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013

「〝造られたて〟……ですか?」

 望は先ほどの老人の言葉を繰り返した。傍らの老人は「あぁ」とばかり言うと、深く息を吐く。紫煙が望の横を掠めて消えていった。

「そう……造られたて、さ。お前さん、俺達がどうやって造られるのかまだ理解できてネェようだからな」

「あなたは知っているんですか?」

「知っているとも。まぁ……それは自分が代替品とされる時に分かるんだがな」

 老人は怒りも憤りも寂しさや絶望もなく、ただ淡々と呟いた。

 だから望も淡々と、

「そうですか。……それで、僕達はどうやって造られるんでしょうかね?」

「答えは簡単。工場(ファクトリー)、さ」

 そう老人は結論だけを言った。望の方をちらりとも見ず、その視線は終始目の前に散らばる瓦礫の山を見ているだけだった

「知ってるか? 突然呼び出されて指定の場所に行ったとき、そこに『何が』あったと思う? ……答えは簡単だ。もう一人の自分が目の前で横たわっていたんだ。思い出して見ても、あれは本当に奇妙な感覚だったな」

「奇妙な感覚、ですか」

「あぁ、そしてすべて聞かされたよ。俺達が代替品だということも、そしてどうやってそれを造っているのかもな」

 老人は少し震えながら訥々と喋り出す。その姿はヒビの入ったガラス細工のように、脆くそして弱々しい。

「まるで大量生産の商品だよ……。分かるか? いくつものビン詰めされた人間と、ズラリと並ぶ人工子宮の数々。それらがベルトコンベアーで運ばれていく様子を見た時は、何の冗談かと思ったがな」

 それに、と老人は続ける。まるでおぞましいものを見るような目つきで。瞬間的に、その身体が震えていたのが望の瞼に焼きついた。

「役人どもはこう言ったんだ。『お前たちはただの部品(パーツ)に過ぎない』ってな。目の前を流れるベルトコンベアーを、奴等は薄ら笑いを浮かべながら『あぁ、また新たな部品ができたのか』と言ってやがったんだ。あの酷薄な顔はいつまで経っても消えやしないもんだ。ワシにとってはどっちが人間だったかもあやふやになる思いがしたもんだ」

 望は傍らで震える老人をただ見ていた。

 あぁ? マジで? トンデモナイ世界に来ちまったんじゃねぇのか、オィ! いやいや、超やべぇよ。自分が生きたいからってクローンを造って傷ついた身体を取り替えるなんて、マジで狂ってるとしか思えねぇぞ! 

 ……以下、考えうる限りの心配と不安な言葉は省略。

 ――そんな後ろから聞こえてきそうな憤りや怨嗟を感じ、望は大きく深く息を吸い、

「はあああああぁぁぁぁぁ……」

 長々としたため息をつき、老人を見返した。望は続けて、

「あんたはバカなの? 少なくとも僕にはあなたはどうしようもない馬鹿としか映らなくて、さっきから目をゴシゴシと擦るしかないんだけどさ」

 言いながら、望は大仰にゴシゴシと目を擦る仕草を見せた。もはや相手にとってみれば、挑発以外の何物でもない。当然の如く、

「お前、なんじゃその言い草は!」

 馬鹿、と面と向かって言われて(そんな事を言われれば、誰しも反発するだろうが)、老人の顔は真っ赤に染まり、怒りと共に顔を望へと向ける。

「いやいや、事実でしょ? あんたは僕よりも数段『この国の現実』というヤツを知っている。……けれども、そんな状況に陥って、かつ多少の憤りを感じているのに、何故行動を起こさないの?」

 望は呆れる様に肩を大仰に竦めて見せた。その横で、老人は「これだから新参者は……」とため息をつく。

「知らんのか? この国の、あの都市の中心に住まう者達のことを。あいつらはこんなワシらのような代替品(スペアパーツ)が束になったところで敵いっこない、権力とカネをその内に溜め込んだ、本当に怪物みたいな奴等だぞ?」

