縁談と混乱
男尊女卑の言葉がでます。
今週もよろしくお願い致します。
春祭りから戻った母には、何も言われなかった。
マナは何人かに声をかけられて、男女数人で夜まで楽しく過ごしたそうだ。
翌朝メリーとアンがドレスの返却にやってきて、半ば押し切られるように部屋に招いた。
「どうしてこれ着なかったの!」
まだアンは納得していなかったのか、部屋の中に入るなり、抱いて寝たせいで皺がいくつかあるあのドレスを指差した。
「勇気がなくて、ね」
「もう!」
「アン、人にはいろいろ事情があるのよ。どうしてそんなに怒ってるの?」
アンはふいっと目線をそらして、出されたお茶を飲んだ。
「…嫌な奴がいたの」
「嫌な人?祭りにいた人?」
誰かしら、とメリーが私に目線をくれるが、私も心当たりがないので首を振る。
「そうよ。私の側で言ってたわ。綺麗なドレスを全部貸して、自分は着飾らないなんて変な女だって。自分の分まで貸して儲けようとしてるんだって。本当に頭にきたわ。ドレスでなかったら、蹴り飛ばしてやったのに!」
そう言って残りのお茶を一気に飲み干した。
「誰よそれ。女?男?」
「どっちもいたわ、すぐ話題は消えたけど。あー、腹立つ」
アンは2杯目を自分で注ぐと、また一気に飲み干した。
「アンったら、そんなに喉が渇いてたの?」
「違うわよ!っていうか、エレンさん悔しくないの!?」
「まぁ、あんなドレス持ってたら嫌味の1つや2つは我慢しなさいって、母も言ってたから」
ちょっと拍子抜けした顔になったアンの横で、メリーがくすっと笑った。
「さっすがイルミさんね」
「それにそういった類の話は慣れっこなの。
でも、怒ってくれてありがとう、アン」
「慣れるもんじゃないわ」
そう言って、自分が持ってきた祭りで買った砂糖菓子を頬張った。
「てっきりその話を聞いたショックで、途中で帰ったのかと思ったのに」
「ちょっと体調が悪かっただけよ」
「まだ悪そうね」
メリーが心配そうに私を見て、アンに言った。
「帰りましょう、アン。エレンが休めないわ」
「そうね。じゃ、またねエレンさん」
2人を見送った後、また部屋に閉じこもった。
疲れて寝たいと昨夜は言ったが、今朝どう考えても目が腫れている私の顔を見ても、母は何も言わなかった。アンが聞いた話を原因と思ってくれているのか、それとも別かわからない。
それから私は普段どおりの生活を心がけた。
何かしていないと思い出してしまうから、とにかく動いた。
返却されたドレスを手入れするのは大変だったが、手入れ方法についてもドレスと一緒に紙に書いてあったので、せっせとその作業をこなした。一日の中でその作業が一番重労働で、一番没頭できることだった。
それでも数日たてば終ってしまう。
畑作業も最初はいいが、気を抜けばぼんやり手を止めて思い出に浸っている私がいた。あわてて作業を再開するが、単調なその作業の合間に何度も手が止まる。
寝る前は一番嫌だった。
寝てしまえばいいのに、寝れない。
思い出すキーワードが揃ってしまう、寝るという行為はとてもつらいものだった。
ベットではなく、床で寝ることも増えた。
「エレン、まだ体調が悪いの?」
ある日メリーとマナが2人してやってきた。
「いいえ、いつも通りよ」
「そんな顔してそんなわけないじゃない!」
マナも大きくうなずく。
「幽霊みたいな顔してるわ。やっぱり祭りで何かあったんじゃないの?」
「私もメリーも心配なのよ。悩みなら相談にのるから」
少し心が揺らいだ。
でもすぐ治まって、笑顔で2人に言う。
「大丈夫よ。ちょっとドレスの手入れが思った以上に難しくて悩んでたの。
それより、何か面白い話ないかしら?例えば…」
魔法使いの話が欲しいと言いかけて、2人に任せた。
こんな村に届くのは古い情報で、あいまいで簡単なものだけど、それでも私は知ろうと努力はしなかった。すればするほど遠い存在だと責められているようで、思い出すら夢であったと言われているようで、どうしようもなく惨めに思えたからだ。
私は諦めなくてはいけないのがわかっているのに、頑としてその最後の決定打を認めようとしていなかったのだ。
その日2人から聞けたのは、ゼヴァローダ様がエスラという国に行ったという話しと、フェイルの町の領主様のお嬢様が男爵家に迎えられたという話だった。
マナは春祭りの後あまり進展はないが、秋の豊穣祭りの時にまた踊ろうと言ってくれた人がいたらしい。ダンと同じ村の19才の青年らしい。
「絶対嫁いできてもらうんだから」
仲立ちしようとするメリーに、マナはまんざらでもないようで、少し照れたように「やめてよね」と言っていた。
