【第二百四十八話】無謀なりし挑戦
此度、彼等が相対して一触即発の状況に陥ったのは全て怪物達の台頭に寄るところがある。
日本社会の崩壊、引いては世界経済の予想外な終焉。
時代を急速に逆行させていくしかなかった人類に、古の生活を継続させていく力は殆ど皆無だった。
一部の人間だけが生き残った現状、彼等は昔の生活に順応したとはいえ嘗ての生活を夢見ないことはない。それは悪夢であり、現実逃避でもあり、行き着く先に残るのは憧憬と後悔であった。
先人達が築いた技術の数々は、残念ながら完全に引き継がれてはいない。
新技術の名の下に古い技術は淘汰され、最終的には誰かの語り口や古い本の中だけに残されることになった。
それが必要になると若人は思わなかったし、そもそも技術大国としては後進的になり始めている日本では詳細な技術を知る者の方が少ない。
結果、危機的状況下において日本人の生存能力は驚く程に低くなった。
考える頭も世界の何処よりも下がり、生存者数は元々の国土による差があったとしても最も少なくなっている。
短絡的思考、勇気と蛮勇の吐き違い。漫画やアニメを最も多く見て来たからか、見当違いな万能感のまま突撃する阿呆も絶えなかった。
この沖縄の地でもそれは変わらない。本土とは切り離されている影響で田舎寄りの環境ではあるも、それでも先進的技術を一つも入手出来ないことはない。
金が掛かろうと、時間が掛かろうと、沖縄も他と同様に発展を遂げた。
それは本来喜ばれることであり、誰もが手放しに歓迎する出来事だった筈だ。
誰もが、便利であることを求めた。誰もが、不安やストレスに苛まれない生活を求めた。
技術の進歩とは利便の追求でもあり、故に便利であることを追い求める速さは大多数の凡人の思考速度を追い抜いている。
だから崩壊した世で日本人は生き残れない。いや、技術におんぶにだっこだった人間ほど早期にこの世から消えていっただろう。
死んでいった人間は考えた。
どうしてこんなことになったのかと。
何も考えない人間は恨んだ。
化物が全てを壊していったから、自分の人生はどん底になったのだと。
それは間違いではない。間違いではないが、正解でもない。――――怪物達とて元は人間だったのだから、不安やストレスに脅かされない生活を選んだだけなのだ。
メタルヴァンガードを知る一喜には怪物側の事情がある程度解っている。
彼等は現代社会の歪みや家庭環境の歪みに耐え切れなかった人間で、その根底にあるのは決して悪だけではない。
周りの環境が少しでもマシであれば怪物の道を辿らなかった人間も居ただろう。
怪物に面と向かって正しさを訴えれる人間が複数居れば、或いは怪物になった後も心根を戻せたかもしれない。
一喜が潰した怪物の中でも死ぬ間際に後悔をしていた者も居た。そして傍に居る老人も、常に喜に支配されている訳ではない。
「まぁよ、お前さんがそう考えるのも解る」
ふう、と老人は息を吐く。
その息には怒りだとか、鬱陶しさだとか、そういった負の感情が乗せられていた。
己の悪感情に支配されて暴れるのは違うと、老人の理性が歯止めをかけたのである。
「根本的な原因は確かに俺だ。 世界が変わろうという直前で起こした行動が沖縄をこんな風に変えちまった。 さぞやメンドい生活をしているんだろうな」
「メンドい? ……っは、メンドいね」
稔はただ、皮肉気な笑みを浮かべる。
憎悪の眼差しは勢いを増し、感情が伝播したのか同様の目を彼の護衛達は向けた。
「お前の虐殺で皆が家族友人を失ったッ。 生きていく為にも殺しや盗みを繰り返して、道端で打ち捨てられた子供を無視したことだってある。 本来ならやらなくてもよかったことを、俺達は皆強制されたんだ!」
「……」
「お前は気分が良いだろう。 自分の好きなように殺して、自分の好きなように奪って。 殺される側の人間の気持ちなんか歯牙にもかけない。 さぞや快感だったろうよ」
