恋人としての覚悟
前話の区切り悪くてすみません。
短いですが、更新します。
シリウスに抱え込まれるように背中に回された腕で強く抱かれ、しばらく何も考えられないでされるがままだった。
何度か苦しくなって、短くふっと息を吐き出してようやく我に返った。
「ん、あ…ちょっと待って」
「あ、ごめん」
シリウスも我に返ったようで、あわてて体を引き離す。
「ごめん、大丈夫?」
「うん、平気」
私も体を起こしたが、いきなり恥ずかしさが込み上げてきて、かっと全身が熱くなった。
(私ったらとんでもないことを…!)
さっき言った言葉に後悔するも、今更シリウスの記憶から消せるわけもない。
私は弾かれたように顔をあげ、さっとその場で正座をすると姿勢を正した。
「あの、シリウスっ」
思ったより大きな声が出た。やや驚いているシリウスの顔を見ながら、私は早口に、さっき言ったことをあたふたしながら訂正した。
「あのね、さっき言ったことなんだけど、愛人にしてって意味じゃなくてね!その、どうしても結婚しなきゃならないってことになったら、それぐらいの覚悟はあるって言いたくて、その、つまりね、あの…!」
言葉が上手く出てこなくて、最初の勢いはどこかへ消え、段々と頭も下がってうつむいてしまう。
言いたいことはあるけど、それはシリウスの立場を考えたら言えないこと。私のわがままだ。
ぎゅっとシーツを握りしめ、言いたい気持ちと我慢しようとする気持ちがせめぎ合う。
「エレン」
すっかり黙ってしまった私に声をかけ、そっと近づいて項垂れる頭を撫でてくれた。
「大丈夫、どんなことがあってもエレン以外と結婚する気はないから。俺はエレンを愛人になんてしないよ?」
優しく言われたとたん、ふるふると肩が震え、ぽろぽろと涙が溢れてきた。
「なんで、私は魔法使いじゃないんだろう…」
何気なく呟いた。
「エレンが魔法使いだったら、俺を好きになったりしなかったかも」
「え?」
涙をぬぐいもせず、少しだけ顔をあげる。
シリウスは私の頭を撫でながら苦笑した。
「俺、怖がられてるからさ。俺はエレンを好きになっても、エレンは近づく事すら拒むかもしれない」
「そんなっ、私シリウスを怖いだなんて」
そんなわけない。私も好きになるって反論しようとしたが、シリウスは困ったように笑って首を振った。
「ありがとう。でも魔力ってとても厄介なんだ。制御してても魔力の保有量は、魔力を持つ者なら誰でも感じ取れるんだ。つまりどんなに優しくしても、魔力の大きい者の存在は自分を脅かす恐怖に繋がる。慣れはしても、それが好きか嫌いかといえば嫌いだが仕方ないって、諦めに近い感情が真っ先に育つ。だから高位の魔法使いの伴侶はただの人であることが多い」
そうか、とシリウスの魔玉を思い出す。
額の魔玉もだが、ほかの4つの魔玉もどれも大きいとジーアさんから聞いた。
奇異、畏怖、嫉妬とあまり良くない感情の目で見られてきたんだろう、とすぐ予想がついた。その中で今のシリウスが在るのは、きっと側にいたマウリスさんやジーアさん達が必死に守っていたからなんだろう。コーランさんだって、影で守っていたと思う。
そんなことを考えて黙ってしまっていたら、急にシリウスが明るい声を出した。
「あ、でも、エレンが魔法使いなら、逆に俺が怖さを克服しなきゃならなかっただろうね」
「え?」
「だって、例え魔玉が1つしかない魔法使いだとしても、エレンの体質を考えたら無尽蔵の魔力保有者でしょ?それこそ全世界の魔法使いの女王様になれるよ」
何を想像したのか、ぷっと吹き出して大笑いしだした。
呆気にとられる私は、やや遅れて怒った。
「何笑ってるの!?」
「くくっ、いや、エレンが女王様って想像したらおかしくて!魔法使いに傅かれでもしたら、顔を真っ赤にして逃げてそうだし、偉そうにしてるエレンとか想像したら……あははは!」
お腹を抱えてベットにごろりと倒れると、そのまま身をよじって笑い続ける。
「もうっ!しらないっ!」
近くにあった厚みのあるクッションを、シリウスの顔目掛けて両手で思いっきり振り下ろした。
そのままぎゅっと押し付けるも、彼の笑いは止まらない。
「いいわよ、いいわよ!私が魔法使いだったら、いくらシリウスが私を怖いって思っても離さないんだから!」
ややずれたクッションの間から、それはそれは楽しそうなシリウスの顔が少し覗いた。
「あぁ、そうだね。怯える俺…あはははっ!ダメだ、笑えるっ!」
「もうっ!」
再び顔をベットに埋めるようにして笑い出したシリウスを、もう1度クッションで叩くと、私はそのまま背を向けて頭からシーツに包まった。
やがて笑い声も小さくなり、ぎしりとベットの振動が近くなる。
