ベルベルの木
話をどんどん進めたいと思いますが、予定は未定です。
私は誰が、というかき方をよくすっ飛ばしています。読みやすいように努力していきますので、何かありましたら、ぜひ教えてください。
*作中の2日目の予定を変更しました。
(1~22話はおいおい直していきます。話の流れは変わりません)
今朝、というのか、日付が変わって数時間もしないうちにコーランさんがやってきて、寝ていた私達を顔を真っ赤にして怒鳴り起こした。
聞けば夜中にコーランさんの所へ私だけ転移させるはずが、いつまでたってもやってこない。とうとう痺れを切らしてやってきたという。
「早朝でいいかなと思った」
しれっとして、寝ぼけた目をこすっていたシリウスが言えば、コーランさんはその頭にげんこつを叩き込んだ。
「その様子じゃお嬢さんに話もしとらんな?この馬鹿者めっ」
「あー、詳しくは明日でいいかと」
「計画通りに動かんかっ!」
そう言ってもう1度げんこつを振り上げた。
確かに私は寝る前、シリウスに明日からのことを尋ねた。
だが「明日説明があるから大丈夫だよ」と寝よう寝ようと、あっという間にベットに引きずられてしまいそのまま寝てしまった。流された私も悪い。
「すみません、コーランさん」
私は頭を下げた。
まだ痛そうに頭頂部を撫でるシリウスを睨んだあと、私を見て目を瞑って首を振った。
「いやいや、すまん。育て方全てが悪かった」
「え!?俺全否定なのっ」
「黙れっ!」
くわっと目を見開いて、ずいっとシリウスに詰め寄る。
「だいたい女性を拉致した上で同衾するとは、お前犯罪だぞっ!」
「ど…、添い寝してるだけだ!誤解しないでくれっ」
「一緒じゃ!」
その後、夜着に上着を羽織っただけでコーランさんの家に転移した。当たり前だがシリウスはついてこなかった。
コーランさんの家はお邸とまでは行かないが、十分大きなもので、おそらく規模はシリウスの家と同じくらいだろうと思われた。
明日からの訪問で必要な荷物を揃えた部屋に案内され、身分証明書の内容を写した紙を渡された。
とにかくコーランさんが手引きするまでシリウスとの接触はできない、と強く念を押された。もしシリウスが近づいてきたら、あくまで侍女としてかわすようにと教えられた。とにかく回りに妙な誤解を与えないように、他の侍女と同じ輪の中に馴染んでしまうようにと言われた。
翌朝10時。
エラダーナへの入国は事前に各所の申請が行われていたため、ファラムの魔法教会の中にある転移の間から、直接エラダーナの魔法教会の転移の間へ一瞬で行われていた。
第一陣の警護と補佐の魔法使い達が転送され、第二陣として”神玉”や”炎帝”を始めとする儀式の主要人物の転送が行われているらしい。
らしい、というのも、私のような侍女達は最終組で転移させられる。それまでは控えの部屋で待機することになっていた。
侍女の数は30人程。私くらいの年の娘から年配のベテランまでそろい、皆黒いワンピースに白いエプロン、そしてふんわりしたレースのついたヘッドドレスをしている。エプロンにはファラムの魔法教会の印でが刺繍してある。
ファラムの魔法教会の印は”祝福の大樹”の前に先端の丸い杖と”神玉”が交差している図だ。
この印から察するに”祝福の大樹”とは針葉樹ではなく、太い幹と左右に大きく伸びた枝をもつ大木だという予想がついた。
しん、と静まった控えの間のドアが開き、1人ずつ名前が呼ばれていく。呼ばれた人は返事をし、部屋を出て行った。
「シンシア・レンデ」
「はい」
すっと横の席から立ち上がったのは40台半ばの女性。黒髪をきっちりと頭部の高い位置で纏め上げ、目は切れ長で青く、高い鼻に折れそうなほど細い物腰の彼女はコーランさんの家の侍女頭で、今回私のことを知っている第一侍女だ。
「カレン・ウィグル」
「はい」
今回私はカレンと呼ばれ、第一侍女の補佐となる第二侍女になる。
あまりに違う名前だといざという時ボロが出るだろうから、と一文字違いで申請したらしい。
