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涙の夜と毒蜘蛛公爵

 長くなりそうでしたので、分けたら少し短くなりました。


 

 「ごめんごめん、これ以上エレンのお母さんに怒られるようなことはしないから」

 「もういいです!座って下さい」

 顔を背けたまま指差せば、シリウスは「はいはい」と言いながらソファに座った。

 足を組んで座るシリウスの向かいに座ると、じっと見られているのに気がついた。

 「何?」

 さっきウトウトしてたからかなっと心配になった。

 「いや、こうして2人で話すの初めてだなって」

 「そ、そうね」

 「今更だけど、エレンに俺のこともっと知って欲しくてさ。それで来たんだ」

 そして少し目線をそらす。

 「言いにくいんだけど…」

 「何?」

 「俺、女性に不誠実だったことがいろいろあるんだ。でも、自分から好意を持った人にはしなかった」

 「うん、さっきお手伝いしてた時に、ジーアさんから聞いたよ。大変だったね」

 ジーアさんが話してくれたのは、シリウスの父バチェスト公爵のことだった。

 15才で”炎帝”になった息子の親権を取り戻そうとしたり、お世話係の侍女や魔法使いの友人など、彼が心を開いた人物を徹底的に遠ざけたそうだ。そして代わりにと女性を紹介したり、後見人であるコーラン副議長にもその害が及んだそうだ。

 どうしてそこまでするのかって思った。

 昔からそういう方でしたとジーナさんは、悲しそうにため息をついた。

 ”祝福の大樹”の恩恵を受けた地方男爵家の令嬢を、婚約破棄させてまで嫁がせたくせに、今では数人の庶子がいると悪態をついていた。その庶子ですら認知せずにいると話したところで、台所に入ってきたアトスさんが(いさ)めて話は終わった。

 「あの人が俺の周りを引っ掻き回すから、俺も議会も散々だったよ。今は随分大人しくなったけど」

 「私ね、魔法使いのこと良く知らないの。数年に1度、白か黄色のローブを着た緑の魔法使いさんが、大地を祝福しに村に来るって聞いたことはあったけど、実は見たこともないの。だいたい村長さんたちが対応して終わりって感じみたいで、村の友達も見たことないって言ってたの」

 「へぇ、もっと頻繁に訪れてるかと思ってた。黄色はともかく、白で数年持つの?」

 「実りが悪くなったら、領主様が招いてくださるそうなんだけど。あの、ローブの色って階級なの?」

 聞いてみれば、少し驚いた顔をされた。

 「本当に知らないんだね」

 「ご、ごめんなさい」

 「謝ることじゃないよ。魔法使いの魔力が修行で増えるって話したろ?その力量で下から黒、白、黄色、赤、青、紫と上がるんだ。ちなみに紫は”魔玉”を3つ以上持った者が与えられる。つまり”神玉”に認められた者も、そうでない者も紫の階級だ。ちなみに魔法教会の議会の議長と2人の副議長は、特別に色が少し薄い青紫のローブを着てる。でもそれは役職としての印みたいなもんで、例えばコーランは青階級だから、青のローブも持ってるはずさ」

 続いて他には?と促される。

 「えっと、転移魔法なんだけど、村の友達が転移魔法は送ることしかできないから、術をかけた人はその場に残るって聞いたんだけど、シリウスもゼヴァローダ様もそんなことないわよね」

 「赤階級以上になると、自分を目的地まで飛ばせるくらいの、魔力の継続をできるようになるかなぁ。魔力の継続が上手くできないと、途中で違うところに出たりする。安全に転移するには、誰かに送ってもらうのが1番だからね」