老人を糾弾する稔に逆転の目は無い。
彼に怪物を倒す力は無いし、護衛達も当然ながら皆無だ。老婆達の側にも大した戦力がある訳でもなく、つまりこれで老人が暴れれば街は終わる。
にも関わらず、誰もその事実を口にしない。彼の吐き出す怨嗟の言葉が己の内に炎を燃え上がらせ、似たような気持ちにさせているからだ。
「お前の所為で俺は友人を失ったよ。 死なせたくない奴を死なせちった。 平和だった頃なら恐らく顔も合わせることもなかったようなタイプたが、それでも実際に接してると気が合った」
稔の言葉に老婆は目を見開く。
その人物が誰なのかなど、彼女には聞くまでもない。六人の支配者の中でも特に気心が知れた人間。
誰も彼もを言葉で説得し続けた超人は、稔の心に強く刻まれている。
皮肉気な顔が一転していく。笑みが震え、段々と泣き顔へと変わる。何もかもを失った男には最早過去しか存在しないのだ。
輝かしき記憶だけが彼を支え、現在の倦怠や虚無を忘れることが出来る。
一喜は彼のことを情報として知っているだけに過ぎないが、それでも老人に面と向かって言葉を放つ姿に嘘を感じ取れない。
真実なのだ、ただ只管に。眼前の男は無謀を背負ったまま本心を語っている。
怪物には一切効果が無いと解っていても口から零れるものは止められず、されど老人は黙って全てを聞いた。
「喧嘩をした。 それも全力の殴り合いだ。 揃って顔面ボコボコになって、なんなら骨の一本や二本は折れててさ……。 治るまでは一緒の部屋で何度も何度も話して、こいつは意外に周りを見てるんだと感心したんだ。 ――――こういう奴こそが生き残るべきだったんだよ、俺とは違う」
「……後悔、してるんだな」
零れる一喜の言葉。
眼前の相手は事を起こした側にしては悪意が無い。顔に浮かぶ後悔の対象は支配者のリーダーたる青年であり、同様に稔を睨む老婆である。
忘れるなかれ、あの日々を。
苦難と挫折を味わいながらも一歩を踏み締めて進んだ日常は、稔と呼ばれる人間に確かな宝を与えてくれた。
大人になってからの真の友人。最早摩耗し切って大して覚えていない職場と比較した、充足感を齎してくれる職務。
死の危険があるからこそ、朝日を迎えた瞬間には安心を覚えた。嘗てであれば当たり前で退屈の海に沈みそうな人生を、稔は彼等に拾ってもらえたのだ。
恩は常に感じていた。返せるものを幾つも幾つも用意して、青年達に渡す度にまだ足りぬと心が次を訴える。
その言葉に否は無く、稔は恩返しに精を出していた。これが彼が支配者になれた要因である。稔本人は自身が率いる側の人間ではないと考え、仕事以上の役割を部下には与えていない。
権限も一番低く、彼としては青年や老婆の部下くらいの立ち位置を望んでいた。
されど、彼は勤勉だったのである。更に誠実で、真摯で、不正を許さぬ清廉な心根を持っていた。
それが彼の人望を集め、率いてもらいたいと願われるようになったのだ。
「アイツを殺す気は俺には無かった。 死んだと聞かされた時は信じられない気持ちの方が強かった。 危険な事は山のようにあって、それでもアイツは死ななかったんだ。 アイツが死ぬだなんて誰が想像出来る」
誓って、稔に青年を殺す意志は無かった。
支配者の数を老婆と自身を含めた三人だけとし、リーダーを頂点としたピラミッド式の組織を構築して真に安心出来る街を作りたかっただけなのだ。
青年に非難されれば青年は消えることも考えていた。死んでくれと言われれば次の日には死体になる気で、けれど結局は全てが無駄に終わった。
何もかもが、稔の立場を強固なものにしたのだ。それを彼自身が望んでいないにも関わらず。
「……此処はずっと地獄だ。 右を見ても左を見ても地獄だけだ」
稔にとって、怪物が世界を終わらせた時点ではまだそこは地獄ではなかった。
大事な人が死んで初めて、この世が地獄であると実感したのだった。




