそもクローンを造るほどの技術があるんだ。だったら――」


 ――失われた身体を〝再生する〟再生技術も発展しているんだろう?


 その望の指摘に平伏する主の肩がビクリと一瞬だけ揺れた。望はそんな相手の態度を見逃す――はずもなく、殊更語気を強めてさらに追い打ちをかけていく。

「何故それを発展させないんだ? これだけの技術力を有しているんだ。ここは重奏都市とも呼ばれるほどに科学技術が発達した、かの有名なリンドマリアだろう? それが今さら再生技術が発展していませんので……なんて理屈は通らないと思うよ? あぁ……もしかして、愚かにも抱き合わせで少子化という人口問題も解決させようと思っていたのかい? だとしたら、愚か過ぎて僕は即刻死にたいよ。クローンはもともと人権が無いんだろう? だったらそんなの最初から無意味じゃないか。なにせ「人」ではないのだから、人口という単位には入らないのだからね。まったく……君たちは愚かなのか、本当に知能が足りないのか……僕は絶望のどん底でこれ以上深く落ちることはできないよ?」

 酷薄な顔が平伏する主の背中を睥睨していた。あははと時折聞こえる望の笑い声が、まるで無数の槍のように突き刺さる。

「で、ですが……私にも立場というものが……」

 なおも望の言葉を聞き入れない初老の男に、望は一層の嗜虐的な笑みを浮かべる。

(キャラ違いすぎ! マジで怖いよ! 多分『絶対敵にしたらマズイ』っていうカテゴリだね、アレは!)

 などとセフィリアが思う(もちろん恐ろしすぎて声には出さない)一方、望の攻撃はまだまだ続いていく。

「オイオイオイ、まだそんなこと言ってるの? 立場って? そんなものはコッチは知ったことじゃあないんだよ。誇り? プライド? 自尊心? そんなものはブタのエサにだってなりゃあしないさ!」

(うっっっっわああああぁぁぁぁ! 黒いっ! 黒過ぎるっ!)

 セフィリアの目の前で行われている光景は、全都市中に今も放映されている。これを見ている都市の人々は、誰しもが同じ感想を抱いているだろうなぁ、とセフィリアは感じていた。と同時に――。

「絶対敵にしないようにしよう。うん」

 障らぬ神に何とやら。逆鱗に触れたら即アウト、御愁傷様というヤツだ。

「あぁ、まだ結論を聞いてなかったね……。どうするんだい? 生命身体修復保障制度という、愚かで醜くて忌々しいこの制度は廃止するのか? そうだなぁ、次のアンタの言葉で決めようじゃないか……。制度の廃止を――やるならやる、やらないならやる……さぁ、どっちだ?」

「どっちも『やる』しか……」

 初老の男が、今にも泣き出しそうな顔を上げた。

 彼は見た。見てしまった。

 目の前に立つ少年が優しげな笑みを浮かべ、

 何者をも包み込む慈愛を想起させる表情を。

「じゃあ、さっさとやれ。このクズ」

 望が切って捨てるように言い、主は呆然と固まって、拷問は終了を告げた。

(う~ん……。なんだろう……)

 これがセフィリアの率直な感想だった。

 ……素直に喜べない。

 あれほど望んでいた、自分の願い、目的が果たせたのに。


 ――やったぁぁぁぁ! って両手を上げて、喜びを表現したい。だが素直にそれができない。正直嬉しさなんて感情は皆無に等しい。


「あれ~っ? おかしいなぁ……」

 セフィリアはふとそんな言葉を漏らす。

「ふむふむ……希坂望はドSの傾向が強い……と。こうなったら、私がドMになるしか方法はないのでしょうね……」

 横にいた眞白が冷静に分析を加えるが、何かおかしい。

(イヤ、待て待て待て。何その分析っ! っていうか、メモるものじゃないよそんなものは! 何なの、その『私がドMになるしかない』って! 意味不明すぎて逆についていけないよ!)

 眞白の言葉に突っ込むことが多すぎて何も言えなかったセフィリアだったが、これだけは分かった。

(あぁ、多分怖かったんだろうな……)

 セフィリアは眞白を見ながらそう感じていた。

 目の前で豹変する望の姿に、眞白も自分と同様恐怖してしまったのだろう、と。

 セフィリアは無理矢理そう考えることにして納得した(本当にかなり強引だったが)。

 望の精神的拷問が全都市中に住まう市民に放映され、望に平伏す哀れで無様な都市の主の姿が晒されてから数時間後。


 正式に生命身体修復保障制度――別名クローン代替制度の廃止が政府から発表された。

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