”雷帝”と戸惑い
ちょっと長いです。
儀式は朝早くから準備され、始まった。
私はもちろん見に行くこともできないので、北側の窓から外を見ていた。
気持ちのいいくらい晴れた日なので、ベルベルの木も他の木々と同じで何の変化もなく、ただの大木にしか見えない。
「カレン、リネン交換に行きますよ」
「はーい」
急いで部屋の前でシンシアさんからワゴンを受け取る。
「何を見てたんです?」
「あ、あの窓から御神木が見えると、昨日あるメイドさんが教えてくれたので」
「あぁ、それで」
納得したようにシンシアさんは微笑した。
「昼前には儀式は終わると聞いています。もし成功すれば、約20年ぶりの帝位の大魔法使いの誕生です」
「に、20年?そんなに間が開いてるんですか?」
昨夜シリウスの話に出てきたエラダーナ唯一の帝位持ちは”水帝”だった。20年儀式をしていないわけではなく、ゼヴァローダ様も受けたと聞いたので、あらためて帝位持ちの希少さがわかった。
「ファラムは土地がいいのか人がいいのか分かりませんが、魔玉持ちも多いし、複数持ちも他国より群を抜いて多いから帝位持ちも数年から10年に1人くらい出ています。でも本当は数十年単位に1人が圧倒的に多いのです」
「帝位持ちがいない国もあるんですか?」
「もちろんあります。その場合はその国の魔法教会が近辺諸国の教会と取り決めし、帝位持ちの大魔法使いを共有することもありますし、数カ国の帝位持ちを順番に一定期間借入れたり、巡回させたりしています。まぁ、国同士が友好的なら、帝位持ちのいるいないは問題ではないのですがね」
なぜ魔玉を持つ子どもが生まれると、協会の庇護下の入るのか分かった。
とにかく国外に連れ去られないようにする為だ。しかも複数持ちは殊更希少なため、どんなことがあろうと国に留め置かなくてはならない。
そうでなかったら、帝位持ちのいない国に素質のある子は狙われるか、売られるか。とにかく安全に生きてはいけないのだ。
「教会も苦労してるんですね」
私がぽつりともらすと、シンシアさんはやや困り顔で笑った。
「まぁ、帝位持ちは幼い頃からの束縛が強いものですから、一人前になれば羽目を外したりもしますわ」
どうやらシンシアさんは、私がシリウスのことを言っているのだと勘違いしたようだ。
私はちょっと噴出して、そうですねとうなずいた。
それから4階の使用している5部屋のリネン交換に向かった。あまりまとまりなく、部屋同士離れて使用されているので、まずは南側にある”緑帝”の部屋から始めた。
ノックをすると留守番役のメイドが出てきて、すでに剥ぎ取ったリネン等を渡してくれた。
新しいリネン一式を渡すと、次の補佐官の使用している部屋へ向かう。
補佐官の部屋は鍵がかかっており、シンシアさんはポケットから鍵を取り出した。
「メイドが常駐するのはコーラン様と”緑帝”、”炎帝”の3人です。普段シリウス様は常駐されるのを嫌がりますので、普段は補佐官達と同じように鍵を閉めておいでです。この鍵はその階の担当責任者がも持つことになります。この階では私です」
「わかりました」
補佐官の部屋2つもシンシアさんとせっせと交換し、コーランさんの部屋へ戻ってきた。
ここでも何事もなくリネンの交換を終えようとしていた時だった。
カッ!!
