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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第二百四十四話】安穏の三者

「噂を流したのも、その噂を捻じ曲げたのも、敵同士で同士討ちさせたのもアイツだった。 どんな時でも言葉少なく冷静に振る舞っていたアイツは、だからこそあの時集まった面々との温度差を正確に見抜いていたのさ」


 老婆は吐き捨てるように語った。

 六人は皆誰もがより良き生活を目指していたと彼女は言う。その内に若干の齟齬があったとしても、最終的な結末は一緒だとして飲み込む気も彼女にはあった。

 しかし実際、彼等の間にある認識の違いは想像以上になっていた。

 街を平和にする気はあるものの、そこにあるのは市民の平和ではなく己自身の平和だ。

 如何に耳障りの良い言葉を人々に伝えたとて万が一の場合でも支配者の座を捨てたくないと思ったのなら、やはりその人物の根幹には己が強くある。

 勿論それが悪いという話ではない。他者を幸せにしたいのならば先ず自分を幸せにせよと文言が残されているように、一定の幸福を甘受することが出来ない人間に誰かを気遣う真似は出来ないのだ。

 

 それが出来る人物のことを或いは救世主や自己犠牲野郎と呼ぶのかもしれないが、多くの人間にそのような真似をさせることは不可能である。

 人間は俗物であるという意識。これがどれだけ強いかで六人の間の意識の深さが変わり、結果的に理想と現実の激突に変化していった。

 

「……今、この街の中には二つの勢力がある。 私の勢力とアイツの勢力の力関係は正直に言えばあまり拮抗しちゃいないが、アイツ自身があまり争いを起こそうとしないお蔭で以前までの酷い戦いとは無縁だ」


「それは良いことだな。 住民にとっては」


「そうさね。 生き残った住民達にとっては有難い話だ。 為政者が積極的に争うことを是とするなんて、住民には不安しかない。 私も戦いをするのは反対だ」


 元々例の男が争いを引き起こしたのは、一重に今後の将来に障害が生まれると考えてのことだった。

 その障害が取り除かれた今、最早男にとっては争いは忌避するものの一つ。戦わずとも無事に生活を続けられるなら、唯一残った老婆を滅ぼす必要もない。

 住民達も各々の支配者の考えに賛同していがみ合うこともしなかった。勢力として別れているとはいえ元々は同じ場所の同じ住民だったのだから、そもそもの勢力の意味を深く理解していない。

 数少ない理解者はやはり冷静であることに尽力した者達だろう。

 老婆を筆頭とした武闘派集団、各技術分野の責任者、流れの中で未来を憂慮した者達。

 彼等は支配者とはまた別に繋がりを持ち、日夜情報を交換しながら街の行末を会議している。それを二人の支配者は知っているが、物騒な方法に出ない限りは黙認していた。


「ブラック国家ってのはこの流れがあったからこそさ。 理想の為に繋がりを持ったのに、結局皆の欲と恐怖によって理想は夢の中に消えていった。 ……お綺麗なモノが汚されるのは世の常ではあるけれど、実際に体感してみると存外苦しいものだね」


 彼女の昔語りはそこで終わった。

 歩いて歩いて、未だ騒音響く中で比較的綺麗なビルの中のエレベーターの前に彼女達は立つ。

 そっとスイッチを押すと、鈍い音を立ててエレベーターは動き出す。


「……電気、動いているんだな」


「ああ、昔にね。 一番大事なのはやっぱりエネルギーだろと力説していた奴が必死こいて発電所を作ったのさ。 ま、規模としては小さいも小さいけど」


「それでも電気が走っているだけ凄いだろ。 俺の所には電気も無いんだ」


「そうかい」


 エレベーターは怪しい音を立てて扉を開けて迎い入れた。

 護衛は彼女が視線を向けるだけで静かに散っていき、三人だけで上へ上へと昇っていく。

 話の中で老人は終始無言だった。腕を組んで何事かを考えているようだったが、己の思考を口には出さない。

 一見するとその姿は不気味だった。これから何かを仕掛けてくるような、そんな気配を漂わせているように思わせた。

 この街に住む人間であれば最大限の警戒をするだろう。あるいは、恐怖の脇目も振らずに逃げ出してしまっていた。

 だが二人にはまったく関係無い。恐怖することも、臆することも、ましてや緊張する気も二人には皆無だ。

 

