エラダーナの御神木
今回短いですが、それでも2500文字あります。
携帯で見ると1話1話がとても長いですね。見やすいように心がけたいです。
「もう、よろしいですよ」
ぎゅっと瞑っていた目を開けると、そこは淡い光りの中だった。
暖かな光りの中を、下から更に明暗の違う光りの粒が湧き出てくるかのように上昇していく。
「わぁっ」
きれい、とため息が出た。
「ご覧下さい。こちらが御神木であるベルベルの大樹です」
ジャクスターさんが手を上げた先を見れば、そこには巨大な砂糖楓の木が鎮座していた。
大人4、5人が両手を広げても届かないくらいの太い幹は、ゆっくりとねじれたように表面が隆起していて、首を垂直にして見上げてもその先は見えず、広がる枝と青々とした葉で覆い尽くされていた。
「すごい、大きな木!」
「はい。この国でも指折りの御老木であらせられます」
ふと周りを見渡すが、光りの先には闇が広がっていて何も見えない。
「あの、ここって…」
おそるおそるジャクスターさんに尋ねると、彼はこくっとうなずいた。
「普段は立ち入る事が制限された場所でございます。明日はこの場にて儀式が行われる予定ですので、少し離れたところには警備の者が配属されております。できましたら、お声は低くお願い致します」
はい、という返事の代わりにこくこくと小さくうなずいて、私は再び御神木を見上げた。
そういえば、こんなに光り輝いているのにまぶしいと思わない。
見ていると、どんどん吸い込まれて近づきそうになる。
ダメだと思ったが触りたいと思ってしまった。
「少しお触りになりますか?」
「え?」
都合のいいジャクスターさんの申し出に、次の言葉は明るいものだった。
「いいんですか、触っても」
「はい。せっかくですから」
やった、と内心喜びつつ、駆け寄ろうとした足をわざとゆっくり動かして御神木に近づいた。
そっ右手を伸ばすと、普通の木のような毛羽立った固い皮の感触ではなく、以外につるりとしたものが指先に触れた。
ぴったりと手のひらを幹につけて、ほぉっと息を吐いたときだった。
『おいで』
(え?)
それは小さな声のようだった。
男女が重なってつぶやいたかのような不思議な音のような声。
おもわずきょろきょろと辺りを見渡すが、もちろん誰もいない。
「エレン様」
いつの間にか背後に立っていたジャクスターさんが、私の左肩に手を沿え、右手を引いて御神木から数歩下がらせた。
「え?あの?」
「申し訳ありません、お時間です」
首だけ振り向けば、ジャクスターさんは目を伏せ軽く頭を下げた。
「エレン殿、ジャクスター」
ゼヴァローダ様の声がした。
ジャクスターさんはさっと離れて、私も後ろを体ごと振り向いた。
光りの中を紫のマント型のローブを着た、長い金髪をなびかせ、華奢で美しい男神のような人が歩いてくる。
「ゼヴァローダ様!」
「お久しぶりだね、エレン殿。此度は本当に災難だった」
災難、とまで言われてしまったが、訂正せずに笑っておく。
「ジャクスター。お前の気配がないと探ったらこんなところに」
じゃくすたーさんを見ると、ゼヴァローダ様はやや非難するように眉を寄せる。
「ここは明日の儀式のために警戒中だというのに」
「申し訳ありません」
しっかりと腰を曲げ謝罪するジャクスターさんを見て、あわてて間に割って入った。
「あの、すみません。私が見たいと無理を言いました」
「エレン殿が?」
「いえ、御神木が光ってお見えになるというので、私が独断でお連れしました」
かばった側から訂正が入る。
すでにゼヴァローダ様から眉間の皺は消えており、ゆっくりと御神木を見上げていた。
「ゼヴァローダ様?」
私が問いかけると、はっとしたように目線を下げた。
「あぁ、すまない。そろそろ戻ろうエレン殿。シリウスも隙を見て逃げ出してくるだろう」
「はい」
すいっと差し伸べられた手に戸惑い、私は2、3度ゼヴァローダ様の顔と手を見比べてしまった。
「どうぞ、エレン殿。お送りします」
「あ、はい」
緊張したまま数歩近づいて手を重ねると、ぐいっと軽く前に引っ張られた。それに合わせてもつれるように足を前に出すと、あっという間に景色が変わった。
ぱちくりと目を瞬かせてみれば、そこは4階の別棟と廊下だった。
「え、あ?」
何の違和感もなく転移していた。横を見ればジャクスターさんもいる。
「はぁ」
どこかうっとりするような、悩ましげなため息が頭上から聞こえた。
おや?とジャクスターさんが首をひねり、私もため息の相手を見上げる。
ふと目が合ったからか、ゼヴァローダ様は気まずそうに笑った。
「申し訳ない。最近疲れた出ていてなかなか魔力の補給が出来てなかったので、ついこの手から補給してしまいました」
くっと持ち上げられたのは、繋がれた右手。
「あ、どうぞ。私には何の負担もありませんし」
「そう言っていただけると助かります。私も体質で言うなら厄介なんですよ」
「え?」
「私はそこらに溢れている魔力を上手く取り込めないんですよ。ジャクスターが言うには、純度の高い魔力を魔玉が選り好んでいるらしくて。まったく好き嫌いみたいなもんで困ります」
「ゼヴァローダ様は繊細な魔力持ちだと申したまでです」
好き嫌いではありません、となぜかむっとしたようにジャクスターさんが訂正した。
「あの、本当に遠慮なく補給して下さい」
「そうですか?では、あの嫉妬深いのが戻る前に」
くくっといたずらっぽく笑うゼヴァローダ様は随分若く見えた。
「いきますよ」
それが合図だった。
ずるっと何かが体の中から出て行くような、妙な感覚が全身を駆け巡った。反射的に鳥肌がたった。
それはほんの少しの間だったが、手を離されたときは軽い倦怠感があった。
少しふらついた私をジャクスターさんが支えてくれ、ゼヴァローダ様も眉を下げていた。
「すまない、いきなり吸い取ったから具合が悪くなったのだろう?」
「あ、いえ、平気です。少し驚いただけです」
ささっと腕をこすってみれば、徐々に鳥肌も消えていく。
「ゼヴァローダ様、シリウス様とコーラン様がお戻りのようです」
「そうか。では退散するかな。では、エレン殿また」
「はい。ジャクスターさんも今日はありがとうございました」
そうお礼を言って頭を下げ、ふっとなにやら光りが点滅して頭を上げると、2人の姿はもうなかった。
今週もありがとうございました。
また月曜日に更新したいと思います。




