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010

 結論から言えば、その後、美冬達三人は望が指示した通りに動いた。

 もちろん、それは望の言葉を一〇〇%信じたからではない。だが、彼女たち三人には、「他にこの状況をどうにかする方法はない」と考えた末のものである。

 アンケートをコピーし、眞白とセフィリアがそれぞれのグループに手渡す。用紙を埋め、結果を集計し発表。結局のところ、ものの三〇分で決着はついた。

 最後には、

「これから双方ともに共存共栄を図っていこう」

 という言葉のもと、がっちりと握手を交わしたリーダーが校庭の真ん中に立っていたのだ。本当に余談だが、以降、眞白はお嬢様、セフィリアは姐さんと呼ばれるようになる。

「ホント、〝男の子〟って分からない……」

 美冬がぼそりと呟いた言葉に、賛同を禁じ得ないセフィリアと眞白だった。

「はぁ、なんて人間は愚かで(もろ)いんだろう……ホント、現実は救いようがないから嫌だ」

 騒動を収めた立役者は、そんな呪詛めいた言葉を吐きながら、机にべたっと身体を貼り付かせていた。


「しっかし、望って凄いよね!」

 下校時、いつものように望・眞白・セフィリアの三人が歩いていた。セフィリアが今日の朝のことを思い返しながら、望の横を歩いていた。

「でも、本来なら教師たちが収めるべきものだと思うんだけどね」

「確かにそうですね」

 苦笑を浮かべて返答した望の言葉に、眞白が賛同を示した。既に陽は西へと傾き、オレンジ色の光が道や建物を染め上げている。

「夕飯の食材買いに行くから手伝ってよ」

「夕飯! やったー! 今日は何かな~、今日は何かな~」

「食い意地の張った子……」

「なにぉう!」

 望は横で言い合う二人を笑いながら歩いた。向かう先は馴染みの商店街。

 時間的に、望と同じく夕飯の買い物をする主婦たちでごった返す、まさに『かきいれ時』と言われる時間帯だった。

「おう、望かぁ! 今日は新鮮な魚が入ってるぞ! アラをおまけで付けてやるから、後で寄ってってくれや!」

「あら、望ちゃん! 丁度良かった。今新作のパン焼けたところだから試食して行ってよ」

 商店街の人たちは、望の姿を見つけると気さくに声をかける。

 中には「両手に花とはお前も隅に置けないなぁ」などと茶化す声も掛けられるが、それも御愛嬌というヤツである。

 望はそれらの声を「はいはい。後でね」と軽く受け流しながら、セフィリアと眞白を連れて商店街の中を歩いていく。

「……兄さん。何故この方たちは兄さんに気さくに声をかけるのでしょうか?」

 眞白が商店街の人たちを見ながら訊いた。隣を歩いていたセフィリアも頷き、

「そうそう。望、何かしたの?」

「あぁ。何かしたというか何というか……この商店街はね、去年僕がお世話した(・・・・・)んだよ」

 望はそう言いながら夕飯の食材を吟味していた。二人の頭に〝?〟が浮かぶ。

「ははっ。『お世話した』とは随分な物言いじゃないか」

 望の前でレジを打っていた女の人――たぶんこの店の女将さんらしき人が苦笑いを浮かべていた。

「だって、本当のことでしょ? あれのおかげで僕達も、この商店街も救われたんだから」

((いつも絶望している望が救った? この商店街を?))

 セフィリアと眞白の二人は、笑っている女将さんを見、そして互いの顔を見合わせた。

「ははっ……。まぁあれは一年ぐらい前のことだね」

 眞白とセフィリアが互いに疑問を顔に貼り付かせて見合っている様子を見ながら、女将さんは「それはね……」と前置きし、微笑みながら話を始めた。


 ――何のことはない、ただの昔話を。

 ――世の中に対して絶望している一人の少年と、商店街の人々との関係を。



 それは月日を(さかのぼ)れば、希坂望が高校に入学して約三カ月が過ぎた頃の話だった。

 もうそろそろ梅雨も明ける時期だったが、容赦のない雨が大地と校舎を打っていた。

 時刻は午後二時半。昼食を食べ終え、いつもなら容赦のない睡魔と闘いながら授業を受ける望だったのだが、その日は珍しく襲いかかる睡魔にソッコーで白旗を上げた。白旗を上げたのは超単純な理由からだ。