 なるほど、メリーが言っていたのも嘘ではなかったようだ。

 つまり赤階級から上はすごい魔法使いばかりってことか、と理解した。

 「他には?」

 「えっと、急に言われても」

 知らないことはたくさんあるだろうけど、それがわからないなら聞きようがない。

 おもしろそうに見ているシリウスと目が合って、そういえばと思い出す。

 「目が…」

 「目?」

 「ベルの時は紫色の目をしていたわ」

 「へぇ、そうなんだ」

 意外なことにシリウスは驚いていた。

 「知らなかったの?」

 「うん、ほら、俺の目赤いから。そうかぁ、あの時は紫だったのかぁ」

 なぜか嬉しそうに、ちいさくうなずいている。

 「俺、うまく魔玉に魔力を溜め込めなくて、漏れ出てる可能性があるんだ。多分それで目が赤いんだと思う。俺の祖母は薄い赤だったらしいけど、家族は青か紫の目が多いからね。あ、ちなみにこれは秘密。先祖返りで、生まれた時から赤い目ってことになってるから。無駄に研究者の欲求を刺激しないほうがいいからね」

 口に人差し指を当てて、片目を(つぶ)る。

 確かに赤い目の人はいなくはない。

 「あれ?もしかして…」

 その過程を考えると、私にも当てはまるのではと思った。

 ずっと父の血筋のせいだと思っていたけど、常に魔力が流れてる体だから目の色が変化してもおかしくないってことだ。

 「大丈夫。エレンから魔力は出てないよ。

 いろいろ調べたり考えたんだけど、エレンが体に集めてるのって、魔力の元になるものなんだ。つまり火の魔力や水の魔力が体に流れてるわけじゃない。俺はエレンから受け取った魔力の元を、魔玉で魔力に変換して回復したんだ。

 だから魔力を探ろうとしても、エレンからは感じられない」

 「じゃあ、私の目の色は…」

 「多分遺伝が強いんだと思うよ。お父さんは青だったんじゃない?」

 「さぁ、覚えてないの。戦争で死んだって話だけで」

 「そう、それで魔法使いが嫌いなのかもな」

 節目がちにポツリと言った。

 「俺も10才の時に参加したんだ。多分、エレンのお父さんが死んだ戦争だと思う。すでに終盤だったから、結構激しくてさ」

 私は目を見開いた。

 10才の子どもを戦力として使ったことに驚いた。

 「この国は、子どもの魔法使いも戦争に使うの!?」

 「いや、参加した子どもは俺くらいだよ。早く終らせるためだったのかもしれない」

 「でも子どもでしょう!?」

 「子どもでも魔玉5つも持って、魔力はいつも暴走寸前だったから軍議会の決定で、議会も早期終結のためだと言われて了承したらしい。コーランは反対して抗議したけど、軍議会に公爵の腰巾着がいてね、まぁ結果的に戦争はそう長くせず終ったけど、俺を使ったことが各国にバレて大変だったらしい。おかげであちこちから非難され、だいぶ信用を失ったらしい。ザマーミロだ」

