帰村と姉弟
火山、地震の表現があります。
フェイルの町の外壁の周りには草原と田畑が広がっている。
すでに他の村からも避難してきていて、村単位で草原に野宿する事になった。
食料は1日1回、各村の代表者達が領主様の館へ貰いに行く。
「魔法使いが数名領主様の所にいるだけで、他の魔法使いはすでに山に行ったらしい」
年配の男性が輪になって立ち話しているのを聞いた。
ここに来る間も地震はあったし、近場の村が無人になったので早速作戦開始となったようだ。
「隣の村の子から聞いたんだけど、領主様の館から移動魔法を使って、昨日魔法使い達は山に入ったんだって」
昨日到着したばかりなのに、すでに隣の村の子と交流したらしいメリーが得意げに話す。
「帰りも移動魔法使うとしたら、会えないわね」
配給された具沢山のシチューのようなものを渡すと、彼女は首を振った。
「移動魔法は送ることしか出来ないのよ。だから誰かは必ずあの山から歩いて帰ってくるはずよ」
まだあきらめないわ!と鼻息荒く彼女は自分のテントへ帰っていった。
テントは大きく、数家族が一緒に過ごす事になっている。
母と私はマナの家族と、出稼ぎの夫がいて今は子どもと2人暮らしのシリーさん達と10人で過ごしていた。夜間は冷えるが家族で身を寄せ合って過ごし、大変な時だからとお互いに気を使いつつ過ごしていたある日、事件はおこった。
朝食のパンが配られている時のことだった。
ドッドッドッドッドッド…!
聞いた事ないような地鳴りとともに、地面が激しく揺れだした。
みんな悲鳴をあげて、その場に引っくり返るか、しゃがみこむのが精一杯だった。
(怖い!!)
ぎゅっと目をつむって顔を伏せる。
無意識に草等掴むが、体は小さく弾け続ける。
もう周りなんか見ていられなかった。
悲鳴が上がる中、地鳴りの大きな音と揺れだけが続いて、ついにそれらを打ち消すような音が鳴り響いた。
ドオォォォォォォン!!
再度悲鳴が上がったかもしれない。
でも、轟音から一瞬遅れてやってきた生暖かい突風に、身を小さくした。
(噴火した!)
作戦は失敗した、と思った。
熱風が吹き抜ければ、地鳴りも揺れも止んでいる事に気づいた。
みんなおそるおそる顔をあげ、周りを確認する。
町の城壁は大きなヒビが何箇所も入っていて、所々崩れている。
そして山を見た時、みんなの表情は凍り付いていた。
ちょうどプラツボ火山の辺りを中心に、どす黒い噴煙が上に下にと広がっていた。
「む、村は…」
どうなった?
家は?
畑は?
ダメなのか?