 それは、本日最後の授業が学活で、かつ議題は一つ。


「議題――文化祭の出し物について」


 黒板の中央に書かれた文字が、どこか物悲しく、寂しそうに見えてならない。

(一つの議題を数十人であーだこーだ話すなどとは、まったくもって時間の無駄だよなぁ……)

 そんな思考が望の頭の中で働いたため、こうして机に突っ伏して寝ているのだが。


「あのぉ~! そろそろ文化祭の出し物決めないといけないんだけど……」


 黒板の前では、学活の時間が始まってから文化祭実行委員と思わせる女子生徒が右往左往しつつ、クラスメイトに同じ言葉を何度も呼びかけていた。しかし、その努力も虚しく、彼女の声は白ける教室の空気に溶けて消えていく。

「あと出し物を決めていないのはうちのクラスだけなんだよぉ! 今日中に出し物を決めないと……」

 前に立つ文化祭実行委員の女子生徒が、半泣き状態でクラスに呼びかける。

 しかし、彼ら彼女らは応じない。なぜなら――

「でもよぉ、定番の食べ物関係はみぃんな上級生が握ってるわけじゃん?」

「おまけにお化け屋敷とかだと他のクラスとカブるしぃ~」

「高校入学して早々の俺たちに何ができんのよ?」

 クラスメイト達の反応はもっともだった。

 卒業間近だからという「何その特別待遇!」と激しく突っ込みたくなるほどのよく分らない理屈で、お好み焼きや焼きそばといった、『祭りごと』といった定番の食べ物系の出し物はすべて上級生に押えられていた。かといってお化け屋敷や縁日などといったものをすれば、他のクラスの出し物とカブり、内容勝負で比較されるのが目に見えている。

 内容、と一口に言っても、そこはただの高校生。テーマパークのような凝った演出などできるはずもないのは明らかだ。

「でもでも、私達のクラスだけ『何もしない』というのはどうかと……。折角の高校生活なんだし、何か思い出に残したい……でしょ?」

 気弱な文化祭実行委員の発言が教室内にこだまする。彼女の発言に幾人かから「まぁそうだよね」と言った言葉が出るも、では具体的に何をするのかという話になるとすぐに行き詰まった。

「ああっ! もう三時半……一時間経っちゃったよぉ! どうしよー!」

 泣きそうになる彼女の言葉に、

「うにゃ……三時半?」

 希坂望はようやく目を覚ました。ぼうっとしていた頭に、女子生徒の言葉が再生される。

(三時半……? ってマズい!)

 すぐさま時刻を確認した望は大急ぎで今の状況を確認した。

 目の前の学活が終わっていない(というより、終わる気配もまったくない)。

    ↓

 終わっていないので、(現状のままでは)当然のごとく帰れない。

    ↓

 自分の好きなことができる貴重な時間が削られる(なんて自己中心的なんだ! との思いは、カケラもない)。

 一瞬のうちにそのような至極自分都合な構図が出来上がると、〝さっさと目の前の問題を終わらせろ〟という緊急指令が下された。

「どうしようどうしよう……早く今日中に文化祭の出し物を決めないと」

 オロオロする実行委員の生徒を前に、


「そんなに時間をかけることなのかなぁ……。別に、何もしなくていいんじゃないの?」


 望は言い放った。しかも至極あっさりと。

「えぇっ!」

 驚く実行委員とクラスメイト達をよそに望は続ける。

「だってさぁ、聞くと八方塞りっていう感じでしょ? それに、文化祭当日でクラスの出し物のために貴重な時間を割く必要性も感じないし。あと僕はもう帰りたいし」

 自分の要望を付け加えた上でハッキリと断言する望に、黒板の前に立っている女子生徒が食ってかかった。

「じゃぁ、私達だけ何もしないってこと? でも、それじゃぁ何だか学校中が文化祭で盛り上がっている中で私達だけハブられるってことなんだよ!」

 その女子生徒の言葉に乗るように、クラスメイト達が反応を示す。

「ハブられるってのも……なぁ?」

「まぁ、面白くもないわな」

 その言葉に救われたのか、「そら見たことか」と胸を張る女子生徒。

 そのやり取りを聞き、望は盛大に――


「はああああぁぁぁぁ……。君たち、馬鹿なの? それとも僕が愚かなの? ……これだけの人数がいて、これだけ時間をかけてるのに何の進展もないとは……。もう絶望するしかないよね」


