【第二百五十二話】神格化されていた鎧
しんと静まり返った場で多くの人間が一喜の前で跪いている。
立っているのは突然の行動に困惑する一喜や老人、そして固まっている稔とその護衛数人や老婆だけだ。
その護衛達も数秒の後に周りで跪く者達に袖やズボンを引っ張られて強制的に跪く形となり、残るは敵対者同士になってしまった。
突発的事象は一喜の得意としているものではない。危機的状況であれば強引に思考を回して動けるものの、この場に危機の二文字は存在しなかった。
強いていえば、既視感だ。このような場面を己はつい最近に見ている。それもこの世界で。
一喜が困惑している中、最も先頭で頭を下げ続けていた老婆が頭を上げる。
その目にあったのは信用、信頼の二字ではない。深過ぎる程の信仰心だった。
「まさか……まさかこのような地で見ることになるとは」
「ちょ、ちょっと……?」
急に丁寧な言葉遣いになられても一喜にとっては違和感しか覚えない。
老人もそれは同様で、何なら不気味さに両腕を抱き締め始めた。そんな反応を老婆は確り認識しているのかいないのか、静々と彼に近寄る。
目は彼を、そして腕に付いている機械に向けられていた。これがどんな物であるかを、彼女は解っているかのようだ。
「先導者様。 此度は我々の街に訪れてくださり誠にありがとうございます。 ……先程までの無礼を、どうかお許しください」
「ちょっと待ってくれ!」
涙すら零してしまいそうな表情で謝罪をする彼女を見て、とうとう一喜は大声を発した。
老婆は目を見開き、住民達も似たような騒めきを起こす。
彼等にとって先導者とは双方が理解していることなのだろう。だが、異世界から来ている一喜にそんな事情が解る筈もない。
知らないものを知らないままにするのはこの世界では不味い。それが自身に関係するかもしれないものであれば尚更に。
脳裏には一つの想像があった。もしも彼等が直接彼と関りを持っていたのであれば、一喜がカードを使用したことは少々よろしくない事態を起こす可能性がある。
「俺にはアンタ達が頭を下げる理由が解らない。 誰でも良いから先ず理由を教えてくれ」
懇願混じりの本気の問い掛け。
久しく出していなかった感情の混じった言葉に老婆達は暫く沈黙を続ける。
そして、代表者として先頭に居る彼女がではと口を開けた。
「我々がこの街を作ることが出来たのは、一重に先導者様のお蔭なのです」
語る。
過去を懐かしむように、あるいは神とは何ぞやを述べる聖職者が如くに。
支配者達は沖縄で壊滅的な被害を受けた。その際に各々が各々で出来る最善の行動を続け、果てには六人は長所を他者に恵んであげることで集団行動を確立させていた。
だけれども、この時点で彼等の暮らしは粗末なテントや廃材を駆使した掘っ立て小屋のような家しかなかったのである。
雨が降れば濡れる人間の方が多く、季節の温度によっては深刻な脱水症状や凍結に襲われた。
彼等にとっての地獄とは、怪物を含めたこの期間のことを指す。あらゆる全てが敵となった環境で文明の利器に浸った人間が生きて行くには難しく、必然的に多数の死者が生まれては地面に放置されてきた。
故に、ソレが現れたのは奇跡も奇跡。偶然が幾つも重なり、単独で休憩を行おうとした直後の彼と集団が出会った。
最初は集団は彼のことを敵と思い、数限りない罵声を浴びせた。
何せ鈍色の鎧が光と共に消えて人間の姿となったのである。とても現実的な光景ではないし、まずもって味方だと思うには彼の身形はそれなりに整っていた。
「我々はあの方と出会った時、幾つもの質問を投げ掛けました。 そして、その全てにおいてあの方は真摯に答えてくださった」
罵倒が終われば、残るは疑念と敵意だ。
質問に次ぐ質問は数が多過ぎる所為で聞こえているかも定かではなかったが、それでも彼は表情を真剣なものにして懸命に答えた。
己は此処に休憩に来ただけであること。己は怪物を倒す為に戦っていること。
老婆達に迷惑を与えることはないこと。
内容を集約すれば主にこの三点になるが、質問らしい質問の全てが終わったとてそれで信頼関係が生まれることもない。
睨まれ続けることは避けられず、彼はそんな老婆達に指で一つの場所を示した。
