囚われの身と制約
遅れてすみません。
どうぞよろしくお願い致します。
本日も長い?3500文字。
ブライアス王子を背負ったキラス様とも離れ、私は立っていた。
それがいけなかった。
たった今、壊されたはずの”ベルベルの玉”が、ふっと目の前に浮かんで現れた。
「ひっ!」
おもわず後ろに引いた。
「エレン!」
しまった、と振り向き、急いで走ってくるシリウスを視界の端にとらえながら、私は目の前の”ベルベルの玉”から逃げられなかった。
「このぉ!」
王子を地面に落とし、キラス様が杖をかまえた。
その時、ずるりと”ベルベルの玉”の中から白いものが出てきて、私を覆った。
「いやぁっ!シリウス!」
とっさに暴れようとしたが、白い幕に覆われ、それを振り払った時、私は奇妙な空間にいた。
「何、ここ」
呟いた声が響いた。
周りは夜空のような白い光りが転々と続く闇。
足には地面を踏んでいる感覚はない。
歩こうとしても足は動かない。まるで空間に縫い付けられているように、力が入らない。
ふいにぼんやりと前方が光った。
そこが丸く光りでくりぬかれ、何かが映った。
「キラス様」
丸い空間には呆然としたキラス様が映った。
私は真っ直ぐ手を伸ばした。でも、何もつかめなかった。
「シリウスッ!」
精一杯叫んだ。
でも暗闇の中に声が響くだけ。
ここで画面が真っ暗になった、そして次に映し出されたものは高い位置からの映像だった。
3人が集まり、険しい顔でこっちを見ていた。
(あ、今、私は御神木の中にいる……)
なんとなくだったが、ほぼ確信した。
私は”ベルベルの玉”の中に閉じ込められたのだ。
「いや……」
自分の状態を理解したとたん、体がガクガクと震えだした。
サッと顔から血の気がひいたのもわかった。
「『あぁ、いいぞ。こんなに満ち足りたのは初めてだ』」
地の底から震えるような笑い声がした。
体に寒気が走った。
でも足が冷えたのは間違いない。何か引きずり出されるような感覚がある。
(魔力を吸い取ってる!?)
私を通して魔力を吸い取っているんだわ。
止めなきゃ、と思った。
でも魔力の制御なんて成功したことがない。
それでも止まれ、と一生懸命に祈った。
全身に力を入れ、拳を握り締め、引きずりだされる感覚に逆らおうとしたがまるでおさまらない。
「『何をしている娘。黙ってそこにいるがいい』」
私に言われたのだと気づいて、びくっと体が振るえ力が抜けた。
その時、ドォンと爆発音がして、空間が揺れた。
「『恐れを知らぬ人の子め。わしを傷つけるのは大罪だぞ』
さらにもう1度ドォンと爆発音がして、空間が揺れた。
顔を上げ映像を見れば、シリウスが大きな火球を右手に持ち放っていた。
「シリウス!」
揺れはするが、あまりダメージはないみたいだ。
もう1発放とうとするシリウスを、左右からゼヴァローダ様とキラス様が止めた。
「何してんの”炎帝”!気持ちは分かるけど、許可なく傷つけちゃ、あんたが罰を受けるよ」
「そうだぞ。シャーリーンが動いている。今しばらく待てっ」
「待てん。罰は受ける。エレンを取り戻すのが先だ」
制止しようとした2人を振りほどき、シリウスはその火球を放った。
振りほどかれた2人の顔が悔しげに歪む。
キラス様は”祝福の大樹”に逆らうことはできない。ゼヴァローダ様も魔法使いに課せられる常識を考えてのことだろう。
「仕方ないな」
ゼヴァローダ様は苦笑した。
そして数歩後ろへ下がると、足元に魔方陣を展開した。
今まで見た魔法陣よりはるかに大きいもので、当たり一帯に広がっていき、金色の光りを放つ。
「『新しき”雷帝”よ、なにをする』」
警戒した声が響く。
ゼヴァローダ様は、いつもの清清しい笑顔を見せた。
「結界ですよ。空間を遮断するのは得意ですからね」
「あ!力がっ」
キラス様が両手を握ったり開いたりする。
「ついでに魔力の乱れも中和させてもらいました。完全ではないでしょうが、あなたならいくらか使えるでしょう?」
「もちろんさ!」
にっと片方の口角をあげ笑うキラス様。
「さて、シリウス。思いっきりやってもいいですよ」
「よし」
顔付きが険しいシリウスはきっと手加減しない。
「『させるか、罪人め』」
両手に魔力を集め始めたシリウス目掛け、地面の中から複数の木の根が飛び出す。
「おっと」
シリウスは魔力を集めるのを中断し、キラス様は杖で防壁を張り後方へ飛びのく。そしてゼヴァローダ様はまだ気を失っているブライアス王子の元へ駆け寄り、周りに結界を張って全てを弾き返した。