 ため息をつき、ぐったりと身体を机に貼り付かせてダルそうに応えた。『お前は何様だよ!』と突っ込む周囲からの視線を無視して望は続ける。

「僕が言ってるのは、『当日は何もしない』ということだよ。別に準備を徹底的にやれば当日は本当にラクできるってことで……」

「じゃあ、一体全体何をしたいの?」

 女子生徒の言葉に望はにやにやと口の端を持ち上げる。

「何って……。ゲームだよ。それも、参加者主体で僕達は当日何もしない、ね」

 言って、望は忘れていたものを思い出したかのように付け加える。

「あぁ、そうだ……。なんならついでにこの街のあのぼろぼろに寂れた商店街でも再興させようか。……そうだ、それがいい。その方がもっとラクできる」

 それは通学途中に目にしていた寂れゆく商店街の光景だった。近隣に出来た大型スーパーに客足をとられ、急速に勢いをなくす商店街。望の頭に、文化祭という『イベント』と寂れゆく『商店街』という二つの単語が見事にリンクする。クラスメイト達はニヤニヤと笑う望が何をしたいのかさっぱりわけが分からなかった。「コイツ、頭のネジが飛んでるんじゃないのか?」というクラスメイト達の視線を無視し、望はため息交じりに言い放つ。

「ったく、死にたいぐらいに面倒だけどしょうがない。僕の《最適解(こたえ)》を見せてあげようじゃないか、クソったれ」

 その次の日から望の主導による〝作戦〟が始まったのだった。


 第一に。

「僕と実行委員で〝お店〟と交渉。面倒だけど、この際仕方がないな。ベストを考えたらこのメンツしかいないから」

「美術部に所属するメンツでマップの作成だ。年二回、オタクの聖地で同人誌売ってるその絵心を、少しはクラスのために還元して貢献してみせろ」

「男子生徒はおススメの店とそのメニューをピックアップ。こちらは食べ物系だ」

「女子生徒も男子生徒と同様に。ただし、こっちはお菓子やスイーツ系を宜しく」

 望はクラスメイトという『資源(リソース)』を使って、望はさくさくさくさくと役割を割り振った。


 第二に。

 役割を決めた後、望と実行委員の女子生徒の二名は、ある〝約束〟を取り付けるためにその足で敵の本拠地――商工会議所を訪れた。

「商工会の会長さん……これは多分この商店街を再興させる大きなチャンスなんだよ!」

「う~ん……」

 目の前で渋面を浮かべる大人に、望は「はあああぁぁぁ……」とため息をついた。先ほどから目の前の女子生徒が真剣に訴えても、商工会長は首を縦に振らない。

 突然の来訪者に、最初は何事かと驚いていた商工会の面々は訪れたのが近くの学校に通う学生と分かると、「文化祭のこと?」と聞いてきた。反射的に「えぇ、まぁ……」と望の隣にいた女子生徒が、心細い声を上げた。

「あぁ、文化祭のポスターなら適当に置いといて。後で貼っておくから」

 会議所にいた商工会のメンバーは、それだけ言うと各自の仕事に戻っていった。普通の高校生なら用件はそれだけだ。

 けれども、その一連のやり取りを見ていた望が、

「はぁ……。何なのその態度? あんたらの頭の中には、文化祭が近い+学生=ポスターという図式しか頭に成立しないのか。子どもだからといって舐めすぎてない?」


 ――まったくもって人間って愚かだねぇ……。あんたらのその頭は飾りか? 振ったら何か鳴るのか?


 望の上から目線の言葉は、大いに会議所にいた大人達の怒りを買ったが、女子生徒が必死になだめた。

 しばらく険悪なムードが辺りを包んでいたが、「とりあえず、会長呼んでよ」との望の要望に、肩を怒らせつつもしぶしぶといった感じで応えた。

 そして会長と対面し、望が提案した〝作戦〟を伝えたのだが……。反応はイマイチ。

「まだわからないの? これをキッカケにして、常連客を増やすチャンスだと言っているのにさぁ……。また文化祭という定期的に行われるイベントに組み込むすることで、毎年毎年常連客が増える可能性だってあるんだよ? 高校には毎年毎年新しい〝一年生〟という人間が来るのだからね」