「だから?」

「いや、だからって、お前……怖くないのか?」

「別に」

 即答だった。望の顔は驚きも恐怖もなかった。ただ「あぁ、今日も学校かぁ……」と思えるほどの、静かすぎるほどのっぺりとした顔がそこにあった。


『本当に言ってること分かってンのか? どんだけヤバい相手なのか分かってンのか?』

『泣く子も黙るっつうレベルじゃないんだぞ? 泣く子も黙ってその上ガタガタ震えて恐怖するぐらいのヤツらだって理解してるのか?』


 などという老人の言外の言葉は、望にはもう聞こえなかった。

 というより、そんな忠告を聞く耳すら既に望は持っていなかった。

「こんなに嫌だと身をもって知っているのに、何にもせずにただ代替品スペアパーツとして自分の順番にならないことを日々祈るだけの毎日」

「仕方がないだろう、これはそういった制――」

「人間なんて面を剥がして中身を見れば、みんながみんな《欲望》と《愚鈍》と《冷血》に塗れた生き物だ……。世界も世界で破綻せずに馬鹿の一つ覚えのように、ただ回り続けるだけ」


 ――なんだってこう、僕が代わりに絶望してやらなきゃならないんだろう?


 それは「なんで、いつも自分が教室の掃除当番をしなくちゃならないんだろう?」と疑問を抱くような軽さの口調と憂い顔に等しいものがあった。まるで「それじゃあ僕が変えてあげるよ」とでも呟く望を、傍らに佇む老人はただただ唖然として見ているしかできなかった。



 陽が沈み、太陽の後ろから宵闇が追いかけるように空を覆い始める。

 それと同じように、零番街(アウトサイド)に光が燈され、一時間も経たずにネオンがその輝きと色の美しさを競う繁華街と化した。

「さぁ! これから仕事開始よ!」

「ふわわぁぁぁぁ……」

 ガッツポーズでやる気十分の勢いを見せるセフィリアの横では、すでに限界ギリギリですと眠たげな目をこすりつつ訴える望の姿。端から見ると、恐ろしく対照的な二人である。

「ちょっと、望! これから仕事だって言ってるでしょう!」

「いや、だって僕眠いのは本当のことだし……」

 望はそう言いながらも、幾度も襲いかかるあくびを噛み殺した。望自身にしてみれば、今日は「初めて」続きで慣れていないのだ。それもそのはずといえる。

 初めての世界。

 初めての目にする現実。

 初めて出会う、〝代替品(スペアパーツ)〟の人々。

 全てが初めてで、この仕事も正しく〝初めて〟の部類に入る。

 というより、望の世界では未成年――とりわけ高校生からできる数あるバイトの中で、最も「やってはならない」と分類される仕事なのだ。それは確か法律でも禁止されていたはず、と望は頭の中で知識を引っ繰り返した。

 娼婦の館(ナイトメア)――男に魅惑と癒しを与えるとは程遠い店の看板の前で、

「今何時だろう……」

 スーツを纏った望はそうぼやいていた。



「私の仕事は『娼婦』なの」

 外から帰った望は、戻りざまセフィリアにそう言い寄られた。セフィリアの顔が望のすぐ近くまで迫る。と同時に、彼女の立派な胸がたゆん、と揺れ、思わず望は視線を外した。

「知ってるよ? タグで確認した時にそう記載されていたしね。……だから?」

「姉さん、近いですよ」

「姉さん?」

 首を傾げる望に、眞白が冷静に説明をした。

「先ほど、セフィリアさんのご友人が訪ねられまして、『元気ぃ~セフィリアとその妹さん!』と呼ばれました」

「あぁ……うん。そういうことね」

 眞白の言葉に望はすぐに合点がいった。どうやらゼウスが施した『強制認知(インプラント)』はこの世界では眞白を『セフィリアの妹』と定義づけたようだった。そのことが判明してからは、セフィリアのことを「姉さん」と呼んでいる。

