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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第二百五十六】時代の変革を起こす者

 耳が痛くなるような甲高い金属音が黒の街で轟いた。

 それは一ヶ所だけに留まらず、十数か所で一斉に鳴り響く。銅鑼よりも甲高い音は鋭く誰しもの耳に突き刺さり、強制的に夢から脱却された。

 一体何だと思考が過るよりも先に人々の身体は自然と寝ていた場所から離れる。

 寝間着の概念が既に死滅した世界では靴を履けば直ぐに外に出ることが可能で、朝食を作ることすらも考えずに音の発生源へと彼等は向かった。

 眠気の残る頭のまま歩く様はゾンビの如くふらつき、されど漠然とした不安を彼等は胸に抱いている。

 しかし目覚めの早い人間は歩きながら漸く思考を回し始め、昨日に起きた出来事に関係するのではないかと期待に目を輝かせた。

 

 前日において、この街には偉大な者が現れた。

 この街の誰もにとっての恩人と同じ道具を持った人間が出現し、最初の先導者とは異なる方法で奇跡を起こしてみせたのである。

 傷の回復はこの時代では困難だ。消毒液すらも調達するのが難しい昨今において、自然治癒の過程で感染症を患うことは珍しいものではない。

 怪我は万病の大元になり、故にこの世界で生きる人間は怪我を負うことを特に忌避する。

 けれども、欲しい物の為にはリスクを負わねばならない。

 それは平和だった頃にもあったが、此処では些細な代物を手にするだけでも相当な賭けに出ねばならなかった。

 

 その怪我を、此度現れた先導者は無視することが出来る。

 何の代償も無しとはいかないだろうが、少なくとも怪我が治った直後にはおかしな様子を見せてはいない。

 つまり最低でも、先導者であれば大した負担も無しに負傷を治せる。更に言えば、病気そのものの治してくれるかもしれない。

 それはこの街に生きる人間には希望そのもので、彼が完全な外様の人間であることなどまったく問題にしなかった。

 いや寧ろ、この瞬間における彼の地位は他のどんな人間よりも高いだろう。


「起きた者は中央の広場に向かえ! 杏子様が先導者様との対話の結果をお伝えになる!!」


 音の発生源は建物の屋上にある無数の鍋だった。

 金属の鍋を逆様にしてドラムを叩くが如くに鳴らす男は大声で集合場所を告げる。

 事の内容を聞かされた面々はその大声で漸く眠気を吹き飛ばし、今度は早足で目的地へと移動を開始した。

 この街では珍しい緊急事態。最後に起きたのが嘗ての内紛であったことから、もう何年も騒ぎ立てることもなかった。

 警戒を忘れたことはなかったが、それでも何年も襲撃が無ければ緊張も緩む。

 今回の一件は嘗てを思い出す良い機会になるだろう。内容が悪い訳ではないのでここから暴動に発展するとも考え難いが、杏子の思案顔を見た鍋を鳴らす男はそう簡単には落着しないだろうとも想像してしまう。

 

 普段の静けさのある早朝は既に昼のような賑やかさになっていた。

 続々と広場に集まる者は地面の上で座り込み、杏子や一喜の居る中央を囲む形で話が始まる時を今か今かと待ち侘びる。

 杏子は彼等の表情を見て、久方振りに心からの笑みを見た気がした。

 これまでの生活も特段厳しかったとは言えないが、かといって盤石であったとも言えない。

 一枚岩とも言えない状況の所為で静かなひりつきが辺りに漂い、特に杏子が積極的に表に出ないことで稔側の人間が時折横暴な態度を取ることもあった。


「時代が変わる瞬間って感じがするねぇ……」


「そうか? そんなに変わることもないだろ」


「馬鹿言いなさんな」


 しみじみと呟く杏子に一喜は不思議そうな顔をするが、彼女からすれば一喜の登場そのものが変化の瞬間だった。

 外からの客が怪物以外に居なかった現在、沖縄に居る住人の殆ど全てを収容した街では他に現れる方法が海を渡ることしかない。

 渡れた事実そのものでも杏子は驚嘆を覚えただろうが、時代が変わると内心で確信したのはやはり一喜が先導者と同一であると解った後だ。

 一人になってあれこれと考えている内、彼女は自然と外との交流を考えるようになった。

 最初から考慮の外にあった選択肢を不思議に思いもせずに選び、それが最善だと判断して一喜に提案したのである。

 