誰かがつぶやいた言葉の先を、それぞれが思う。
いち早く耳に届いたのは、赤ちゃんや小さい子達の鳴き声だった。
それから徐々に周りの大人たちも我に返る。
「村長!」と誰かが叫んでいた。
長いひげの老人の周りに人が集まる。
「他の村の長と領主様に会ってくる。皆はここで待つように」
誰もが最悪の事態を考えつつ、泣いた子ども達をなだめたり、大きく散乱した荷物などの片付けに追われた。
そして村長が戻ってきたのは夜遅くだった。
各テントから代表者が呼ばれ、村長と話して戻ってきた。
私のテントからはマナのお父さんが聞いてきた。
小さい子達は寝てしまい、私とマナも大人に混じって話を聞く事になった。
「結論から言えば、まだしばらく村には帰れそうにないらしい。
今日、魔法使い達が作戦を終えて戻ってきたそうだ」
「村はどうなったの。あんた」
「落ち着け。話を最後まで聞くんだ」
マナのお母さんだけでなく、周りを囲む私たちにも目線で促す。
「まず火山は噴火直前だったらしく、このままでは別の火山も連動して噴火しかねないと、最終的には”炎帝”の魔法使いが噴火口を潰す事にしたらしい。その衝撃があの地震だったようだ。
噴煙が収まるまで数日待つしかない。その後村を確認する為の人が行くそうだ。
地震で町も被害が出ている。
明日からは男達は町に入って手伝うことになった。女達は炊き出しだ」
「村はあるんだねぇ。良かった」
ほっとしたマナのお母さんが、ようやく笑った。
「町はひどいの?」
「わからんが、けが人は出ているそうだ」
「ねぇ、お父さん”炎帝”の魔法使いはどうなったの?もう帰ってきたの?」
おじさんは首を振る。
「彼は1人で残って魔法を使ったらしい。捜索隊も出るそうだ」
その捜索隊が村の様子も見てきてくれるらしい。
その夜はあまり眠れなかった。
それから毎日あわただしく過ごした。
炊き出しもだが、簡単な片付けや介護に参加した。
数日経って、山がようやく見えるようになった。
捜索隊も戻ってきて、村は噴煙で灰が積もっているが無事とのことだった。
町も落ち着いたその日、領主様から帰村許可が出た。
帰り道、また魔法使いの話になった。
「それで”炎帝”の魔法使いは無事だったの?」
「見つからなかったって話よ。火山潰すくらいだもの、もしかしたら、もぅ…」
語尾はかすれた声になった、マナ。
見たこともない隣の国の人だったが、自分達の村を守ってくれたのは事実だ。その人が死んでしまったのかもしれないと聞いて、なんとなく皆口をつぐんでしまう。
この国も10数年ほど前までは戦争をしていた。
自分たちのために他の誰かが死んでしまうなんて、考えた事もなかった。
私も父は戦争で死んだと聞いているが、記憶がなくて、こんな気持ちになったことはなかった。
「また、大規模な捜索隊がでるって話よ」
メリーが言った。
それでその話は終った。
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村に近づくにつれ灰に汚れた景色になっていった。
「うわぁ」
誰からともなく悲壮な声があちこちから漏れ出した。
灰に埋もれた村。
歩けば灰が舞い上がり、足跡が残る。
みんな口に布をあてがい、これまた数日がかりで村を掃除していくしかなかった。
村はずれの家にたどり着く。
「あぁ、中は無事ね」
ほっとした母の声。
「まずは休みましょう。井戸、無事かしら」
「見てくるわ」
近くの井戸に向かえば、蓋の上の灰を近所の人が払い落としていた。
帰り道に見た川の水は灰で濁っていたが、井戸の水はキレイなままであった。
「あら?」
水を汲んで家の玄関まで来た時、森へ続く裏の小道に小さな人影を見つけた。
(誰?)
よく見れば、10才くらいの少女が背を丸めゆっくり歩いて来ていた。
バケツを置いて近寄ってみる。
サラサラした肩くらいの金髪に、まだ冬だというのに薄いワンピースだけで歩いている。その背には更に小さな姿が見えた。
「どうしたの!?」
あわてて駆け出すと、少女は弾かれたように顔を上げた。
大きな金の瞳の可憐な美少女は、じっとこちらを伺っているようだ。
「大丈夫?怪我したの?」
少し距離を置いて止まり、話しかければ、少女はゆっくり背の人物を下ろした。
くたりと灰だらけの地面に転がったのは、まだ2,3才くらいの男の子だった。少女より少し違う茶金の短い髪をして、目を閉じてぐったりしている。服というよりやや厚めの布にくるまっているような状態で、あちこち汚れている。
「助けて」
か細い、でもすんだ声が聞こえた。
少女が言ったと思う。
駆け寄って男の子を抱き上げた。
小さな体は冷たいものの震えもせず、顔も青白いものだった。
「こっち来て!私の家よ、早く」
少女はうなずいて、駆け出す私についてきた。
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