転移の間は窓のない大きな部屋で、壁も天井もすべてが白い大理石で作られていた。その中央に50センチほど高い大きな丸い段差があり、2箇所には2段の階段がついていた。壁には燭台が数個あり、ほのかな光りを灯している。
私達はその丸い段の上に立って待っているように言われた。
全ての侍女が転移の間へ集められると、丸い段の周りを数人の黄色と赤のローブを着た魔法使い達に囲まれすみやかに転移させられた。ちなみに足元がふわふわしたような感じだけで、光りが消えると同時に足に重みが戻った。
エラダーナ側の転移の間も同じような作りだった。
魔法教会の別棟にある専用宿舎へ、手続きを得て入る。
教会本部と別棟の間は渡り廊下で繋がっているが、本部側で必ず身分証明の提示とサインが求められるらしく、特別な用事がない限り自由な行き来はできないと言われた。
コーランさんの部屋は4階で、シリウスも少し離れているが同じ4階だとシンシアさんが教えてくれた。
部屋は応接室と右側に寝室、左には小さな仮眠室があり、そこは夜間待機する侍女や侍従のためのものらしい。ちなみに私達侍女は全員、1階のいくつかの大部屋に割り当てられていた。
「では、私はシリウス様のお部屋の準備をしてきます。こちらをお願いしますね」
「はい」
パタンと軽い音をたててドアが閉まる。
シリウスはほとんど侍女を伴わずにいる。それは精霊が身の回りの世話をするからと認識されているが、やはり寝具の用意や片付けなど精霊がしないものも沢山ある。そういったものは、だいたい彼のお目付け役で同行するコーランさんの侍女、シンシアさんがすることが暗黙の了解になっているそうだ。
シンシアさんはジーアさん達と共にシリウスを幼少期から見てきた人ではあったが、彼女にとってはシリウスは仕える主人の1人とのこと。
「私には私の役目がございますので」
穏やかに微笑むシンシアさんも、きっとシリウスを心配している1人に違いないだろう。
5泊6日の滞在で使用する荷物を開く。もちろん個人用のものはそのままで、触れることの許された荷物だけを整理していく。
特に今夜と最終日には夜会があると聞かされた。
今夜の夜会は魔法教会主催のもので、少数のの王侯貴族が参加するらしい。最終日の夜会はプラツボ火山の鎮火のお礼を兼ねたもので、エラダーナ国王主催となりかなりの規模の夜会が予定されているそうだ。
基本的に夜会には必要最低限以下しか出席しないシリウスも、名目が名目なだけに渋々参加するらしいが、日程表を見るたびに大きなため息をついていた。
まぁ、残念ながら侍女の私はコーランさんをお見送りするくらいしかできないが、その時正装したシリウスを見ることはできるかもしれない。
すっかり準備を終え、待機室へ足を運ぶ。
中にはテーブルとランプやカップなどを置く棚、ソファと小さなテーブルが置いてあった。
そこには今回の訪問の日程を記した紙が置いてあった。ちなみに置いたのはシンシアさんで、侍女とは名ばかりの私のための配慮だった。
初 日:歓迎、交流セレモニー、夜会。
2日目:午前中、儀式。午後、謁見、各会談。
3日目:視察
4日目:午前中、各会談。午後、儀式(予備)。
5日目:視察(日程調整の場合あり)。夜、城にて謝恩を兼ねた夜会。
6日目:帰国
私は手に取った紙が皺になるのも構わず、強く握り締めた。
明後日には母に会える。
それは嬉しいと同時に母が認めてくれるかという不安もある。
どきどきと胸の音が高鳴って、一心になって紙を見つめていた時だった。
コンコンと軽いノックがされ、待機室のドアが開いた。
「カレン、大部屋へ案内するわ」
「はい」
皺をのばしつつテーブルに紙を置くと、私はシンシアさんの後を追った。
1階の大部屋は8人用だった。
部屋の両脇にベットが4つずつ並び、窓があるだけ。荷物は各自ベットの下へ収納するようになっていた。
ドアから入って右手前が私、その隣がシンシアさん用だったが、大勢で寝ることに慣れていなければ待機室で寝ても良いといわれた。その代わりベットはないので、ソファに寝るしかないとのこと。
