襲撃
こんにちは、遅くなりました。
「エレンちゃーん、一緒に寝よぉ」
夕方になってどうにか戻ってきたキラス様。本来なら自室で休むべきだが、コーランさんの部屋でシンシアさんと待機する私のところへやってきた。
「キラス様、どうなさったのです?」
事情を知らないシンシアさんが困惑している。
「んー、あたしエレンちゃん気に入っちゃったのぉ。だから借りるって言っておいて」
そう言ってぐいっと私の左手を掴んで引っ張る。
「あ、あの」
「抱き枕確保ぉ!」
「キラス様!?」
焦るシンシアさんを尻目に、私はキラス様に引きずられて部屋の外に出た。
「あの、キラス様?」
戸惑う私をチラッと見て、にっと笑った。
「前見たいに一気にしないよ。時間かけるから、一緒に寝よ。あたしも補充しなきゃ、さすがに交渉なんてできないし」
そうか、それは拒めないわ、と私は納得した。
でも、それはあくまで添い寝することに対して納得したことだった。
部屋で待機しているメイドは若い女の子で、実はキラス様を崇拝する少女だった。
「誰も近づけないでね」
「かしこまりました」
綺麗にお辞儀するメイドが、なぜかとてもうっとりした目をしていたのが気になったが、理由はすぐわかった。
「さっ、寝るよぉ」
言うが早いか、ばっさばっさと着ている服をどんどん脱いでいき、同性の前とはいえ躊躇なく全裸になった。
脱ぎ捨てられた服を簡単に畳んでいた私は、あわてて夜着か羽織るものをと目線をさ迷わせた。普通なら寝台の上に用意してあるのにそれがない。
あれ?と思っていると、キラス様の手がわしっと私の肩を掴んだ。
「寝るよ」
目が座っているように見えたのは気のせいでしょうか。
結論から言えば気のせいではなかった。
キラス様は私の服を脱がせにかかった。
「えぇ!?」
「はい、おとなしくねぇ」
なぜか慣れた手つきで手を押さえ込まれ、どんどんボタンを外していく。
「き。キラス様!?」
「寝るとき全裸が基本だけど、エレンちゃん初めて添い寝するから下着はそのままでOKだよぉ」
(ひぃいいいいいいいい!)
おもわず心の中で絶叫した。
さっさと脱がされて呆然とした私を寝台に引っ張り込み、キラス様はがっちり背後から抱きついて満面の笑みで横になった。
「さっ、今夜の交渉で更に頑張るからね!回復回復~」
そう言ってキラス様はすぅっと寝てしまった。
そして私はどうすることもできず、黙って固まって時を過ごした。
だから私は知らなかった。
あちこちでゼヴァローダ様を”雷帝”としてお祝いするべく、大騒ぎがあっていて警備が緩くなっていたし、人も大勢持ち場以外で動いていたので、誰かがこっそり入ってくることが容易だったなんて。
「…レンさん、カレンさん」
いつの間にか寝ていたらしい。キラス様の部屋付きメイドに起こされた。
「ご飯食べてきてください。キラス様は私が見てますから」
さっと差し出されたのは、私が着ていたメイド服だった。
ぐっすり眠ったキラス様からそっと抜け出し、着替えて先に寝室を出ていたメイドのいる控えの間へ戻る。
「驚かれたでしょう?キラス様お1人寝ができない方でして」
「そうなんですね。驚きました」
「人肌が恋しいそうで、でも男性はいらないっと公言されてます」
ふふっと部屋付きのメイドは笑った。
「どうぞごゆっくりしてきてください。キラス様は1度寝ればぐっすりですから」
ずいぶん詳しいようだ。
そんな彼女に頭を下げ、私はあいかわらず大騒ぎの食堂でご飯を食べ、1度シンシアさんがいるかもしれないコーランさんの部屋へ戻ろうと思って階段を登った。
コーランさんの部屋に行くと、シンシアさんがいた。
彼女は困った顔をして笑って言った。
「キラス様に気に入られちゃったのね。きっとシリウス様が目くじら立ててるでしょうね」
「そう、でしょうか」
「ふふっ、お2人とも独占欲は強いみたいですからね」
そろそろキラス様のお部屋へ戻ろうとした時だった。
トントンとドアがノックされたのだが、シンシアさんは首をかしげた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「開けろ」
