母との再会
やっと再会します。
どうやら転移の間で送ったらしく、ほどなくゼヴァローダ様が私たちのいる部屋に入ってきた。
部屋の中の灯りが数段明るくなって、いつの間にか水晶の映像も消えていた。
「あっ…」
ようやく我に返った私が顔を上げると、すぐ横に心配そうな顔をしているシリウスがいた。
「大丈夫か?エレン」
こくっと1度うなずいてみたものの、頭の中は混乱していた。
急に出てきた父と思われる人の名前に、その妻というのは母の事だと理解はできた。でもその母が王子のところにいるというのは、どう考えたらいいのだろうか。
「エレン殿、前触れもなく話を聞かせてしまって申し訳ない」
軽く頭を下げられ、私は驚いて首を振った。
「い、いいえ!父のことなんて初めて聞きました。いろいろ混乱してるんですが、あの、母は…」
そうだ、母が何より大事だ、と1歩詰め寄った。
「母は大丈夫なんですか?」
「王子は客人として招いているということですから、まず大丈夫でしょう。明日には会えますから、このまま今夜は泊まっていきなさい」
そう言って首をひねって近くに控えるジャクスターさんを見た。
「ジャクスター、シンシア殿へ伝言を。コーラン氏にはすでに了承済みだと」
「かしこまりました」
深く一礼すると、ジャクスターさんは部屋から出て行った。
「あの、ゼヴァローダ様、母に聞きたいことって…」
おそるおそる尋ねると、ゼヴァローダ様はくすっと笑った。
「心配しなくとも大丈夫です。おそらくあなた達が明日再会すれば、その会話から私の疑問も解決できるでしょうから。私はあなたの母君を問い詰めるようなことはしませんよ」
「そうですか」
ほっと胸をなでおろす。
それからゼヴァローダ様は顔を上げシリウスを見て、少し目を細めて笑った。
「さぁ、存分に怒られるといい。頑張って説得しろよ」
「分かってる!」
ふんっと顔そらし、ふと何か思いついたようで眉をひそめてゼヴァローダ様を見た。
「…お前が舅とか絶対嫌だな」
「私もお前が義理の息子とは、それこそ血を吐きそうだ」
こちらも眉間に皺を寄せて目を細めた。
「あ、あの…」
不穏な雰囲気にどうしたらいいかと戸惑う私が声をかけると、はっと2人の顔から皺が消えた。
「どうした?エレン」
「疲れたのだろう?すぐ部屋に案内する」
ゼヴァローダ様が先導し、シリウスが私の肩を抱いて並んで歩いてくれた。
それを見てゼヴァローダ様がとんでもないことを言った。
「言っとくが部屋は別々だからな。もちろん結界も張る」
「どれだけ俺信用ないんだよ!」
「自分の胸に聞け。前回意識を取り戻した後、エレン殿に悲鳴を上げさせるような事をしただろう。その時点ですでにないっ!」
「いや、あれは…」
からかって覆いかぶさりましたなんて言えるはずもなく、シリウスはどう弁解しようかと悩んでいたようだが、結局何も言えずに黙り込んだ。
それを見てゼヴァローダ様は、またはぁっと困った子を見るようにため息をついた。
「嘘だよ、シリウス。でもこのくらいでたじろいでいては、明日どうする」
言われたシリウスはまたもぐっと声を飲み込んでいた。
「エレン殿はゆっくり休まれてくださいね」
そう言って部屋へ入るように行ったゼヴァローダ様に「ありがとうございます」と頭を下げたのだが、客室に1人ぽつんと立っていると、どうにも明日の期待で眠れそうになかった。
ベットの側に行くと用意してあった夜着を手にとって着替えるが、ベットに入っても眠れないし、窓から外を見る気も起きずに、ずっとベットの中で考えていた。
父が魔法使いであったこと。
論文を書いていたが途中で破棄したこと。
妙な玉を持っていたこと。
父の死後、再び母が論文破棄の申請をしていたこと。
母は全て知っているんじゃないか、とシリウスが前に言っていた。
だとしたら、シリウスが好きだという私をどう思うだろうか。
ぐるぐると同じことを繰り返し考えていた私が眠りについたのは、明け方と言っても過言ではない時間だった。
そして3、4時間もたたないうちに私は起こされた。
「おはようござます、エレン様」
開けたくない目をうっすら開けた私に微笑んでいたのは、ロレンヌ夫人だった。
「そろそろ御仕度なさいませんと、お母様がいらっしゃいますよ」
その一言にがばっと起き上がる。
既製品ですが、とロレンヌ夫人が差し出したさらりとした生地でできた薄い水色のワンピースを着て、
身支度を整えると、朝食が運ばれてきた。
1人そわそわと落ち着きがなく食事をしていたところへ、ロレンヌ夫人がやってきた。
「お食事の途中ですが、お母様がいらっしゃいました」
「すぐ行きます!」
半分は残っていたけど、私は今口に含んでいるオムレツを飲み干し、慌しくドアへ駆け寄った。
廊下にはシリウスもいて、私はドキドキと緊張しながらロレンヌ夫人の案内で歩いていった。
たどり着いたドアをロレンヌ夫人がノックし、中からゼヴァローダ様の返事があり入室した。
白い大きなソファが白いテーブルを挟んでいた。
奥にゼヴァローダ様が座っていて、手前の後姿が母だった。