その後は食堂、使用人用浴室、水場等を案内してもらった。すべて1階にあるので、夜は各部屋にワゴンで飲み水を配るようになっているそうだ。待機室にあるウォーターピッチャーに補充し、寝室のサイドテーブルにコップとともに置いておくことを忘れないように、と言われた。
シンシアさんと昼食をとり、コーランさんの部屋の待機室に戻った。
「いいですか。まず走らないこと。大声も厳禁です。そして姿勢を伸ばして、例え同じ侍女姿でも、あなたは見習いなので必ず廊下では脇に下がりなさいね」
「はい」
「それから廊下での私語は最低限です。気をつけてね」
「わかりました」
本部の方に行く用事は全てシンシアさんが担当し、私は別館でのお仕事を任された。お仕事といっても、あまり人と関わらないように最低限しかしない。
この別棟の施設を覚え、応接室で立ったまま村での話をシンシアさんにしていると、コーランさんが疲れた様子で戻ってきた。
「おかえりなさいませ」
シンシアさんと一緒に頭を下げて出迎える。
「あぁ、だいぶ疲れたわい」
近くの1人掛けソファにゆったりと座る。
「シリウスも戻った。シンシア、後は頼む」
「かしこまりました」
一礼して出て行った。
「お茶をご用意しますね」
「いや、今はいい。それより先に明後日の話をしておこう」
右手を前に出し、テーブルを挟んで向かいにあるソファに座るよう促される。
「失礼します」
おずおずと浅くソファに座ると、コーランさんがテーブルの上で手を組んだ。
「さて、明後日の視察だが今のところ問題なく行われる。お嬢さんは白のローブを着て同行するんじゃ。わしの側から離れんように、わざと荷物を持ってな」
「わかりました。あの、バレませんか?」
「大丈夫じゃ。魔玉の位置確認などせんし、フードを深く被っておればよい」
そう言って立ち上がると、寝室に入って白いローブを持ってきた。
先程の荷物にはなかったので、個人物のほうに隠されていたのだろう。
テーブルの上に置かれたローブの胸とフードの額の部分に、ファラムの印が黄色い糸で刺繍されている。
ふとコーランさんのローブを見れば金糸で刺繍がしてある。
「ローブの色の意味は知っておるか?」
「はい、最近知りました」
「では、その印についてだが、高みを目指すように黒のローブは次位の白で、白のローブは次位の黄色で刺繍がされておる。青の位になると銀糸。紫や議会の上位の者は金糸が使われる。ローブも普段使いのものと、式典、儀式用のローブの2つがある。ちなみにこれは普段使いだ」
机の上のローブを更に私の方へ押す。
そこでようやく手に取ると、サラリとした上質の生地で出来ていることがわかった。
「この刺繍はファラムの魔法教会の印ですよね?エラダーナでは違うのですか?」
「杖は魔法を現すのでどの国でもよく使われているが、エラダーナの印は杖とベルベルの木の葉と螺旋を組み合わせた図だ」
「ベルベル…」
それはこの世界の砂糖楓の木の名前。
「”祝福の大樹”程ではないが、ベルベルの木には魔力が宿る。そして精霊も好むという言い伝えがあるからな。とくにこの魔法教会のシンボルツリーはベルベルの老木だ。この国の国宝の1つはベルベルの老木が作ったとされる”ベルベルの玉”が存在する」
私は食い入るように黙って聞いていた。
自分が住んでいる国のことだが、国宝なんて村娘が知るものではないし、ベルベルの木も”涙を流す木”と木こりの間では嫌われて避けられている。もしかしたら、魔力があるから避けていたのが、どこかで意味を間違って浸透したのかもしれない。
「”ベルベルの玉”は”神玉”ではないのですか?」
「ないな。あれには意思がない。ただの白い宝石、といったところかの」
私は前にシリウスに言われたことをぼんやりと思い出していた。
確かメープルシロップのお茶を飲んだら魔力が溜まりやすかった、と言っていた。それって煮詰めて魔力を凝縮したとか?