白いまばゆい光りが窓から部屋を覆った。
その光りはほんの一瞬で、まもなく空に光りの筋を1本残すようにして消えた。
私もシンシアさんも動きを止め、唯一動いた目にはチカチカと白いものが見えていた。
「今のは一体…?」
呆然とクッションを握り締めたままつぶやいた私の横で、ぱんっとシンシアさんが両手を鳴らした。
「”神玉”の光りです。儀式が成功したんですわ!」
嬉しそうに窓の外を見る。
「今の光りがってことは”雷帝”が誕生したってことですか?」
「そうなります」
そこでようやく私も理解した。
「おめでたいことですね!」
「それはもう!あぁ、儀式成功となるとスケジュールが大幅に変更になる可能性があります」
シンシアさんは急に眉をひそめた。
「え?そうなんですか?」
「えぇ。もともと今回の儀式を受ける方はまだ魔力の安定が難しく、ゼヴァローダ様のほうが魔力量では勝っていると聞いておりましたので、正直成功しないと思われてましたので…」
ちらりとシンシアさんは私を見て、言葉を続けた。
「ですから、明日の視察についても今を持って不明確なものとなったということです」
「えぇ!?」
おもわずクッションを落としてしまった。
「こればっかりはコーラン様に調整をして頂くしかありませんわ。ですからどうか気落ちしないで」
ぽんっと肩に手を置かれるも、私はぎゅっと手を握り締めて小さく「はい」とうなずくしか出来なかった。
「さぁ、大騒ぎになりますよ」
場を明るくしようとシンシアさんが、わざと腕まくりしてぱちんとウィンクして見せた。
「はい」
私もその気持ちが嬉しくて、さっと落としたクッションを拾い上げて、また2人でせっせと交換作業を開始した。
最後にシリウスの部屋のリネン交換を終えて、シンシアさんが洗濯場へ使用済みリネンを積んだワゴンを持って下へ下りていった。
昼食時になって、ようやく情報が飛び込んできた。
周りの噂話を聞くと、間違いなくあの光りは御神木の前で行われていた儀式で”神玉”が発したものだという。”雷帝”の誕生ということは間違いないが、なぜかその先に行うはずの認定式をせずに儀式は終了したというのだ。
つまり”神玉”は”雷帝”を認めたが、魔法協会が認めていないということだ。
エラダーナにとっては20年ぶりの帝位持ちの認定を渋る理由はない。ファラムが難癖をつけているのではないか?とか、あれだけの光りを放ったのだから今更議論することはないだろうとか、様々な憶測が食堂で飛び交っていた。
「うわぁ、すごい噂ね。あ、隣いい?」
「あ、モニカ…さん」
「モニカでいいよ」
にこりと笑って食事を乗せたトレイを片手に、空いていた私の隣のイスを引いて座る。
「あの、御神木なんですけど、窓から見ました」
「あ、そうなんだぁ。私もたまにしか見にいけないけど、大きな木でしょ」
「はい」
モニカはトマトと野菜のスープを1口食べてから、ほっと一息ついた。
「下はばたばたよ~。お偉いさん達会議室に篭っちゃってさ、食事も冷めたの出せないから、篭ってる皆様分を急遽別室に用意したり、なんだか事情がよく分からないけど、儀式に参加してたりその場にいた人全部に緘口令が敷かれてるみたいだけど」
そこでモニカは再びスープを口にして、チラリと周りを見渡した。
「全っ然意味なさそうね」
「本当ね」
私も苦笑してしまう。
「ま、あれだけ派手に光ればみんな”雷帝”が誕生したって思うしね」
「そうね。私初めてあんな光り見たわ」
「聞いた話じゃ、あんだけ光るのも珍しいらしいわ。ファラムの”炎帝”も同じくらい光ったって話だから、今回の”雷帝”は魔玉3つでも、5つ持ちの”炎帝”に匹敵する魔力を持っているって話よ」
すごいわね、とモニカはパンをちぎり、スープに浸して食べる。
「”雷帝”ってどんな人かしら」
「んー、16才のフェリックって子らしいけど。帝位候補は秘蔵っ子だし、あんまり人前にでないから容姿とか全然知らないのよねぇ」
しゃべりながらもモニカはどんどん昼食を平らげていく。
ぼんやりしていた私に気づき、モニカが肘でつついてきた。
「ちょっと、ぼんやりしてたらあっという間に時間がくるわよ」