ぱっと振り向いた母は少しこわばった表情をしていたが、いつもまとめている髪は背中へ流し、ブライアス王子が用意したと思われる上質の生地でできた落ち着いた緑色のワンピースを着ていた。
「エレン!」
すくっと立ち上がりソファを離れた母に、私も思わず駆け寄って抱きしめた。
ぎゅっとお互いきつく抱きしめあった後、母の手の力が抜けたのを合図に顔を上げた。
今にも泣きそうな顔を見て、私はそっと目線を下げた。
「……ごめんなさい、心配ばかりかけて…」
泣きそうな母の顔が少し笑った。
「そうね。でも元気そうで良かったわ」
そう言って私の頬をそっと撫でると、ついっと顔を上げシリウスの方を見た。
「あなたがベル?」
その声は怒っておらず、むしろ語りかけるような声だった。
シリウスはきっちりと腰を曲げ、頭を下げた。
「そうです。シリウス・ベルゼ・テナバートと申します」
「そう。”炎帝”だったのね」
「はい」
シリウスはまだ顔を上げず答えた。
「お顔を上げてくださいな」
言われてゆっくり顔を上げたシリウスに、母は私をその場に残して近寄った。
やや見上げるような形で向かい合った2人を、私もゼヴァローダ様も何も言わずじっと見ていた。
「この度は…」
「結構ですわ」
きっぱりと遮るような母の声がした。
「もうよろしいですわ。諦めがつきましたもの」
母はぎこちなく笑った。
「これでも一生懸命できる限り隠してまいりましたのに、どんどん手に負えなくなってきました。もちろん娘が恋をしていることも知っていましたが、どうしても応援する気にはなれなかったのです」
「あの、お母さん?」
おそるおそる声をかけると、母がゆっくりこっちを向いた。
「エレン、この方はあなたを利用するかしら?」
突然の事に、私はびっくりして首をふるふると振った。
母はシリウスにまた向かい合うと、キッと厳しい眼差しを向けた。
「娘の幸せを願ってはおりますが、娘を利用するようなことがあれば私もあの子を道連れに自害します。よろしいですね?神の前で、あなたのご家族の前でその名と共に誓っていただきます」
この世界では教会で神様を前で、大切な人たちが見守る中その人達を証人として誓う儀式がある。
もちろん誓いを破れば本人が罰を受けるが、その誓いで名を告げられた人達も同じ罪を負うという。
「魔法使いの高位の者が受ける罰は死を意味するとも言われます。それを受けていただけますか?」
「はい、もちろんです」
もう1度シリウスは深く頭を下げた。
「決して裏切りません。もちろん、彼女の体質のことは隠していきたいと思っています」
「平民では限界があります」
シリウスは顔を上げた。
「ファラムでは公爵位の家系に生まれています。直に兄が当主となれば名も改名するつもりでした。”炎帝”と公爵家の権力を使えるなら、そうします」
「あなたはそれでいいの?」
「除籍はすませています。ですが名の改名は父が私を公爵家に縛り付ける為許しませんでした。でも兄さえ当主になれば問題ありません。どんなに言われようと、公爵家の力は使えますから」
母はじっとシリウスを見つめた後、ふっと肩の力を抜いた。
「平民の娘よ。愛人にでもするの?」
「いいえ、きちんと籍を入れます。兄も納得しています」
「……”炎帝”の婚姻は国にとっても重要でしょう?お許しが出るとは思わないわ」
「いいえ、必ず認めてもらいます。そのための手段もあります」
さらっと言った手段だが、それはこの間の夜に聞いた国王陛下への脅迫だろうか。
母はしばらく黙ってシリウスを見ていた。
しんっと静まり返った部屋の中、沈黙を破ったのは母だった。
「そうだわ」
言うが早いか、母は右手を振り上げ、ばしっとシリウスの即頭部を叩いた。
急なことに少しよろめいたシリウスは、目を白黒させ、私とゼヴァローダ様はぽかんとしてしまった。
「本当は頬でもひっぱたきたいのですが、儀式があるとお聞きしてますし、人前に出ることもあるでしょうから差し控えました。でもこれから何かありましたら、遠慮なくそのお顔を叩かせていただきますので、覚悟していただきますよ」
にっこりと微笑んだ母は、ぱっとみると怒っていないようだったが、あまりににこにこしているので怒っているだとすぐわかった。なんとなく雰囲気で感じ取ったのか、シリウスも目を見開いて驚いており、こくこくとうなずいていた。
「ゼヴァローダ様があなたのことをとても擁護なさいましたのよ。あなたの過去も聞きましたが、私には関係ありません。むしろ娘のために折れるのです。貴族だろうと”炎帝”だろうと私は容赦しませんからね」
今度はぐっと鼻の付け根を右手でつねられ、シリウスは「うっ」と身をよじった。
母はますます笑みを深め、こう言った。
「何かあったらすぐ参りますよ。私は甘くありません」
「は、はい……」
つねられた鼻をさすりながら、シリウスはうなずいた。
それを見て母は初めて満足げにうなずき、ちらっと私を見た。
「エレン、あなたも流されるだけじゃいけないわ。もっとしっかりなさい」
「はいっ」
ぴんと背筋を伸ばした私を見て、ゼヴァローダ様はひそかにぷっと吹き出していた。
今週もよろしくお願い致します。
今のところお母さん最強(笑)。




