011 -行間- 報告書(レポート)
「どうだ、判定者達の様子は?」
広い広い部屋。いや、その場所を部屋と呼んでいいのか迷うほどの広大な空間。そこに朗々と響き渡る声が駆け抜けていく。その巨大な空間にすっぽりと納まる巨人――全能神、ゼウスが目の前にいる少女たちに問いかけたためだ。
ゼウスの下には、白い絨毯が広がっていた。声が空気を震わせ、絨毯が岸壁に打ち寄せる波の如く揺れる。
いや、正確にはこれは絨毯ではない。
絨毯の一房一房を良く見れば、それは人と同じ形を成している。それも眞白とまったく同じ、姿形も声も同じ少女だ。ゼウスの足元には夥しい数の眞白が直立している。彼女らの白い頭髪が空間を埋め尽くすほど広がっているのだ。
最前列にいた彼女達の一人がゼウスの問いかけに答える。
「現在、〝撰択の儀〟はフェイズⅡに移行。……判定者はパートナーの判定者とともに生活をしている状態です」
この広大な空間の中には、ゼウスと少女達だけしか存在していない。以前のように匣が埋め尽くすことはなく、少女達は自分達を見下すゼウスの顔(といっても見上げたところで顔などは見えないのだが)を見上げていた。
「そうか……。フェイズⅢ、Ⅳに移行するのも時間の問題だろう。その間、愚かな人間どもの世話とその報告を頼んだぞ、『名無しの子』らよ」
名無しの子――そう呼ばれた少女達は一様に頷いた。遥か上空、ゼウスの視点から見れば、その一糸乱れぬ動きは完璧の一言で言い表されるだろう。
その中の一人――唯一他の『名無しの子』とは一線を画す存在がいる。
ある人に〝眞白〟と名付けられ、他の名無しの子と区別された存在。
(私は望に「眞白」と名付けられた……。それは何か意味のある事だったのでしょうか?)
眞白は周囲を見渡しながら思考を巡らす。眞白達「名無しの子」は、この儀式のために用意された存在だ。
いわば使い捨てカメラと同等の存在だ。『撰択の儀』が滞りなく進行できれば問題がない。
では、終われば? それは当然――消滅するだけだ。必要な役割を果たせば、用済みとなった存在はゼウスによって速やかに処分される。
(私は使い捨ての存在。この儀式を滞りなく進めるための装置)
頭では分かっていた。理解していた。
しかし、そんな考えが浮かぶたび、眞白の胸のあたりがズキン、と痛みを訴える。
それは今まで感じることのなかった痛み。
叶うことのないはずの願い。正直な自分の想い。
(ですが、私は……。私は……)
もしも望みが叶うなら。
――消えたくない。消されたくない。
眞白は嫌というほどに、『自分という存在』を認識していた。分かっていた。理解していた。
けれども、それはすべて認識していた『つもり』、分かっていた『つもり』、理解していた『つもり』だった。
そう。結果的には何一つ分かってなどいなかった。
今、自分を締め付ける『消えたくない』という想い。〝眞白〟という名前を持ってしまったが故の執着。それは判定者となった人間と同じ、《生への執着》だ。
そんな執着を持ってしまった彼女にとって、自分の存在が消えることは他と同様に「はいそうですか」と簡単に諦めることなどできなかった。
なぜならそれは、『あの人』から与えられた名前を無に帰すことなのだから。
(そんなことを思ってしまうのはいけないことなのでしょうか……。私のこの思いは、許されざることなのでしょうか……)
眞白は思考を巡らす。しかし、答えてくれる者は誰もいない。
息継ぎ回。
短くてスミマセン。ちょっと眞白の存在感が微妙になってきたかな? ということで眞白視点から書いてみました。




