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王子と論文

 今週も読んでいただきありがとうございました。

 明日朝7時に次話を予約しました。

 


 キラス様の部屋を出て、コーランさんの部屋に戻ったがまだ誰もいなかった。

 結局夕食時間ギリギリになって、まずシンシアさんが部屋に戻ってきた。

 「お疲れ様です、シンシアさん」

 「ただいま、カレン。何事もなかった?」

 「はい」

 そう言って、預っていた鍵を渡した。

 「ただ、リネン交換の時に”緑帝”様に初めてお会いしました」

 「そう。カレンより少し年上の方だけど、話すととても好奇心の強い良い方よ」

 「そうみたいですね」

 人間観察が趣味のようなことを言っていたのと、私を見送った顔を思い出して少し笑いがでた。

 「そういえば、今日はどちらへ行かれてたんですか?」

 「私?そうね、ちょっとコーラン様のお使いで外出してたの」

 「そうですか」

 内容までは言わなかったので、多分そういうことなんだろうと詳しく聞くのはやめた。

 そこへ廊下からがやがやと数人の人が話す声が聞こえてきた。

 「お戻りかしら」

 シンシアさんがポケットに鍵を直し、姿勢を正したので私もそれに倣う。

 程なくがちゃりとドアが開き、コーランさんが入ってきた。

 「おかえりなさいませ」

 シンシアさんと一緒に一礼して顔を上げると、コーランさの後ろには30代前半くらいの赤いローブを着た男性が1人立っていた。短く刈り上げた茶色い髪に、緑の目。ややエラが張った角ばった顔をしていた。