「確かに魅力的ではある……。しかしだなぁ……」

 望の確信に満ちた声に一部理解を示す会長だったが、そこから先がなかなか思うように運べない。進展しない事態に望が苛立ちを隠さずに問いかける。

「あぁ、もう分かったよ。じゃあ僕は、次の貴方の言葉で決めるとしようじゃないか。いい? ……『やるならやる、やらないならやる』……さあどっち?」

「どっちも『やる』しかないのだが……」

 その言葉に、望は目の前のテーブルにどかっと足を投げ出し、

「じゃあ、ヤレよ。今すぐに。……あぁ、そうだ。それとも……ポスターの代わりにコレを貼り回った方が良かったのかな?」

 望は意味深な言葉と共に、一枚の写真を商工会長に手渡した。写真を見た途端、相手の顔から脂汗がとめどなく流れていく。

「ど、どうして……!」

「さぁね。……でも、一言だけ言っておくよ。『よぉく考えて結論を出しな』ってね」

 とだけ会長に告げると、望はすたすたと帰って行った。ちなみに、「何を見せたの?」と実行委員の女子生徒が訊いたが、「見ない方が身のためだと思うよ」とすげなく忠告された。

 こうして商店街の商工会会長に直談判(ほぼ脅し)をし、見事企画を通した。次いで、会長と一緒に商店街の店を回り、〝約束〟を取り付ける。ここはバックに会長がいるため、すんなりと(というよりもほぼ脅しに近いが)取り付けた。

 そして、クラスメイトが収集した情報をマップに記載し、〝約束〟のものを景品に据え、全ての準備が整った。ゲームの名前は……題して――。


《文化祭、楽しみ回って景品当てちまえ!》

 

 なんとも馬鹿馬鹿しいタイトルのこのゲームが、望のクラスの出し物となったのだった。



 ゲームのルールは至って単純だった。

 第一に、参加者は入口で文化祭のしおりとともに、望のクラスが行う出し物専用のスタンプカードとマップをもらう。これは事前に実行委員を通して生徒会に根回ししていた。

 第二に、文化祭を訪れた参加者は、回った出し物について受付でクラスの組名が入ったスタンプを押してもらうことができる。

 シール形式ではなく、スタンプ方式を採用したのは、一つの場所で三つも四つもシールを貼られてしまうと回る意味がなくなり、いわばズルができてしまうからだ。

 第三に、五つ以上の異なる出し物を回ってスタンプを押してもらった参加者は、望のクラスの前に置いた抽選箱から、くじを引くことができる。

 当たった場合、商店街で利用できる割引券がもらえるという仕組みだった。

 当然のように、商店街で割引券を使うのかと疑問に残る部分もある。加えて、くじで外れた場合、諦めて帰ってしまう参加者もいるだろう。

 そこで登場するのが、作成した〝マップ〟だ。

 このマップには、商店街でおススメのメニューや食べ物がずらりと絵で分かりやすく描かれている。しかも、利用者である自分たちがおススメする生の声なのだから、思わず行ってみようかと思うのが人の(さが)というものである。

 商店街はスーパーと異なり、人との会話、つまり『人情』がウリの一つだ。

 結果――

「あの文化祭以降、この商店街を利用してくれるお客さんが増えてね……。もうダメかもしれないと思われていたこの商店街は見事に再興出来たってわさ」

 あははと笑いながら女将さんは望とこの商店街の経緯を話してくれた。

「あの頃はこの商店街もまるでゴーストタウンのように静まり返っていて、細々と何軒かやってるぐらいだったし。……それに、近年この街に家を買って住んでいる人も増えてきているっていう情報も聞いていたからね。単純に利用者が増えてきていたということだったんだよ」

 望は女将さんが差し出してくれた果物を食べながら解説してくれた。

「とんだ策士だよ、この子は!」

「別に。ただ何も案を出さない愚鈍なクラスメイト達と、何の努力もしようとしないこの情けない商店街に絶望していただけだよ、僕は。……あぁ、あの時だっけかな? 美冬と知り合ったのは……。彼女が文化祭実行委員だったから」

「「えぇっ!」」

「その後かなぁ……冬が僕に『最適解』って呼び始めたのは」

 望のその言葉に、美冬とは幼馴染とかじゃなかったの? 『最適解』っていう名前にそんなルーツが! などと言い合う眞白とセフィリアの二人を無視して、商店街を往来する人々を望はただ眺めていた。

 当初は大型スーパーの進出に反対していた人々も、今ではそれなりに共存関係を図ろうと努力しているらしい。その結果なのか、今までのゴーストタウンのような面影はなく、商店街には多くの人が行き交い、店の前では笑い声がそこかしこから聞こえていた。

