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兄と監視

 金曜に消した内容が半分も復元できず、やっとできました。

 

 

 「腹がすくようにと歩いてみれば、なんだこの暑さは!気を利かせてそよ風の一つや二つ吹かせておけ。まったく」

 シリウスを厳しい目線で見ながら、さっさと帽子やコートを脱ぎ、控えていたジーアさんにまとめて渡す。

 「前回そうしたら、二度とするなと言ったのは兄上だ」

 「当ったり前だ!小雪の舞う日にしおって、おかげで凍る寸前だったわっ」

 「冬でも歩けば暑いと言ってただろうに」

 「吹雪かせろとは言ってないっ」

 はぁっとシリウスがため息をついて顔をそらすと、更に眉間の皺が寄った。

 だが、何かを言う前にふと私に気がついたらしく、少し驚いた様子で目が丸くなった。

 「誰だ?」

 「あぁ、エラダーナで世話になったエレンだ。エレン、兄のマウリスだ」

 元々なのか、厳しい目に戻ったマウリスさんを前に、お腹に力を入れて姿勢を正した。

 「初めまして、エレン・カーチェスと申します」

 深くお辞儀をすると、頭上から声がした。

 「お前、次はどんな厄介ごとを持ってきたんだ」

 「大丈夫。兄上は一筆書いてくれたらそれでいい」

 「どういうことか、詳細に話せ。嘘を言えば締め上げるからな」

 「エレン、そろそろ顔上げたら?」

 ふと肩を叩かれ、横を見ればリーンがいた。

 「ん?」

 急にマウリスさんが周囲を見渡し始めた。

 「……近くに精霊がいるのか?」

 「いるよ。エレンの横に」

 シリウスに言われて、マウリスさんは私の横を見るが、リーンと視線がかみ合うことはない。

 「マウリスは感が鋭いの。あたしは部屋にいるから」

 わざとマウリスさんの前を通り、また反応した彼の姿を見てくすくす笑いながらテラスへ戻っていった。

 「と、とにかく話だ」

 玄関から一番近い客間へスタスタと歩いていく。

 その後を追うように付いて行くと、すぐにお茶の準備をしたジーアさんがやってきた。

 そう広くない客間も、やはり観葉植物が溢れていた。

 真ん中にある厚みのあるソファに腰を下ろし、手で扇いでいる姿を見たシリウスが、パチンと指を鳴らした。

 すると、マウリスさんの足元からそよ風が吹いたようで、ふんわりと髪やシャツが波打つ。

 「で、話していい?」

 「いいが、しばらく風は続けろ」

 そしてシリウスが話したのは、エラダーナで噴火口を潰した後の詳細からだったが、私の体質のことも隠さなかった。そしてなぜ私がここにいるのかという理由については、ほとんど開き直った感じで「頭に血が上っていて、ほとんど覚えてないが、とりあえず我慢ならなかったので(さら)ってきた」と話していた。