 頭に『嫌々ながらも』という修飾が付くが。

 眞白によって引き離されたセフィリアが訝しむようにして望の顔を覗き込む。

「望、本当に分かっているの? 『娼婦』という仕事」

 普通の男なら赤面するほどの内容が望の頭にも同様に展開され――ることはなく、

「う~ん。まぁ知ってはいるけど……。それが何?」

 平然と、悠々と。

 それは夜の闇に溶けるように静かで、穏やかに。

 何の感慨もなく頷いた。

「な、何? ……って、あのぉ、そのぉ……卑しい仕事だとか思わないの?」

 それでも言いにくそうにセフィリアが望に訊ねた。望は知っていたはずだ。セフィリアと出会う前から。彼女がどんな仕事をしているのかぐらい、想像もできたはずだった。

 けれども――

「なぜ望は平気なの?」

 セフィリアがおそるおそる望に訊いた。

「普通、私の仕事なんて見たら嫌な顔をする。軽蔑する。……卑しい仕事だと言って相手にもしないはず。……なのに、何故あなたは平気でいて、いつもと変わらなくいられるの?」

 蝋燭に灯っていた炎が揺れた。眞白が持ってきた蝋燭も、既に半分以上が溶け、初めのころよりもその灯火(ともしび)は儚く弱々しかった。

 セフィリアは怖かった。

 相手がどんな反応をするのか、どんな目で自分を見つめてくるのか。

 『嫌悪』、『侮蔑』、『忌避』……。ありとあらゆる負のイメージがセフィリアの中でぐつぐつと煮えたぎっていた。

 だが、セフィリアの不安をよそに、望は目の前で灯る蝋燭の灯をただぼんやりと見ながら呟いた。

「それが君の生きるために必要なものだから」

 その言葉が静かな部屋に響いて消えた。優しく、慈しむような声が消えていく。

「そもそも〝生きる〟っていうのはさ……逃げ出したいほど辛くて苦しいものだと僕は思う。セフィリアが何のために生きているとか、これからどうしようとしたいとかまでは分からない。でも、絶望していた僕とは違って、君は生きたいと願っているのなら……僕は素直に尊敬するよ……。だって、生きるって本当に難しいことだから」

 セフィリアの目の前には、壊れそうなほどの脆くて儚げな笑顔があった。涙ですぐに見えなくなるが、何度も何度も涙を拭って揺れる炎を見つめる望をセフィリアは見ていた。

「僕は娼婦っていう仕事は卑しいものだとも思わないし、軽蔑もしない。目的が遊びであれ、生活のためであれ……それは生きるっていう〝物凄く無理難題なこと〟に挑戦している姿だから」

 セフィリアがもう何度目か分からないほどの涙を拭った。すでに目元は赤く腫れ、綺麗な顔が台無しである。

「ははっ。そうかぁ……生きることは難しい、か。確かにそうかもね」

 セフィリアは顔を上げ、望を見つめ返した。

「私はね、この世界にある制度――あの、クローン代替制度を止めさせたい。そのために生きているんだよ」

 望の顔がぴくりと微かに反応し、目の前の炎からセフィリアの方へと顔が向けられる。

「私は私のために、その部品として今生きている。でも、そんな『誰かの代わり』のためにただ生きているのが嫌で嫌でしょうがなかった。周りの大人たちが話すことを聞いて。自分なりに調べて……そしてこの制度を止めさせるの。ただの代替品として私を産んだこの社会、世界に復讐を果たす」