 コーランさんは数歩私たちに近づいて、短く告げた。

 「1度ファラムへ戻る。明日昼までには戻る」

 「かしこまりました」

 もともと気難しい顔つきだったコーランさんは、更に険しい顔をして寝室へ入った。

 その後を赤いローブの男性が追った。

 寝室のドアは開いたままだったので、シンシアさんと私は黙ってその場で待っていた。

 やがてコーランさんが出てきて、続いて出てきた男性の手には数冊の本や紙があった。

 ちらりとコーランさんがこちらを向いたので、それが挨拶とシンシアさんが察して頭を下げた。

 「いってらっしゃいませ」

 私もあわてて頭を下げ、パタンというドアの閉まる音を聞いておそるおそる顔を上げた。

 「あの…」

 「今夜の当直はないわ。夕食後は自由にしてていいから」

 「はい」

 何もすることがないなら、夕食後は大部屋で過ごすしかないな。

 2人して部屋を出ると、思ったとおりシンシアさんは鍵をかけた。

 廊下に出るとふと気になって、北の窓の方を向いてみた。

 「どうしたの?」

 シンシアさんに声をかけられ、はっとして頭を振った。

 「なんでもありません」

 「そう?」

 こうして2人して食堂へ向かい、何事もなく食事を済ませ大部屋へ戻った。

 ただシンシアさんは食事中に別のメイドが耳打ちしに来て、食事が終ったら用事があると離れていった。シンシアさんはとにかく忙しいみたいだ。

 もともとメイドでもない私は、大部屋で1人ごろんとベットの上でうつぶせになっていた。

 寝るには早いし、さてどうしようと思っていたら、ふと鼻先に温かい熱が生じた。

 不思議に思って目だけ上に向けると、そこには手のひらに乗るような小さな火の鳥がいた。

 がばっと起き上がり、ベットの上で座り込むような体勢になると、小鳥はパタパタと小さな翼を羽ばたかせて目線の高さまで飛んだ。

 『ついて来て』

 それは小さな声だったが、間違いなくシリウスのものだった。

 びっくりはしたが、前にコーランさんと一緒にいた火の使い魔と同じだろうと思い、私はさっとベットから立ち上がった。

 小鳥はすっとドアを通り抜け、廊下を飛んでいった。

 足早に後を追う途中、何人もの人に出会うが小鳥の姿は見えないのか、騒がれることなく3階のとある部屋の前まで案内された。

 部屋の前で小鳥はふっと消え、その代わり音もなくドアが開いた。

 「エレン、入って」

 わずかに開いたドアの向こうにシリウスの姿が見え、私は一応周りを確認してからそっと中に入った。

 部屋の中はさほど広くなくほんのり明るい。藍色の毛の短い絨毯の引いてある部屋の中央には、4,5人は乗れそうな円形の白い台のようなものが置いてあった。

 「ここって、転移の間?」

 「そう。人払いもしたし、ここの仕様許可は取ったから、エレンも来てくれ」

 ぐっと手を掴まれ、そのまま円台に近づく。

 「どこに行くの?」

 「ゼヴァローダの邸だ。行くよ」

 円台の上に乗ると、シリウスが右手で私の肩を抱き寄せた。

 左手の指を開いて下にかざすと、足元に金色に輝く幾何学模様が二重の円になって現れた。

 それらを赤い炎がさっと塗り替えていくと、目の前に薄い火の壁が現れ、あの独特の浮遊感とぐいっと引っ張られる感じがして、とっさに目を瞑った。



 「着いたよ」

 目を開くと、そこは数ヶ月ぶりに目にするゼヴァローダ様のお邸の転移の間だった。

 「お待ちしておりました」

 円台と入り口の真ん中辺りに、ジャクスターさんが1人立っていた。

 「ゼヴァローダは?」

 「只今ご来客中です」

 それを聞いて、シリウスは眉をひそめた。 

 「ブライアス王子か」

 「はい。つい先程いらっしゃいました」

 王子?と疑問を持ってシリウスを見上げると、彼は少し苦笑した。

 「ブライアス王子はエラダーナの第二王子で、魔法研究所の特別顧問として優秀な方なんだが……」

 最後は何か言いよどんで口を閉じた。

 「シリウス様、王子は続き部屋のある客間へとお通ししてます。もし良かったら隣へとのことです」

 「そうか。じゃあ案内してくれ」

 「かしこまりました」

 私はそっとシリウスから背中を押され、並んで歩き出した。

 ジャクスターさんに案内されたのは、転移の間と同じ階にある部屋の一つだった。

 部屋に入る前に、シリウスは唇に人差し指をあてて見せた。

 静かにするよう言われたのだと理解し、私はこくりとうなずいて、絨毯があるにもかかわらず忍び足で中に入った。

 最後に入ったジャクスターさんが音をたてずにドアを閉めた。

 燭台が2つだけぼんやりと光りを放つ薄暗い部屋の左壁には、わずか指1本分くらいの隙間が開いているドアがあった。その隙間からすっと細い光りが差し込んでいて、部屋の真ん中においてある足の長いテーブルの上においてある水晶の玉を照らしている。

 シリウスは私の手を引いてその水晶に近づいた。

 「だからもう1度儀式をさせると言ったんだ」

 歩いている途中で、急に声がして私はびくっと体を固まらせた。

 シリウスも立ち止まって私を見た後、あの隙間の開いたドアを見るようにちょいっと指を刺した。

 それから数歩歩いて水晶の前に立つと、シリウスが左手を水晶の上にかざした。

 ぽぉっと柔らかい光りが水晶から出て、そこに映像が浮かび上がった。

 驚いて目を丸くする私だったが、すぐそれが隣の部屋の映像だと気がついた。

 テーブルを挟み、向かい合って座るゼヴァローダ様とブライアス王子。

 ブライアス王子は琥珀色の艶のある髪を襟足に届くくらい伸ばしており、やや垂れ目がちだが青空のような澄んだ青い目をしていた。その一方で眉はつり上がり、王子の不機嫌さを表していた。

 細面な顔つきだが、高い鼻梁に白い肌、口は不機嫌なせいかややへの字になっているが、その不機嫌さえなければさわやかな王子様といっていいだろう。年もシリウスくらいだと思う。

 足を組み、両腕を組んでいる不機嫌な王子が口を開いた。

 「前例がなければ作ればいい。とにかく明日の儀式は受けてもらう」

 どうやら水晶から音声は出ないらしく、声はあのドア隙間からもれてきた。

 王子は睨むようにゼヴァローダ様を見ていた。

 数拍の沈黙の後、ふっとゼヴァローダ様の肩が力を抜くように動いた。

 「王子、何度も言いますが、私の魔玉は大きさのわりには魔力変換率が低いのです。だから”神玉”も認定しなかった、とすでに結論が出ています。それを今更覆すつもりもありませんし、もし明日認定されたら、エラダーナの魔法研究所の見解の間違いを認めなくてはならないではないですか」

 「間違いなら間違いでいい」

 「良くないですよ。せっかくファラムと並ぶと言われる権威を落としたいんですか?」

 「ファラムと比べる必要はない。重要なのは”雷帝”が誕生するか否かだ。これは最終通告だ」

 組んでいた手をほどき、バンッと右手でテーブルを叩きつけた。

 よくみるとテーブルの上には紙が乗っている。

 「陛下の直書だ。お前の再認定式への参加を希望されている。除籍したとはいえ、元は貴族の出だ。これがどういうことかわからないわけないだろう?」

 「強引ですねぇ」

 やや諦めたようにゼヴァローダ様はため息をついた。

 「強引も何も、国の一大事だ。友好国というはずなのに、他国からはファラムの属国とみなされているからな。これでお前が”雷帝”となればその偏見も軽くなる」

 「ファラムと比べる必要はないと、今おっしゃったではないですか」

 「うっ」

 痛いところをつかれ、王子はぐっと口を閉じた。

 「それより」

 ゼヴァローダ様は直書ではなく、その下にあった数枚の紙を手に取った。

 「これの話をしましょう。この魔力を集約する方法について、との論文を書いたエディ・カーチェスについて」

 その瞬間、どくりと大きく心臓の音が鳴り耳に大きく響いた。

 理由は良く分からないが、妙に手が汗ばんで、急に耳が研ぎ澄まされたかのように聞こえが良くなるような気がした。

 じっと水晶を凝視したまま、私はぴくりとも動けなくなった。

 水晶の映像では、王子がゼヴァローダ様からその論文と思わしき紙を受け取っていた。

 王子はじっとその紙を見て、目線だけ上げた。

 「未完成の論文で、筆者は死んでいる」

 「そうではなく、今なぜその未完成の論文を王子が研究しているかということをお聞きしたいんですよ」

 紙越しに両者はにらみ合い、沈黙が続いた。

 そして王子は論文をテーブルに放り投げた。

 「好奇心だ」

 胸を張り堂々と言い切ると、王子の目がギラリと荒々しく光った。

 



 読んでいただいてありがとうございます。 

 あ、ネタバレというか、次回エレンの父の話がでます~。

 誤字連絡いつでも受付中!


 

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