それは若い男性の声だった。
ただ、何というか抑揚もなく、命令口調なのが気になる。
シンシアさんは眉間にしわをよせ、目で私に待機室へ入るよう指示した。
私が待機室に身を潜めてから、シンシアさんはドアを開けた。
そこに立っていたのは琥珀色の髪に、青い目をした男性。それは昨日見たばかりのブライアス王子だった。
「これは失礼しました」
シンシアさんがさっと頭を下げるも、ブライアス王子はただ目線をさ迷わせているだけで何も言わない。まるで部屋を確認しているようだ。
「ブライアス様、あいにくコーランはお城に呼ばれております」
恭しく頭を下げたシンシアさんだったが、やはりブライアス王子は何も言わない。
何かを感じたのか、シンシアさんがそっと頭を上げ、一歩下がった。
そして何かに気づいて、大きく目を見開く。
その視線の先を私も見て、驚いた。
父が持っていたあの玉の数倍はある大きな玉を左の脇に抱えていた。
「ぶ、ブライアス様、それは、もしや”神玉”ではございませんか?」
「娘はどこだ」
ズカズカと大股で部屋に入り込み、寝室のドアをばんっと開いて数歩中へ入る。
その時のシンシアさんの行動は素早かった。
ばんっと寝室のドアに体当たりしてブライアス王子を閉じ込めると、体重をかけてドアを封じた。
「カレン、キラス様のところへっ!」
がちゃがちゃ、ドンドンと叩かれるドアが小刻みに揺れるが、シンシアさんはどかなかった。
私は一瞬躊躇したが、すぐさま駆け出した。
廊下を走って、キラス様の部屋に飛び込むと、メイドが目を丸くして驚いた。
構わず寝室のドアを開き、中に飛び込むと寝ているキラス様を大きく揺すった。
「起きてください、キラス様!ブライアス王子が…」
ドォン、メキメキ……!
そう遠くないどこかで何かが壊れる音と、剥ぎ取られるような音がした。
「クソッ、あの老木め」
忌々しげに言ったのは、先程の音で起きたキラス様だった。
むくりと起き上がると、近くに用意されていた紫のローブを素肌の上にさっと羽織る。
「まだ完全回復してないのに、せっかちな老木。あぁ、嫌だ嫌だぁ」
イライラしているせいか、普段とろんとしている目つきが鋭い。
「ミイン”炎帝”を呼んで来て!」
「はいっ!」
控えの間から返事があり、あのメイドが走って出て行った。
ベットから降りたキラス様は、私を背に庇うように開きっぱなしの寝室のドアを見ていた。
そしてすぐに部屋のドアが開いた。
入ってきたのはやはりブライアス王子だった。
良く見ると、左の襟元が大きく膨らんでいる。
「やぁ、王子。女性の部屋に無断で入る趣味はいただけないよぉ」
「……」
怖いくらいの無表情でこっちを見る。
無意識にキラス様のローブを握り締めると、キラス様ははっと笑った。
「のっとられてるって感じだねぇ。あの老木、やるじゃん」
「えぇ!?”神玉”にですか」
「彼が持ってるのは”ベルベルの玉”だよ。老木のスパイにされたみたいだね。ご愁傷様ぁ」
カツッとベットの下から何かを蹴り上げた。
それは緑の宝玉が先端についた、杖だった。
杖全体は蔓草などをモチーフにした彫り物をされた金の杖で、宝玉の周りは金の輪で先端に飾られていた。
ビシッとブライアス王子へ杖を向ける。
「これ以上なんかしたら、容赦しないからね」
しかしブライアス王子からは何も感じられなかった。
ただ立ってこちらを観察しているようだ。
「お戻りを、偉大なるベルベルの賢樹よ」
それはブライアス王子の背後に現れた。
よれよれの、あちこちが傷ついた執事服を着て、片膝を立ててひざまずくジャクスターさんだった。
ゆっくりと顔を上げると、険しい目つきでブライアス王子を睨む。
「ゼヴァローダ様は”雷帝”になりました。しかし、彼女を取り込むなど聞いておりません。過ぎたる力は御身を滅ぼします。どうぞお戻り下さい」
それは切実な声だった。
そしてブライアス王子は初めてにたりと唇を歪めて笑った。
読んでいただきありがとうございます。
子どもの体調が悪くならない限り、また月曜日に更新します。