 マウリスさんは黙って聞いていたが、話が終わると、とりあえず目を(つぶ)り目頭を摘むように指で揉んだ。

 「つまり、私が彼女の身元保証人となり侍女として推薦しろと言うのだな?」

 「だよ。申請書の内容をそのまま生かしてくれたらいいんだ。後は何とかする」

 「……申請書など会うための口実だと知っているだろう」

 「たまには現実味を帯びたほうがいいかと思って」

 「今更だな」

 ゆっくり目を開き、シリウスの横に小さくなって座る私を見る。

 見られた私はものすごく緊張して、膝の上で重ねた手が汗ばんできた。

 「帰す必要はない」

 びくりと肩が震えた。

 「兄上、何を?」

 「村娘の1人いなくなったところで、大した騒ぎにはならんだろう。何か聞かれても、いつものように知らぬ存ぜぬで通せばいい」

 「それは違う」

 「違うものか。だいたいお前がしたことだ」

 「じゃあ、別の手段で」

 「もう1度言うが、私は彼女を帰すつもりはない」

 厳しい口調のマウリスさんに、シリウスは(いぶか)しげな表情で首を傾げた。

 「私に嘘をつかなかったのはいいことだが、その体質とやらは非常に厄介だ。よく今まで何事もなく過ごしてきたものだ」

 「エレンが不思議な体質の持ち主だから帰さないってことか」

 「そうさ。私は魔力に詳しいほうではないが、魔玉に魔力を溜め込むのも時間がかかるそうじゃないか。それが彼女がいれば、あっという間に溜まる。無限の魔力供給源など夢物語だったものが、彼女が入れば魔法具の活躍の場が大幅に増えるだろう」

 淡々と言われた言葉は、ゆっくり頭の中に入ってきて、例えようのない不安を植えつけていく。

 「……エレンは道具じゃない」

 低い声が横からして、はっと顔を上げた。

 怒気をはらんだ目線をマウリスさんに向ければ、それに臆することなく厳しい目を細める。

 「国にも、議会にも手出しはさせない」

 「1人で喧嘩を売るか?それとも彼女を監禁するか」

 口角を上げ皮肉を含ませた笑み見せた後、真顔で目を細める。

 「だからさっさと議会を掌握しておけと言ってたんだ。面倒の一点張りで怠けていた罰だな」

 「そう簡単にできるかよ」

 「できるさ。私はすでにバチェスタ公爵としての権限を9割以上持っている。国の軍議会にも、政務議会にもある程度顔が利くようになった」

 は?と小さく息が漏れた。

 声が出ないくらいに驚いたようだ。

 「い、いつの間に?しかし当主はあの人が」

 「あぁ。当主は一応あの人だ。ここにきて私のしたことに、ようやく気づいたらしい。何をとち狂ったのか、私から失ったものを奪い返そうと躍起になっていてね。最後の頼みの綱である、お前を言いくるめて返り咲こうとしているらしい。自分が望んだ公爵家の存続を自ら壊そうとしている。あれはもはや老害だ」

 ふと小さくなっていた私を見て、その厳しい目を少し弱めて言った。

 「きみのことはとりあえず保留にしよう。私も鬼じゃない、が、私が言ったことは国の議会も、魔法教会も考えることだ。それを忘れないように」

 「は、はぃ…」

 どうにかできた返事はかすれていたが、同時にうなずくことで目線をそらした。

 「正直国に帰しても、きみには平穏な生活などできないだろう。まぁ、一番の原因はこいつだろうがね」

 ぐっと押し黙り、悔しそうに顔を歪める。

 それを見てマウリスさんがおもしろそうに笑った。

 「何か手立てを考えよう。しばらく私の庇護下で(かくま)い、ほとぼりが冷めた頃一時的に帰国するか。まぁ、そうなるとファラムの自国民として登録しなければならないから、1年はかかる」

 「い、1年ですか!?」

 「それが一番安全確実だが、後はやはり時間がたってからきみの母君もこっちに呼ぶか。小さな村は付き合いが深いから、少々根回しをするがね」

 どうあっても今すぐ帰れそうにない。

 がっくりと肩を落とす私に、マウリスさんがこれまでと違い、なだめるように優しく言った。

 「正直弟がきみを選んで良かったと思っている。きみの情報をゼヴァローダ殿が隠しているとしても、いつどこから漏れるか分からない。これからは公爵家(う ち)が監視をつける」