 はっはっは、と膝をたたいて笑う。

 でも笑ってない私に気づいて、悲しそうに首をかしげた。

 「泣かないで、エレン」

 腰を浮かし、ゆっくり右手が差し出され、私の頬をなでた。

 「エラダーナとは味方だったけど、エレンのお父さんが死んだ戦争に加担してたのは間違いない。

 ごめん。謝ることしかできない」

 瞬きをすると、次々に温かい涙が頬を滑り落ちていく。

 「エレン」

 今まで見た中で、一番悲しそうな顔をして立ち上がると、そのまま私の横についてくれた。

 「ごめん」

 「謝らないで!」

 泣きながら怒鳴り、座りなおして向かい合う。

 「私のことじゃないの!あなたのことよ!」

 「俺?」

 良く分かっていないシリウスに、どう説明しようかと考えたのは一瞬だった。

 私は勢い良くシリウスの胸に抱きついた。

 思わぬことに少し戸惑ったようだったが、シャツにしがみついて泣き出す私を黙って支えてくれた。

 しばらく泣いて、嗚咽が止まりだすと、背中をぽんぽんっと軽く叩かれた。

 「ありがとう。泣いてくれたのは君が4人目だ」

 「え?」

 「ジーナとアトスも泣いて大変だった。特にアトスは、若い頃足を負傷して退役した軍人だったから」

 それで足を引きずっていたのか、と思い出す。

 「この話をして怒るのがコーラン。勇敢ですわ、と褒めてくれるのがドレスのお嬢様方だったんだけど。ここまでエレンに泣かれるとは思わなかったよ」

 私は泣きはらした顔を見せないよう、額を胸に押し付けたまま顎を引いた。

 「…私、そのお嬢様達をひっぱたいてやるわ」

 できる限り低い声で言えば、またぽんぽんっと背中を叩かれた。

 「大丈夫、エレンはそんなことしなくていい。

 それより、明日は俺休みなんでゆっくりしたかったけど、来客があるから覚悟しといて」

 「覚悟?」

 「そ。泣いてくれた3人目が来るんだ。ただし、この人はそれ以後一切泣いていない。一部からは畏怖

の念を抱かれて”毒蜘蛛公爵”なんて呼ばれてるらしいけど」

 そんなに怖い人が泣くの?とシャツを握り締めたまま固まる。

 「大丈夫、緊張しなくても。なんせ俺の兄だから」

 「へ?」 

 おもわず顔を上げた。

 「あーあ、目が真っ赤だね。冷さないと」

 言われてまた下を向く。

 「そういえば、エレンに聞きたいことがあったんだ。

 エレンの作ってたあのシロップ、何か特別なことしてる?」

 そのまま首を振る。

 「そぉ?あれ飲むと普通に食事するより魔力が溜まったんだ」

 「作るのにすごく時間がかかるの。混ぜて煮詰めないといけなし、手を止めると焦げるからずっと手間がかかるだけで、特に何もしてないわ」

 「…手間かけてるから、かな?畑の野菜もエレンが作ってたろ?あれ近所の野菜より立派だったよなぁ。食事も内容に比べて魔力が溜まったし」

 「あれでも精一杯だったの!」

 悪かったわね、と大きく言えば、ぎゅっと抱きしめられた。

 「ごめんごめん。悪く言ったわけじゃないんだ」

 「いいわよ、村の母子家庭なんてあんなもんよ」

 「エレン、顔上げて」

 むすっとして、泣いて赤い目を閉じて顔を上げる。

 さらっと前髪が片手で上にはらわれて、額に軽く触れるようなキスをされた。

 「なっ…!」

 目が赤いと気にしていられなくなり、口をパクパクしながら見上げる。

 「さ、目を冷しに行こう」

 何でもなかったように、私の両肩を抱いて立ち上がらせると、まだドキドキしてる私の手を引いて部屋を出た。

 

 でも、タオルで目を冷そうとした時にジーアさんに見つかり、あらぬ誤解をされたシリウスは、そのまま部屋へ追い返された。

 そして私は部屋までぴったりとジーアさんが付き添ってくれ、あまり使わないから忘れていたと鍵まで渡された。

 

 


 来客があったのは昼前だった。

 午後には雨が降るかもしれない、とジーアさんが空を見上げていた頃だった。

 その人は馬車で乗りつけることなく、森の中から歩いてやってきた。

 白い詰襟のシャツに黒いハットとフロックコート姿の男性。

 ハットからは輝く金髪が見えており、後ろで緩く束ねて左肩に乗っている。背も高く、スラリとしていて、カツカツと石畳を歩いてくる。

 気難しそうな厳しい目は、ベルに良く似た綺麗な紫の目をしており、高い鼻梁ときつく結んだ薄い唇がシリウスに良く似ていた。

 玄関で待ち受けたシリウスと私の前に、ピシッとした姿勢のまま向き合うと、その秀麗な顔を盛大に歪めてこう言った。

 「暑い!」

 

 




 本日も読んでいただきありがとうございます。


 指が暴走して誤字が…教えてください。

 (一応直してるんですが…)

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