「エレン、怒った?」
私はシーツの中で目を瞑ったまま聞こえない振りをした。
「ごめん」
背中にぴったりと人肌の温もりが伝わる。
やや遠慮がちに肩に腕が回されているようで、多分後ろから抱きしめられてるんだと分かった。
しばらくの沈黙の後、耐え切れなくなった私ははぁっと息を吐いて、もぞもぞとシーツから顔を出し目を開けた。
思ったとおり、首のすぐしたに腕が回されていたが、何の力も入っておらずそのままくるりと体ごとシリウスに向き直った。
やや頭を下げて背中にくっつけていたのだろう。前髪でほとんど表情が伺えないが、赤い魔玉に私はそっと額をくっつけた。
「怒ってないわ」
少し間を置いて「本当?」と小さく声がした。
それに黙ってうなずくと、再びぎゅっと抱きしめられた。
「簡単に許すエレンは、やっぱり高慢な女王様にはなれないね!」
先程と同じ笑いを含んだ声が耳元でした。
「えぇ!まだその話なの!?」
「いや、終わり。俺の想像力は大したことないって話さ」
「その割にはずいぶん笑っていたじゃない」
「うん、笑えた」
やっぱりもう少し無視して許さなければ良かったと後悔したものの、こう抱きしめられていたら怒る気力もどんどん削がれていく。
やがて沈黙が訪れた。
ふと気づいた時には、シリウスの思い出し笑いも止まり、ただひたすら抱きしめられているだけの状態だった。
なぜか声がかけにくい雰囲気に戸惑っていると、耳元でそっとささやかれた。
「俺、必ずエレンのお母さんを納得させるから。だから…」
ぎゅっと腕の力が強くなり、私はこくっとうなずいた。
「ずっと側にいるわ」
「俺もエレンだけだ。お飾りの妻なんていらない。いろいろ苦労かけるだろうけど、何年かかっても議会に納得させる」
私はくるりと体を反転させ、シリウスに抱きついた。
「でも、王様に何か言われない?」
さすがの”炎帝”も王様からの命令があれば、結婚しないわけにも行かないだろうと不安を口にすると、シリウスは顔をあげて意地悪く笑った。
「大丈夫。王様だって俺にはそんな命令できないね」
「どうして?」
「子どもを戦争に使った負い目だね。最後の切り札さ。議会がダメなら国王に承認してもらう」
「え、それって……」
脅しでは?とは言えなかったが、最後の切り札と言った辺りまずは議会を説得することにしてくれたんだろう。あくまでも穏便に…。
「人生分からないね。まさかあのことが、こんなところで役に立つかもしれないなんて」
意地悪い笑みが段々と怖い笑みになってくる。
目線も私には向けられていない。
「戦争には一切加担しませんって公言しようかな。そうすれば軍も味方になってくれるかもしれないし。結婚を受理する神聖教会は、俺が落ち着いたら世界は平和とか言ってるし。盛大に歓迎してくれるね。と、なると厄介なのは魔法議会だけじゃないか。なーんだ、そうか」
「し、シリウス!?」
なぜか止めなきゃ、と思ってあわてて声をかけた。
はっとしたように目線を私に合わせる。
「何?」
「い、いえ、なんだか怖いこと言ってたような気がしたから」
遠慮がちに言えば、シリウスはにこっと笑った。
「大丈夫だよ。エレンが心配することなんてないから」
「そ、そう?」
とてもそうには聞こえなかったけど、とは心の中だけでつぶやく。
「絶対エレン以外と結婚なんてしないから」
にっこりと笑顔で宣言されたが、私は曖昧に笑うと、そのままなぜか首をかしげた。
深い仲になればなるほど、相手の違った一面を見ることができるのよ、とのメリーの言葉を思い出す。
(これ以上の違った一面を見ることがあるのかしら…。王様大丈夫かしら…)
ぼんやり考えていた私に、そうだ、とシリウスが明るく提案した。
「あのさ、今日からここで寝ていい?」
「え!?」
「あ、大丈夫だよ。エレンのお母さんの許しを貰うまで何もしないから」
「ならいいけど」
実はそんなことより、私が見てないところでシリウスが王様に何かしないかと心配になったのだが、一緒に寝てればそんなことしないだろう。何かしそうな雰囲気になったら、しっかり止めよう。
「私、シリウスを信じるわ」
何を唐突に、と思ったかもしれないが、シリウスは「大丈夫だって」と笑っていたが、この会話が噛み合っていないことを承知の上で私は微笑む。
正妻を立てて、できるだけひっそり生きていく覚悟とは違った覚悟が足りなかったのかも、と私は別の覚悟をし直すことを決意した。
こうしてシリウスと添い寝するようになった3日後。
私はコーランさんの侍女として、エラダーナの式典に参加する議会の一行の中に紛れ込んだ。
今週もよろしくお願いいたします。