「あ、そうね」
あわてて私も口と手を動かす。
それを見てモニカはにっこり笑った。
「あんた見てると妹思い出すわ」
「妹?」
「そっ。うち去年事故で両親死んじゃって、妹はまだ10つだからファラムの母方の祖父母のとこにいるの。食べてる時に限って考え事するのんびり屋でねぇ」
元気はつらつだった顔一変、目を細め、懐かしむように微笑する。
声をかけずに黙って見ていた私に気づき、モニカはまたにっこりと笑い人差し指を立てた。
「ここ給金がいいのよ。でも妹の世話までできないから、寂しくないように預けたんだ。まっ、ここはまとまった休みもくれるし、ファラムには旅行気分で時々顔見せに行ってるわ」
「今度はいつ行くの?」
「んー、来月かな。4日連休もらったから」
その時チリーンとベルが鳴った。
顔を上げ食堂の入り口のほうを見れば、ベルを持った男性が立っていた。
「あ、来賓用の食堂担当だわ。あたし行かなきゃ、じゃねっ!」
モニカは残りのパンを口に入れ、お茶を飲み干して立ち上がると、同じように近場から立ち上がったメイド達とともに食堂を出て行く。
忙しい彼女達を見てると、大したこともせず暇をもてあましている自分が恥ずかしくなった。
私は残りの昼食をさっと済ませ、そそくさと食堂を後にした。
(なんでもいいからお仕事させてもらおう)
コーランさんの部屋に戻ると、丁度シンシアさんがローブにブラシをかけていた。
私がお願いすると、シンシアさんはローブのブラシかけを譲ってくれ、更にシリウスや”緑帝”の分も持ち込んで渡してくれた。
それが終ると郵便物の受取帳へ差出人の名前を記入して、検分する補佐官の部屋へ持っていったり、お茶の入れ方や飲み方の指導を受けた。
そうして午後を過ごしても、コーランさんもシリウスも戻っては来なかった。
シンシアさんも特に指示がなく、私と2人してコーランさんの部屋に待機していた。
やがてガチャリとドアが開いた。
シンシアさんと私があわてて立ち上がると、そこにはいつも以上に気難しい顔をしたコーランさんが疲れた様子で入ってきた。
「お帰りなさいませ」
一礼するも、コーランさんは「あぁ」と一言つぶやくように言っただけで、ふらふらと1人掛けソファに座り込んだ。
「はぁっ」
大きなため息をつき、そのまま目を閉じる。
「何か飲まれますか?」
シンシアさんが聞いたが、コーランさんは首を振った。
「いや、いい」
コーランさんは目頭を摘むように揉むと、ゆっくり目を開けて私を見た。
「カレン」
「はい」
やや緊張して返事をすると、コーランさんは厳しい表情のまま言った。
「明日の視察は延期になった。すまない」
えっという言葉はどうにか飲み込んだが、シンシアさんが言っていた予定の変更ということなのだろうか。なんとなく不安があったが、コーランさんもいるし、なんとかしてくれると思っていた。
「そう、ですか」
思った以上にショックだったのか、私の声はかすれるように小さなものだった。
「すまんな、カレン。わしにもどうにもできない事態が起こったんじゃ」
私は首を傾げ、つい尋ねてみた。
「”雷帝”が誕生したって聞いてますが、何か問題でもあるんですか?」
元々”雷帝”を誕生させる儀式をしていたのだから、何の問題もないだろうに、他にもっと大変なことが起きたのだろうか。
コーランさんは1度目を伏せた後、シンシアさんと私を見て言った。
「お前達だから言うが、まだ”雷帝”の認定式は行っていない。まだ”神玉”に彼が選ばれただけの状態だ」
シンシアさんはと私は顔を見合わせ、首を傾げた。
「コーラン様、差し出がましいようですが、吉報であるはずのことになぜそのようにお悩みなのでしょうか?」
はぁっとまたコーランさんはため息をつき、テーブルに肩肘をつけて頭を抱えた。
「選ばれたのは儀式の当事者ではなく、ゼヴァローダだからだ」
思いも寄らない言葉に、私とシンシアさんは目を丸くして絶句した。
「まぁ、近いうち漏れるだろうから、2人ともそっちに座りなさい」
促されて2人掛けソファにそっと腰を下ろした。
読んでいただいてありがとうございます。
また金曜日に更新します。