――俺を信じなくても別に構わない。 だがもし、まだ諦める気が無いのであればあちらに向かえ。 そこなら暮らしていける筈だ。
「先導者様が導いてくださった地は、正に街を作る上で最適でした。 周辺には材料になる廃墟が無数に存在し、探せば野生化した動物も居る。 傍には勢いは速いが川が流れ、透明な水は一度火を通せば飲み水に使えました」
元々彼等に明確な目的地があった訳ではない。
人間が人間として暮らしていける場所を求めていたが、それは恐らくないだろうと半ば確信している状態だった。
彼の話に乗ったのも他に選択肢が無かったからこそ。そうでなければ最初から彼の話など無視していた。
しかし、彼が与えてくれた地は再起を果たすのに十分な材料を残してくれていた。
簡単にはいかなかったが文明が復活しては進展していき、今日にまで無事に継続して今も終わる様子は無い。
老人の襲撃は何の心変わりかなくなり、最初の侵略以降で化物に襲われた経験は一度として発生したりはしなかった。
支配者六人は言葉にこそしなかったが、継続を続ける中で先導者への感謝は忘れていない。
それがこんなにも多くの人間の心に残っているとまでは予想していなかったものの、やはり地獄から救ってくれた者のことをこの街に住まう人間は忘れはしなかったのだ。
時間が経てばそれは本来消えてなくなるもの。感謝も尊敬も記憶の中で風化していき、最後には何の足跡も残さず消失する。
だがこれだけは。救世主でもある彼に対する情だけは消えはしなかった。偶然か奇跡か信仰めいたものを多くの者が抱え、そして彼が見に付けていた道具と同じ物を持っている一喜を見て静かに爆発したのだ。
「……我々は先導者様に感謝しています。 生きて行くことが出来たのは、先導者様が彼の地を示してくださったからです」
「――」
「ですが、貴方様は我々を知らないとのこと。 その機械は一つだけではないのですか?」
絶句する一喜に今度は老婆が質問を投げ掛ける。
当然といえば当然だろう。あの人物は機械を腰から外した瞬間に人間の姿に戻った。
力の源泉は間違いなくその機械で、そんな代物が複数存在すると考えるのは難しい。
人を救う者が怪物だとは思えないこの世界において先導者とは人間なのだ。そして先導者が使う道具こそ、唯一無二の奇跡。
神など居ないことが常識の世界で、真に縋れるモノは奇跡を行使する者だ。
だが、その前提が違うとなればどうだろうか。奇跡が唯一無二ではなかったとしたら、果たして彼女等はどんな反応を見せることだろう。
「……これはその奇跡とやらで作られた模造品だ」
僅かに思考し、予測した未来を踏まえて一喜が出したのは嘘だった。
おお、と周りが反応をする様は内心で苦々しく思いつつ、この場からの早期離脱を狙い一喜は口を回す。
「お前達が出会った彼は既に死んだ。 件の機械も破壊され、残るは彼が残した四つの模造品のみ。 これはその内の一つだ」
「――――そんな」
嘘をつく上で重要なのは多少なり真実を混ぜることだ。
実際に此方の大藤・一喜が死んでいる以上、それを隠すのはあまりよろしくない。
急激に伸びた一喜自身の信頼度を利用するのであれば、彼等が詮索したところで届かない部分のみを隠した方が上手く回る。
だが、先導者の死は彼等にとっては絶望そのものだ。希望が急速に減っていく顔が増え、その速度は時間の経過と共に増していく。
彼等は積極的に先導者の話はしなかった。老婆を含め、支配者を柱として街は治められていると語っていた。
だがしかし、それでも精神的な支柱は別にあったのだろう。彼等の脳裏には怪物と戦い続ける男が居て、それが何時か争いを終わらせると信じていた。
外への関心を向けないのも先導者に任せたからだ。外部の人間が絶滅したとて此処の人間が生きていれば、文明の再興を狙うことは出来る。
情けない話ではあるものの、未来を考えるのであれば老婆達の選択は間違いとも取れなかった。
怪物に対する無謀な敵意を持っていながら、人間が人間のままでいられる土台を残す。
矛盾を孕んだ上での生活は歪な安定を続け、やがて今日を迎えた。
「我等の神は――――死んだのか」