 ぞっとするほどに冷たく、触れれば切れてしまいそうな鋭い顔つきのセフィリアがそこにいた。「私って存外醜いんだよ」と付け足しながら自身の願いを望に話した。

「私は私の復讐を果たすために、判定者として世界を残さなければならない」

 そう語るセフィリアの顔は、どこか辛くて苦しく見えた。

「君はその復讐を果たしたら、どうするの?」

 望は静かにセフィリアに問いかける。眞白は二人のやり取りをただ聴いているだけでしかない。というよりも、彼女は判定者のサポートとして位置づけられるため、干渉することは許されない。

「どう、って……そんなの叶った後の話だからあんまり考えてなかったけど……。そうだね、パッと思いつくのは、望の世界にいた時のように『学校』にいってみたい。私、これまで何も勉強なんてしてなかったから」

 願いが叶った時の事を目を輝かせながら語るセフィリアに、

「――ごめん、前言撤回」

「はっ?」

「えっ?」

 不意に漏れた望の言葉に、眞白も含めた二人が一瞬時の止まる錯覚を覚えた。

「いや、さっき『尊敬する』って言ったけど、生きる理由が『制度を止めさせたいから』なんて……そんな小さなこと(・・・・・)で悩んでたの?」

 望の呆れた顔に、セフィリアは目を見開いた。望の声が虚を突いたのか、室内に『沈黙』の二字が降り積もる。蝋燭のかすかな炎だけが申し訳なさそうに仄かな明かりで辺りを照らしている。

(いやいや、何言ってるの? この制度がどんなもの詳しく分かってないんじゃないのかな? あぁ、そうだっけ……望はこっちの世界に来たのは今日が初めてだっけ? うんうん。なら仕方がないよね~。何せ初めてなんだし。よし、それなら――)

「いや、望……わかってるの? この制度を止めさせることがどれほど大変なのか……。もともとこの制度ができた背景ってのがね――」

 言いかけたセフィリアを望は片手を伸ばして制止させた。もう一方の手は頭を押さえ、頭痛に悩む患者のように顔をしめている。

「いや、分かってるから。どんな背景でできて、どんな奴らがそれを支えてシステムを動かして、どんな奴らがその恩恵を授かっているのかってね。さっきそこで親切な御老人(・・・・・・)に懇切丁寧に、講義料としてお金を払いたいほどに教えてもらったよ。……まるで呪詛のようだったというのが印象だったけどね」

「へっ?」

(もう聞いた? 知っている? じゃあ――なぜ?)

「どうしてそんなくだらないことに、君の人生を丸まる使って叶えなきゃならないの?」

 望はため息交じりに呟いた。

 セフィリアは目の前で見せる望の態度に、「本当にどんなものなのか分かっているのか!」とツッコミたくなった。

 いや、実際そうしようとした。

 しかし、続いて望から発せられた言葉に、セフィリアだけではなく眞白も目を見開いて驚いた。それは、

「はあああああぁぁぁぁぁ……。セフィリアを含め、この世界の複製人間(クローン)達ってお馬鹿さんなのかな? それとも僕が愚かなのかな? ……これだけの人数がいて、現実に代替品となった仲間もいる。なのに何の進展もないとはね。もう絶望するしかないのかな?」

 並ぶ単語は違えど、それはあの時と同じ望の顔があった。

 それは、学校の前で繰り広げられた戦争をすぐに収めたあの時のように。

「君は馬鹿なの? 愚かなの? 説明するのも面倒だけど、しょうがない」

 ぞんざいな態度で相手をコケにする言い方にセフィリアは一瞬殺意が湧いたが、それを何とか押し止める。

 自分が唯一、目の前の少年――別の世界の判定者だとしても、この世界は望のいた世界ではない。セフィリアは、「別の世界の人間が、今さら何ができるんだ?」と少しばかり小馬鹿に思っていた。

だが。望の瞳はいたって真剣なものだった。


「――キミは一体全体ナニモノなんだ?」

 

 堂々と、そして真正面から望はセフィリアを見つめていた。

 何もかもを見通すような、望の鋭い視線がセフィリアの胸元――より具体的に言えうならば、その胸元で光る銀色のタグを射抜いていた。

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