木の根が空高く伸びても、次は横から木の枝がまるで鞭のようにしなって暴れだした。
「うわぁお、こいつはすごい数ぅ」
いくらか魔力が使えるようになってか、キラス様の口調も元に戻る。
「隙は作れないのか!?」
ほとんどの攻撃はシリウスを狙っていた。それらを両手に宿した火球で薙ぎ払い、燃やし尽くしながらキラス様を見る。
「んーっ、今はまだ無理。制約いっぱいなんだよねぇ」
「使えんなっ!」
「うるさいっ!しかたないじゃん!」
そんなやり取りの後方で、結界を2つ張りつつゼヴァローダ様は何かを考えているようだった。
「こうなったら、この辺一帯を先に燃やすか」
忌々しげに言ったシリウスのその言葉に、キラス様はぎょっとして目を見開いた。
「だめだめぇ!そーんなことしたら、あたし今からシリウス殿の敵だよぉ」
「お前はどっちの味方だ!」
怒鳴るシリウスに、キラス様はぶーっと頬を膨らませた。
「だって、しかたないじゃんよぉ」
「どんだけお前は制約に縛られてんだっ!」
そういう会話をしつつも結界を張るのが不得意なシリウスは、次々に前後左右から向かってくる根っこや枝をかわしたり、焼ききったりして防いでいる。
一方結界を張るキラス様は息一つ乱れず、にぃっと余裕の笑みで返した。
「身も心もぜーんぶ”祝福の大樹”に捧げたよぉ。いつか絶対あの方を抱きしめるのが、あたしの願いなんだぁ」
「本気で使えんな、お前はっ!」
怒鳴り返しながら、わざとだろうが、火球が1つキラス様の結界に弾かれた。
「『何なんだ、お前達はっ!』」
シリウス以上に激昂したのは御神木だった。
結界を張られ、攻撃はかわされ、自分を無視しぽんぽんと会話をされたら怒るだろう。
「『まぁいい、せいぜい力を使うがいい!』」
ドシュッと更に倍の数の根っこが地面から生えた。
そうか、魔力を枯渇させる気なんだ。
御神木には私がいるからどんどん魔力を補給している。でもシリウス達には供給源もなければ、交代する仲間もいない。
「シリウス!迷ってはダメ!一気にやらなきゃ負けちゃうっ!!」
私が叫ぶと、ぐにゃりと空間が歪んだ。
「『よけいなことを。おとなしくしているがいい』」
そう声がかかると、私は足からがくりと膝をついてしまった。
そのまま前かがみに肘もつき、頭も重くなってきた。
体の中に気持ち悪いくらいに流れを感じる。
それらは全身をかけめぐり、足や手からどんどん抜けていった。
強制的に吸われているのだろう。キラス様の時より、ずっと気持ち悪い。気を失えないくらいの気持ち悪い流れが、体の中を暴れている。
「うっ……くっ……」
息苦しい中漏れる声は苦しく、とても声を出すことはできなかった。
そんな状態になっても、空間は揺れた。時折爆発音も聞こえる。
やがて、御神木が絶叫した。
「『何をする、この愚か者がぁああああ!』」
少し緩んだ流れに、重い頭を上げると、映像には真っ赤な火の海が映っていた。
シリウスがやったのだろうか?
周りの木々が炎に包まれている中、ゼヴァローダ様のさらに後方から人影が現れた。
「やれやれ、これであらかた燃えたじゃろう」
馬ほどもある赤い鬣を生やした炎の獣を従え、ゆっくりとコーランさんが近づいてきた。
「コーラン!?」
驚くシリウスを一瞥し、コーランさんはゼヴァローダ様を見る。
「お前の精霊は実に優秀だな。結界の一部を一時的に中和してわしらを導いた。今は力を使い切って外で倒れておるがな」
「そうですか。彼なら大丈夫です」
ゼヴァローダ様はふっと笑みをこぼし、そのままブライアス王子を背中に担ぎ上げた。
「コーラン、どうして!?」
「うるさい、バカ息子!問題児!後からみっちり説教してやるかなっ!!」
くわっと目を見開いて怒鳴ると、まっすぐこちら、つまり御神木を睨みつけた。
「御神木が人の負の感情を吸い取り、悪しき存在へと堕ちるとは。嘆かわしい」
コーランさんの言葉を聞いて、再び御神木が怒りに身を震わせた。
「『人が何を言うかっ!』」
「いいえ、それはお父様のお言葉よ」
凛とした声が響いた。
しゅっとわずかな残像とともにコーランさんの隣に現れたのは、強い意志を目に宿したリーンだった。
わずかに御神木にも動揺がはしった。
リーンは周りを目線で確認すると、強い口調で言った。
「”祝福の大樹”はベルベルの賢樹の放棄を決定。”炎帝”シリウス、”雷帝”ゼヴァローダ、”緑帝”キラスの3名にその討伐を命じます!」
その瞬間、3人を縛るものがなくなった。
やっとです。あとは盆明け完結目指して頑張ります!