それからも相変わらず上の空の私に、さすがの母も心配を隠しきれずにいろいろ聞いてくるようになった。それでも大丈夫だからと言っては、母を困らせていた。
いつからか覚えていないが、食器棚の奥に隠しておいたメープルシロップの瓶も部屋に持ち込み、それをながめてはため息をついていた頃だった。
「エレン、ちょっといらっしゃい」
いつもより早い夕方の時間に母の声がしたので、少し急いで部屋を出た。
部屋をでてすぐの居間には母と、祭り以来見ていない、長いひげの村長が立っていた。
「こちらへどうぞ。エレンも座りなさい」
母は村長を簡素なイスへ招き、自分はお茶の用意に取り掛かった。
村長と向かい合わせで座り、気まずい雰囲気の中に母が戻ってきてようやく話が始まった。
「み、お見合いですか?エレンに?」
ぽかんとした母娘に、村長はうなずいた。
「そうさ。それもフェイルの町の商家からだ。先方は年は34とだいぶ上だが、跡取りだ。次男は王都で教師をしているそうだ」
「…私といくつも変わりませんのね」
母の嫌味は村長には届かない。
「布地を扱う商家で、そう大きくはないが4代続いている。わしがこの村の長を勤めて以来の良縁だ」
「でしたら、うちではなくてもっと良い家がありますでしょうに。ご存知のように私達は元々この村の者ではありませんし、エレンの噂もご存知でしょう?」
「もう15年もこの村にいるんだ。まだ余所者扱いする奴らがいたのか?」
「それはないですが…」
「エレンの噂と言っても、大した話じゃない。まぁ、あの甘い木の汁を作ったと聞いた時は驚いたがな」
なぁ?と目線を合わせられて、とりあえず軽く頭を下げておく。
「34という年まで独り身なんて、何か訳でもあるんではないでしょうか」
「ないない。女ならあるだろうが、男だ。その年で一人身も町や都では多いと聞く」
「しかし…」
「噂のあるエレンがこの村で嫁ぐのは無理だろう。
それにわしの顔を立てて、会うだけ会ってもらえんだろうか」
きっと最後の一言が本音に違いない。
なんだかんだと言っても村長はこの村の代表で、この村の中では権力がある。外からの縁談などは必ず村長が仲立ちして話が来て、最終的にどうするかは両家が決めるのが一般的だ。強制はないとメリーは言っていたが、この話に関してはやや強引な気がする。
「会うだけでいいんですね?」
「エレン、あなた…」
「そうじゃ!5日後に先方のお宅で会うことになっておる」
良かった良かったと、村長は笑顔で立ち上がる。
「村長、あまりに急ですわ」
「なに、こういう縁は急いだほうがいい。心配ならあんたも来ればいい。
それじゃあ3日後に出発するからな。わしの家に朝8時に来るんじゃ」
それだけ言うと、私がうなずく暇もなくさっさと上機嫌で帰って行った。
「何なのあの人は!」
呆れたわ、と言う母が私の肩を掴んだ。
「あんな話を持ってくるなんて、どうかしてるわ!断っていいのよ?」
「でも、もう言っちゃったから。それに会うだけよ。会えばこんな冴えない村の娘なんて、すぐ断られるに決まっているわ」
その時は良く考えないでそう言った。
商家は町の大通りにあった。
所狭しと並べられた布地は一般的なものから、高級なものまで取り扱っており、店先には数人の店員が接客に励んでいた。
綺麗な応接室に村長と母と3人通されて、しばらく待っていた。
私は今日もあのドレスを着る事はなかった。
村長からも持ってこなかったのかと呆れられたが、乗り気でないのだからこれで十分だ。
「お待たせしました」
入って来たのは3人。白髪に少し黒髪の混じった初老の男性と、きっちり纏め上げた茶髪の細面の御婦人。その後ろから、がっしりした体型の男性が、神妙な顔で入ってきた。
私達も立ち上がり一礼して挨拶を交わす。
村長とこの商家の旦那様、バルハットさんは笑顔で握手を交わした。
「こちらがエレン、そして隣が母のイルミです」
お辞儀をして顔を上げると、3人ともずいぶん驚いていた。
「まぁまぁ、お母様でいらしたの?」
「いやはや、姉妹で来られたのかと思いましたぞ」
「子離れのできぬ親でお恥ずかしい限りですわ」
少しとげのある言い方で母は頭を下げた。
「では改めて。私がジャン・バルハット。妻のメイリー、息子のウィルです」
「始めまして、イルミさん、エレンさん」
お見合い相手の顔をみると、誠実そうな人に見えた。
少し長めの髪を無造作に後ろで1つに結んでいる。少し細い目に、薄い唇は優しく笑みを浮かべていて、入ってきた時より好感が持てた。
がっしりとした体は鍛えているようで、太い首に太い腕を見てもたくましいものだ。
「まさかウィルにこんな素敵なお嬢様との縁談が来るなんて、本当に驚きましたわ」