 「監視?」

 「何を言ってるんだ!?」

 ばんっとテーブルを叩いて、半分身を乗り出して怒鳴る。

 「監視をつけるなんて、何を考えてるんだ!」

 「監視と言っても彼女に干渉はしない。情報も含めた監視だけだ」

 「だとしても、だっ」

 「お前が側にいれば見つかる可能性が高い。だったらこちらでその可能性を、できるだけなくそうということだ。

 ちなみにお前が彼女から離れても、公爵家(う ち)の監視から除外はされないからな」

 ぎりっと歯をかみ締めて、乱暴に座りなおす。

 「そう怒るな。彼女を守るためだ」

 そう言ってぬるくなった紅茶を一口飲む。

 私は喉がからからになっていたが、意を決して尋ねてみた。

 「あの、わ、私を殺さないんですか?」

 「え?」

 予想外なことだったようで「失礼」と言って、紅茶を皿に戻して私を見た。

 「死ぬより生きているほうがいいじゃないか。きみは死にたいのか?」

 「い、いいえ!」

 ぶんぶんと首と手を横に振る。

 「どんなかたちでも生きていればいいと思う。確かにきみの体質は厄介だが、幸いきみは魔法使いではないから隠せるさ。側にいるのも、まぁ、最良とは言えないが、きみを守る力もあるし、道具として使ったりしない人間だと保証できるからね」

 はぁっと大きく息を吐き出すと、やや目線を下げた。

 「私は戦争が大嫌いでね。多少平和ボケした世の中のほうがいいと思っている。

 こいつが噴火口を破壊して瀕死だと大騒ぎになった時、南のミスンダム国が少し動いた。だが、生きているとわかってあっさり手を引いた。おかげで城の軍議会は万々歳だ」

 「どうりで、軍関係者から見舞いが殺到したわけだ」

 「火口を潰す魔法使いのいる国と戦争などしたくないだろうからな。つまりお前が生きている限り滅多なことでは仕掛けてこないだろう。しっかり長生きしろ。

 ……その間に不穏な火種は私が潰す」

 最後の一言には、並々ならぬ気迫が込められていた。

 やや重い沈黙の後、口火を切ったのはシリウスだった。

 「監視はいつからつく?」

 「今夜からでもつかせる。まずは魔法教会と軍議会だな。隣国にいる者にも同じように動いてもらう」

 「あの、どこまで見られるんですか?」

 「え?」

 兄弟の声が重なった。

 どうやら場違いな質問をしてしまったらしい。

 「あの、見られたくないこともありますし…」

 具体的に何を、とは言えないが、人の目があるのにこれまで通り着替えたりしたくないな、と単純に思ったのだが。2人は言い詰まる私を見て、ようやく気がついたらしい。

 「大丈夫だ、エレン。監視といっても場所の特定くらいだ。例えば今はこの家にいる、とかそのくらいの監視だ」

 「私が欲しい情報は、きみが安全であるかどうかだけだからね。細かい監視はむしろ、きみの情報を持っているゼヴァローダ殿の所につけるつもりだ」

 「そう、ですか」

 完全にじゃないが、とりあえず思っていたより軽いと分かっただけでもよしと言い聞かせる。

 「さて、私が期待通りの協力をしないと分かってもらえたところで、今後彼女をどうするかだ。ちなみに私が匿う場所は本邸だ」

 「本邸!?危険だろ」

 「あぁ、言ってなかったか?」

 マウリスさんは、にやりと不適な笑みを浮かべた。

 「あの人はもう本邸どころか、公爵家の別邸にすら近づけないんだ」

 「じゃあ、今どこに?」

 「最初に転がり込んだ後援者のところは上手くいかず、仕方ないから捨てた愛人達の家を頼っていったが、一番爵位のあった伯爵家の令嬢はすでに嫁いでいて門前払い。今は12才の異母妹がいる男爵家に転がり込んでいるよ。毎日イライラしてみんな近寄らないようにしているそうだが」

 「男爵家も気の毒に」

 「……」

 あれ?なんだかすごい会話が普通に交わされてる。

 しかもマウリスさんは、とてもおもしろそうに続ける。

 「まさか自分が捨てた愛人達に、私が援助を続けているとは思わないだろうな。このままじわじわと追い詰めて、近いうちに当主の譲位を嫌でもおこなってもらう。そうすればアリスが生まれた地方の別邸へ引きこもらせて、穏やかな余生を送ってもらうようにする。