 外部との交流をすれば嘗ての街のままではいられない。

 人々は強制的に変わることを求められ、子供達は将来的に外との触れ合いが当然の出来事だと認識するようになる。

 それはやはり、杏子にとっては別の時代の話に思えてならないのだ。

 人が石で道具を作るようになったように。国の概念が生まれた時のように。

 価値観のアップデートが求められた時こそが、新時代の到来だ。

 

「アンタが人にとっての豊かな生活を提供していけば、自然と皆が昔日の生活を取り戻していくようになる。 苦難と苦痛が完全に取り除かれることはないだろうが、求められるハードルはきっとこれまでより低くなるさ」


「……ご期待に添えるように頑張るさ」


 肩を竦める一喜に頑張りなと杏子は気安くエールを送る。

 二人の間柄は最初の頃も距離が縮まり、友人のようにも見えた。


「――おいおい、俺のことは放置か?」


 と、二人の頭上から声がした。

 二人が顔を上げると一人の老人が宙を舞い、軽やかに地面に着地する。

 彼を知る者からは小さな悲鳴が上がるも、老人はそれに対して不快を覚えることもない。

 されて当然のことをしたのだからと、寧ろきさくな笑みを浮かべて老人は一喜の首に腕を回した。


「この集まりにお前が参加する必要はないんだぞ?」


「いいや、寧ろ俺は参加すべきだ。 立場の表明にこれ以上の舞台はない」


 広場の収容人数は然程多くはない。

 簡単に溢れた人の波はやがて建物の中にまで広がり、窓から外を見る者も多く出始めた。

 人が多く集まることをこの街は想定していない。それは街の規模が予め決められていたのもあるが、一番は集まる前に伝令を走らせる方が簡単だったからだ。

 だが、今回ばかりは皆の前で告げるのがもっとも正しい。時代が変わる瞬間にただ伝令を走らせるなど、もし記録されれば後世で笑い物にされてしまう。

 必要な時に、必要な人と必要な場を用意して。そこで大きく宣言するからこそ、多くの人間は変わるのだと信じることが出来る。


 なればこそ、老人もまたこの場を求めていた。

 己の意志を正しく広める為に、そして今後は求めてほしいが為に。

 拒絶されても構わない。否、拒絶されるのが世界の真理であろう。

 怪物は怪物のままであってほしいと思っている筈だ。変に複雑になることをこの世界の誰もが思ってはいない。

 疑うのは疲れるものだ。故に、老人が此処で己の立場を表明することは余計なことと受け取られてしまうかもしれない。

 それでも――それでも良いのだ。エゴを露にすることを止める権利は一人もない。駄目だったのなら駄目だったで一人で活動するまで。

 誰にも理解されずとも、自身の意志一つを携えて老人は駆け抜けるつもりだった。


「――動けない者を除き、全員が集合しました」


 多くの人間が集まった時、杏子の傍に一人の青年が近付いた。

 彼女は青年からの報告に一つ頷き、それから住民の監視を今度は命じる。これから何が起きるか予測出来ないことから、万が一には殴ってでも静止させろと。

 青年は首肯で示してから人々の波の中に消えていった。

 これから彼は他に監視をしている者にも杏子の命令を伝え、怪しい者の動向に目を光らせるだろう。

 見渡す限りの人の中で怪しい者だけを見つけることは難しいだろうが、そこは大丈夫だと信じてやるしかない。

 後退する道は既に閉ざされた。進むと決めた時点で、もう杏子には前へと歩くことしか許されない。

 

「……皆、朝早くからよく来てくれた」


 周りを見渡して、大きく息を吸い、遂に老婆は言葉を紡いだ。

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