来る?そちらが持ってきたのではと、母も気づいたようで村長を見るが、彼は旦那様と話をしてこっちを見ようとしない。
「何でも小さなお子さんを助けたとか。あの混乱の中で大変でしたでしょうに」
「いえ、当たり前のことをしただけですから」
苦笑しながら言えば、奥様はますます笑みを深める。
「無事にご両親の元に戻られてからも、今でも交流があるとか。相手の方にさぞかしお気に入られたようですね」
言われた言葉にサァッと血の気が引く音がした。
「では、その話をしましょう」
ふいに旦那様と村長が立ち上がった。
私と母が村長に視線を向けても、彼はこちらを見ない。
「では私は一旦失礼します。メイリー、イルミさんを店に御案内して」
「わかりましたわ。では参りましょう」
「は?でも」
「当事者同士の話に親はお邪魔ですわ」
心配そうな母の顔を見送り、とうとう2人で向き合うことになった。
「強引な両親ですまない。悪気はないんだ」
「いえ」
どう答えていいかわからず黙る。
「この話は急にきたんだが。その様子からして、君は事情を良く知らないで連れてこられたようだね」
「…はい。私に縁談がきたとだけ」
「縁談を持ち込んだのは村長の方からだ」
「は!?」
大きな声がでて、あわてて口元を押さえる。
「ど、どういうことでしょうか?」
「村にさる貴族と縁がある娘がいるから、会ってみないかという話だったそうだ。聞けばその貴族は王都に住み、娘もしばらく行儀見習いとして招かれていたと」
頭が痛くなった。
ゼヴァローダ様の話では口止めしておいたと聞いていたが、やはり人の口に鍵はかけられないものだ。村長も何かしらの話を旦那様と始めていたし、おそらく旦那様も私に縁があるという貴族のツテが欲しいのだろう。
「父はやや強引でね、やり出すと周りが見えなくなることがあるんだ。今回のことも、孫の新しい母親をとか上手く言ってはいたが、本心は商売のことで頭がいっぱいなんだろう」
「ま、孫?」
思わず立ち上がりそうになった。
「あぁ、2年前に妻が亡くなったが、俺にはエッジとミルという子どもがいる。まさか知らなかったのか!?」
「知りません!初耳です」
ウィルさんは片手で顔を覆って天を仰ぎ、「なんてことだ」とつぶやいた。
私も両手で頭を抱えた。
「すまない、俺は年を聞いていなかった。聞いていれば断っただろうに。君はいくつだ?」
「18です」
「長男エッジは8才、下の娘のミルは5才になる」
ウィルさんはもう一度大きくため息をつくと、ゆっくり立ち上がった。
「この件は俺が責任を持って破談させる。もちろん、君に迷惑がかからないようにする」
「お願いします」
もうそう言うしかなかった。
例えここに嫁ぐ事になろうとも、王都の縁のある貴族なんていないし、いるにしてもゼヴァローダ様だと知れたらどうなることか。
「行こう」
差し出されたウィルさんの手に、自分の手を乗せて立ち上がろうとした時だった。
(あれ?)
妙に暑苦しくなる。
じりじりと温度を上げる室内に、ウィルさんも差し出した手を引いて眉をひそめる。
「何だ?熱い?」
確かに熱い。
どくんっと胸が高鳴った。
(この感覚知ってる)
ふらりと立ち上がると、足元から何本かの火柱が私を取り囲んだ。
「きゃあ!?」
「わぁっ!何だ!?」
あわてたウィルさんの声がした。
熱くないのに気がついて、大丈夫だと声をかけようとした時だった。
背後から抱きすくめられる。
右耳のすぐ近くで誰かの呼吸が聞こえた。
全身に鳥肌がたったと思う。
彼はものすごく低く、抑揚のない声で言った。
「エレン、何してるの?」
次の瞬間、私は何かに引っ張られるような感じに襲われて、思わず目を瞑り胸の前で交差する腕にしがみついた。
痛みもなく、無音の空間から抜けたのに気がついたのは、もう1人の声に呼ばれたからだった。
「エレン」
ゆっくり目を開ければ、少し離れたところに目を見開いたリーンがいた。
「あっ…」
何かを言おうとしたが、がくんと足に力が入らず体勢を崩す。それでも視線が落ちなかったのは、彼が強く抱きしめていてくれたから。
「シリウス…」
胸に抱き寄せられているせいで、大きく呼吸しているのがわかる。
「シリウス」
もう一度呼べば、冷たい目をしたままゆっくりと顔を上げる。
そのまま腕の中の私を見て、少し驚いたように目を大きくした。
「しまった…」
その一言を聞いたリーンの顔が、あからさまに眉をひそめたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
シリウス暴走しました(笑)
次回水曜日更新します。