 ついでにそこの執事は、根回しが済み次第、母の邸の執事の後任としてやってくるようになっている」

 「あぁ、それは母もアリスも喜ぶ」

 ちょっと良く分からない会話だが、聞き流すのが無難だなと感じた。

 愛人、異母兄弟の話、譲位だなんて言葉がぽんぽん飛び交っている。

 そんな魔窟(まくつ)で私、生きていけるだろうか…。

 「で、話は元に戻るが。彼女をどうするかだ」

 もう一度お腹に力を入れ、ここにいさせてくださいと言おう、と拳を握り締める。

 沈黙が流れたので、よしっと大きく息を吸い込んだ時だった。

 「……しばらくこの家に隠す」

 静かにシリウスが言った。

 「多少の不自由はあるが、この家にいるなら監視は必要ないだろう?」

 「確かに。だが安全とは言えない」

 「できる限り側にいる。議会にもこれ以上目を付けられないように、大人しくしておくさ」

 それでいいか?と目線で聞いてくる。

 もちろんです、と大きくうなずけば、前からはぁっと大きなため息が聞こえた。

 見れば背もたれに背をつけ、目を閉じ右手で顔半分を覆っている。

 「魔法教会は私がお前でなかったことに、本気で感謝すべきだな。魔力ばかり大きな、野心のない弟で苦労する」

 「上は面倒なことばかりってのをよく知ってるからなぁ。時々議会混乱させてやるくらいが丁度いい」

 「せっかくできた恋人だ。せいぜい上手に隠すことだな。お前の恋人なら体質がなくとも、十分野心家どもの気をひくだろう。頃合いを見計らい、公に発表してしまう手もあるだろう…ん?どうした?」

 私はその時、マウリスさんが言った『恋人』という言葉にひどく反応し、落ち着かなくなって下を向いていた。だからどうしたというその言葉が、私だけでなくシリウスにも向けられていたことに気がつかなかった。

 「あー…、後々の話はまた別の機会に相談するから」

 罰が悪そうな声がして見れば、ちらちらと目を泳がせ私の反応を気にしている。

 「なんだ?お前達恋人じゃないのか?」

 どうしたんだとばかりに核心をついてきた。

 おもわずびくっと、無駄に大きく反応してうつむく。

 「……おい、どういうことだ、シリウス」

 「いや、その…」

 「お前、まさか何か弱みに付け込んで、無理やり留め置いてるんじゃないだろうな」

 「ないない!なぁ、エレン?」

 今更ながらそういう風に見られていることに気恥ずかしさを覚え、おそらく赤面しているだろう顔を上げることができない。それが更にシリウスの立場を悪くするとは思っていなかったが。

 「シリウス、まさかすでに手遅れなことになってないだろうなっ」

 段々マウリスさんの声が低くなる。

 「て、手遅れ?何が…」

 とんとんと私の肩を叩きながら、ややあせったように言う。

 ところが、その肩を叩かれたことにまた私が反応してしまった。

 それを見てかなり不穏な雰囲気を出しながら、マウリスさんがゆっくり立ち上がる。

 「ちょっと、剣の稽古でもするか?ゆっくり語ろうか」

 「しないっ!俺はエレンが好きだし、エレンも俺が好きだと言ってくれたし」

 「だからと言って好き勝手していいわけじゃない」

 「浚ったのは悪かったけど、抱きしめるくらいいいじゃないかっ!」

 「……は?」

 間の抜けたマウリスさんの声がした。

 シリウスもしまった、と罰の悪い顔をして顔をそらす。

 「……お前、頑張ってるな」

 ぽんっと肩を叩かれたシリウスは、イライラしてマウリスさんを睨んでいた。

 



 本日も読んでいただきありがとうございます。


 

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