「ほら、二人とも。そろそろ行くよ」

 望は後ろからの「待って!」という言葉も無視して歩き出した。夕陽の光で分からなかったが、先を歩く望の顔はどこか笑っているように二人は思えてならなかった。



 セフィリアが望の世界にやってきてから六日が過ぎた。そして、七日目――の昼休み。

 望、眞白、セフィリアの三人は、まるでいつもそうしているかのように、毎日繰り返されるルーチンワークのようにこの日も屋上で昼食をとっていた。

「あぁ~。もう七日かぁ……」

「そうだね」

 セフィリアが残念そうに呟いたことに対して、望は特別驚くこともなく、ただ淡々と(はし)を進めている。その横で眞白が何も言わずにパンをかじっていた。

「あれ? 何かこう、不安じゃないの? 明日には望は私の世界にいるんだよ?」

「不安? 何で? 別にどうだっていいけど」

「えっ? ……だってさ、いきなり見ず知らずの土地とか世界に放り込まれちゃうんだよ? 言っておくけど、私の世界は望が住んでいる今のこの世界とはまるっきり、全然違うんだよ? 不安じゃないの?」

「不安ねぇ……。それを言ったら、今のセフィリアがそうだし」

 望はちらりとセフィリアを見やる。望の言葉に詰まったのか、言われた方は急におろおろと挙動がおかしくなるのが望には見ていて面白かった。

「私? でっでも……私の場合はみんなが都合のいいように認識してくれていて受け入れてくれていたし」

「ちなみに、ゼウスの強制認知(インプラント)はセフィリアさんの世界にも効果が及びますよ」

 眞白がセフィリアの言葉に付け加える様にさらりと言う。

「ふーん。まぁ別にあっても無くても問題ないけどね」

「何故ですか?」

 眞白が目を見開く。いや、別にそんなに驚かなくてもいいんじゃない? と望は反射的に身構えた。そんなに僕って変なこと言ったのかなぁ……と二人を見ていて思う望だった。

「だって、セフィリアがいたってことは、人間がいるってことでしょ? 人間が集まり社会を形成する。世界はそれを支えて毎日が巡る――これって、この今の世界と同じ構図でしょ?」

 人、社会、世界――。人間が集まり社会を形成し、それを世界が支える。

 生活を営む人も、社会通念・常識などという馬鹿馬鹿しい規律も違う。

 しかし、大局的に見れば、その構図はどこも同じなのだ。

 世界があり、愚かで欲に塗れた人間が跋扈(ばっこ)する社会が存在する。

「人間なんて、所詮はどこも同じだよ。《欲望》と《愚鈍》と《冷血》でできているんだから。まったく何もかもが全然別で、かつ僕がそこでハッピーになれればいいんだけどさ。聞く限り、要素とか構成とか構図とか――それが今いる場所と変わらないんじゃあ、別に不安になる事もないでしょ? あ~ぁ、世界が変わっても僕は絶望しなくちゃならないのか……。もう激しく(うつ)だ」

 望は相当にウザったるく思っているのか、その顔は苦虫を噛み潰した表情に染まっていた。

 眞白とセフィリアは「頭を抱える観点が違うのでは(んじゃない)?」とそれぞれ激しくツッコミを入れたいと思ったが、言ったところでどうにもならないのでその言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 澄んだ青空が広がっている――。

 望にとっては最後になるかもしれない世界の天気など、既にもうどうでもよかった。



「私の世界に当たって忠告を一つ」

 夜、夕食後に食器を片付け終わった望にセフィリアが咳払いをして言った言葉だ。

「はいはい。何?」

 望は手を休めることなく、セフィリアの言葉を聞き流しながら食器を片づけていく。

「真面目な話だから聞いて。……あのね」


 ――私は人間ではありません。私は『私のために生きること』を義務付けられた造られた存在です。


「向こうで誰かに問われたら、今言ったことを一字一句間違わずに復唱すること。いい?」

 望はセフィリアが言った言葉を繰り返し繰り返し頭で再生した。

 自分は人間ではなく、

 私は私のために生き、

 造られた存在である。

 何とも「なんだそりゃ」と突っ込みたくなるが、セフィリアが真顔でそう言うため、望は何も言えず、ただ「うん」としか言えなかった。

「よし! んじゃあ、また……明日。私の世界でね!」

 そう言って彼女は部屋(といっても現在セフィリアは望の部屋で寝ているのだが)に戻っていった。

 しかし、部屋に戻って行こうとした彼女が見せた一瞬の――苦悶の表情。

 その顔に望の胸はちくりと痛んだ。

「どうして――」


 ――どうしてそんなに苦しいのだろうか。


 どうして思い詰めた顔をするのだろうか。元の世界へ帰ることができるのに。

 気づけば流れる水の音だけが居間に流れていた。

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