 停止したエレベーターが開かれる。

 先は無機質なコンクリートが見える廊下で、元は雑居ビルの類なのかどこか草臥れた印象を与えていた。

 清掃の手は常に入っているのだろう。瓦礫もゴミも見当たらず、廊下や壁には何かで拭いた痕跡が見られる。これが金銭を払った結果であれば激怒ものだが、こんな時代であれば感謝したくなる綺麗さだ。

 廊下を真っ直ぐ歩きながら左右の扉に一喜は視線を向ける。

 一つずつ取り付けられた扉からは人の気配は感じられず、中央にある真四角のガラスから室内に物が無いことも確認出来た。

 

 娯楽品を楽しむ余裕が無く、収容可能な人間の数も限定されるこの街では想像よりも空き部屋が多いのかもしれない。

 もしくは彼女の派閥に意識的であれ無意識的であれ所属している人数が相手よりも少ない。

 どちらも彼の想像の範疇でしかないが、真実であればこの老婆の立ち位置は一喜が考える以上に危ういだろう。

 一喜が脳味噌を回転させている中、老婆は足を止めた。

 眼前には一枚の扉。他よりも綺麗なのは優先的に清掃が成されている為か。


「一応此処が私の仕事部屋さ」


 ノブを回して開けると、雑居ビルの姿からは想像も出来ないような光景が此処には広がっていた。

 思わず一喜の目が見開かれる。老人もおお、と短く感嘆の声を漏らし、老婆は二人の反応に目を細めて笑みを形作った。

 室内の床は全て畳で覆われている。壁は白で統一され、木材を多用して和風らしさを演出していた。

 机も事務机のような仕事用とは異なる文机。傍に座布団も用意されている。

 流石に机に置かれた書類は和紙ではないが、もしもそうであったならばタイムスリップした気分に一喜は陥っていただろう。

 

「……これ、わざわざ改築したのか?」


「まぁね。 といっても私がしようとした訳じゃないさ。 昔助けた恩ってやつだよ」


 からからと笑い声を発する老婆だが、そもそも恩の一つでここまでやってくれること自体が異常だ。

 どんな手助けをしたのかは定かではない。しかし、この老婆が出来る範囲は常人よりも広いと感じざるを得ない。

 座布団を敷いて文机の前に座る老婆に一喜と老人はそのまま畳の上で胡座を搔く。

 座布団は数人分あるのだが、一喜も老人も客人と呼ぶには少々抵抗がある。彼等が本当の客人であれば座布団の一つでも配るものの、老婆が何も言わない時点で完全な歓迎とは程遠かった。

 

「――さて、色々言っちまった訳だが」


 三角の形になるように座った三者は顔を見合わせ、先ずはと老婆は口を開ける。

 色々話す予定の無い話をした訳だが、一喜と老人の目的は何もブラック国家の内容を知ることではない。

 

「お前さん達がただ観光をするだけであれば私は問題にはしないよ。 長期滞在はおすすめしないがね」


「勿論だ。 変なことに首を突っ込み気は無い」


「俺はそもそも興味無いからな。 そっちの用が終われば勝手に帰るさ」


 ブラック国家と呼ばれたのは各支配者達が自身の派閥を一つの国として動かした結果の、謂わば黒歴史だ。

 その内容を知ったとて、一部外者が不用意に触れれば火傷では済まされない。

 良くても罵詈雑言が雨霰の如く降り注ぐ。悪ければ新しい内紛の火種になる。

 藪蛇は突かねば出てこないのだ。ならば一喜にしても老人にしても触れないのが最良である。

 二人のスタンスに老婆も肯定を示すように頷く。

 彼等がそのままであれば大きな騒ぎにはならない筈だ。よしんば荒れたとて、二人がただ出て行くだけで最悪は免れる。

 

 既に老人の情報はもう一人の支配者にも届いただろう。

 彼であれば一先ずは監視を付ける。静観を決め込み、問題が起きた瞬間に介入を始めて事を収めようとする筈だ。

 誰も大事になることは望んでいない。支配者も、部外者も、市民達も、誰だってスムーズな進行を選ぶ。

 けれど、老婆は暫くの間相手の顔を見てこなかった。不干渉を貫いて内に引き篭もる時間を増やし、そうして徐々に歴史の中に消えていくことを選択したのだ。

 それが誤りであると今の時点の誰もが思えない。一喜もまた、そうした彼女の選択を聞いて尊重するだろう。

 

 だから――これは本当に人間の欲深さが表出しただけなのだ。

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