「どうしたね?」
はっとして顔を上げれば、じっと見つめるコーランさんがいた。
「あ、いえ。”ベルベルの玉”なんて初めて聞きました。ベルベルの木は村の近くにもあったんですが」
「ベルベルの木は魔力の多いところに生息する不思議な木だ。その地の魔力が強ければ強いほど大木へと成長する。
おや、もうこんな時間だ」
ふと目に入ったのは時計だったようだ。
コーランさんはゆっくりと立ち上がると、はぁっと一息ついた。
「そろそろ準備をするか。あ、手伝いは不要じゃ」
私が立ち上がったのを手で制して、そのまま寝室へと入っていった。
やがて教会の印と様々な刺繍を、金糸で施された青紫のガウン型のローブを着たコーランさんが寝室から出てきた。
その姿をじっと見ていた私に、コーランさんは1度自分のローブを見て笑った。
「年寄りには派手じゃろ」
「え!?いいえ、シリウスと違うな、と思いまして」
「あぁ、若いのは肩章やら付けるが、わしくらいになるとシンプルなのが1番でな」
かかかっと笑い、はぁっと急にテンションを落としてつぶやいた。
「めんどいのぅ」
その姿を見て、私は間違いなくシリウスを育てたんだなっと思った。
やがてコンコンとノックがされ、コーランさんがうなずいたのでドアを開けた。
ドアの向こうにいたのはシンシアさんだった。
「お仕度整いました」
そしてそっとシンシアさんが横に身を引くと、代わって現れたのはすっかり正装したシリウスだった。
前にゼヴァローダ様のお邸での格好と同じで、後ろに撫でつけた金髪。紫のローブはマントのように左肩で金の帯状の肩章で止めている。中の服は光沢を抑えた黒の詰襟の上下だが、銀のボタンに袖や襟元には銀糸で刺繍が施してある。良く見れば腕のカフスは紫の宝石と赤の宝石がついていた。
「なんじゃ、お前。いつもわしが行くまで部屋から出てこんくせに」
コーランさんがからかうように笑って言えば、シリウスもふんっと鼻をならした。
「こうでもしなきゃエレンに会えないからな」
「まぁ、いいじゃろ。今日は国王の代理で皇太子夫妻が来ておる。くれぐれも粗相のないようにな」
よいせっとソファから立ち上がると、丁度ドアを閉めたシンシアさんに声をかけた。
「カレンに裁縫道具を渡してくれ」
「かしこまりました」
シンシアさんはその場で一礼する。
「行くぞ」
そう言いながらコーランさんが隣を通り抜けると、シリウスはやや踵を返しながら片手をあげた。
「じゃ、いってくるから」
「えぇ、いってらっしゃい」
私が片手を軽く振って微笑むと、シリウスもふっと気を楽にしたように微笑を浮かべて部屋を出て行った。
パタン、とシンシアさんがドアを閉め、私を見て微笑む。
「ローブの丈の調整でしたね。裁縫道具はこちらにあります」
待機室の棚から小箱を取り出してテーブルに置いた。
「ローブは大きかったですか?」
「少しだけなんですけど」
「足りないものは言ってください。もちろん作業はここでお願いしますね」
「分かりました」
早速ガウン型のローブを羽織り、裾をシンシアさんに見てもらった。
今夜はファラムの侍女達もほとんどが手伝いで借り出されているそうで、シンシアさんも寸法を測るとすぐに出て行った。私は当然居残り組にさせてもらっていたので、割り当てられていた別棟の食堂の手伝いをするため1階へ降りた。
読んでいただきありがとうございました。




