その後の後始末 【1】
ちょっと短いです。
朝から魔法教会は大騒ぎだった。
昨日まであったはずの御神木が消えていたのだ。それだけでも大勢の人々が混乱し、噂をしていたのだが、もっと頭の痛いことが上層部には起きていた。
御神木消滅の報告より早く、魔法教会の議長のもとへ”祝福の大樹”の使者である精霊が訪れ、御神木が世界の秩序を乱そうとしたということ、その討伐に”炎帝”、”雷帝”、”緑帝”を指名し、事が済んだことを述べた。その際、見届人としてコーランを指定したことを告げた。
議長は急いでコーランから話を聞いた。頭を抱えながら、議長は陛下へ報告する義務があると唸った。大騒動する者達へは黙っていつも通りの職務を全うするようにと告げ、とにかく2人は王城へ向かった。
後始末を終えた後、キラスは眠いと部屋に篭った。ゼヴァローダは結界の外で倒れていたジャクスターを連れ、1度邸へ戻ると言った。そして、彼はエレンを抱いたシリウスを見て、コーランに言った。部屋を用意するから2人を連れて行く、と。
コーランは黙ってうなずき、その場を後にした。
そして彼が王城に出向き、エラダーナ国王に謁見し、緊急議会が収集された。
政務、軍部、魔法教会の上層部が一同に揃って、数段高い位置にあるイスに座る王と、その前の証言台に立つコーラン、そしてその側に立つ”雷帝”、”緑帝”を黙って見つめていた。
「ブライアス王子を乗っ取りエラダーナ国を、そして世界を混乱に貶めようとした罪により、”祝福の大樹”はエラダーナの御神木”ベルベルの賢樹”の破壊を”炎帝””雷帝””緑帝”の3人に託した。これが全てじゃ。此度の件はこれ以上でも以下でもない。詮索は無用。疑う事は”祝福の大樹”を疑うこととなる。それがどういう結果になるか、わからんわけではあるまい」
コーランの言葉に、全ての人達は口をつぐんだ。
もちろんその表情には納得していない、理解できないといったものが浮かんでいたが、いくら抗議してもこれ以上の情報は得られないことくらいはわかっている。
”炎帝”がなぜこの場にいないのか、と聞きたい者もいたが、誰も言い出せなかった。
王は大きく砕かれた”ベルベルの玉”をじっと見て、深くため息をついた。
「この件は人の手にあらず、だな。わかった。御神木という信仰の対象が失われたのは残念だが、魔力を持つ木がここまで恐ろしいものとは思わなかった。畏怖の念を改めて持とう。敬意と感謝、そして恐怖を持って敬わなくてはならない」
王の言葉に、皆頭を下げた。
「魔力は”祝福の大樹”からの恩恵であり、戒めであると聞いた。そなた達魔法使いは人の代表として日々努めよ。この場は以上とする」
王が立ち上がり、座を後にした。
王座の後方のカーテンに王が消えると、どこからともなく安堵の声が漏れ出した。
「さぁ、わしらも戻るか」
コーランがくるりと踵を返すと、その後に”雷帝”と”緑帝”も何もいわず付き従った。
事実とは少し違うことをコーランは述べた。
でもそれが最善なのだと、全てを知る2人も黙っていた。
エレンのことをコーランがどこまで知っているのか、2人には見当もつかなかった。
結局ブライアス王子は相当精神ともに疲労しており、無理な力を使ったせいか体中に痛みや打撲痕があり、起き上がれるようになるまで数日かかったという。
後日、彼は王から”ベルベルの玉”の研究について一切を禁じられた。そして、今ある資料も破棄するように言われると、彼はやや不服そうな顔をしたが素直に従った。もう二度と体を乗っ取られるなんてこりごりだと思ったからだ。
場所は移り、そこはゼヴァローダの邸の離れの1室で、シリウスはまだ目覚めないエレンの側に黙って座っていた。
思い詰めたその視線の先には、まだ顔色の悪いエレンが寝台に横たわっていた。
「その子を信じてちょうだい」
そう声をかけたのは、ジャクスターによって連れてこられていたエレンの母、イルミだった。
最初は卒倒しかけたものの、やはり同じように動揺していたシリウスを見て冷静さを取り戻した。
夫を失ったばかりの頃の自分とそっくりだと思ったのだ。
でも今はまだエレンは死んではいない。
取り乱すより、娘がふと目覚めた時に笑顔で迎えたいから。そんな思いからイルミは、自分でも驚くくらい落ち着いて娘の看病にあたっていた。
「この子だって、いつ目覚めるかもしれない、もしかしたら目覚めず死んでしまうかもしれないあなたの側に何日もいたのよ?たかだか半日でそんな顔しないでちょうだい」
「でも……」
うつろな目で自分を見たシリウスに、イルミはふうっとため息をついて近寄ると、そのままぎゅっと抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「大丈夫よ、シリウス。エレンは強い子だわ。この子が起きたら笑顔で迎える準備をしておいてね。この子は私達の前から黙っていなくならないわ」
シリウスは驚いていた。
驚きすぎて、体が全然動かなかった。
実の両親からも、コーランからもされたことがないことを、今義理の母になろうというイルミからされていた。
彼女がシリウスの過去を知っているかといえば、ほとんど知らないに違いない。
ただ、両親と離れて育ったことと”炎帝”になることが義務付けられた子、という程度かもしれない。
解いた腕の中から見えたシリウスの顔がおかしかったのか、イルミはふふっと柔らかく笑った。
「その顔あの子達にそっくりね」
「あの子達?」
「えぇ。私を好きだといってくれる物好きな人の子ども達よ。泣いてたから抱っこしたの。そしたらびっくりした顔して。ふふふっ」
そんなイルミを見て、シリウスも少し微笑んだ。
「そんなにおかしいですか?」
「いつも見れない顔を見たんですもの。あなたは特に無理をして表情を作りすぎてるから、せめて本当の自分を出せる場所がもう少し増えるといいでしょうね」
「増やす……」
「例えば私の前とかね」
「え?」
きょとんとした顔でイルミを見れば、彼女はにこにこと笑っていた。
「義理とはいえ家族になるんですから。私も息子の前で仮面なんて被りたくないわ」
イルミはそっとエレンの枕元に歩み寄った。
「例えどんなかたちであっても、この子は私の娘。守れるならどんなことだって受け入れるわ」
「あの、それは……」
「あぁ、勘違いしないで。あなたのことじゃないの」
顔の前で手をぶんぶんと振ると、イルミはシリウスの方へ歩み寄り、そっと何事かを耳打ちした。
「え?」
それを聞いて目を見開き、信じられない顔でイルミを見る。
「……受け入れたんですか?」
「えぇ。私の勝手な一存でね」
困ったように笑うイルミに、シリウスはどうしてという言葉を飲み込んだ。
「これで一気にいくつかの問題もなくなるはずよ。後はあなたが頑張ってね」
晴れ晴れとして言うイルミに、シリウスは強くうなずいた。
「はい。どうか任せて下さい。必ず守りますから」
それを聞いて、イルミは本当に幸せそうな笑顔を見せた。
次回明日予約更新します。




