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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第二百四十三話】老婆が語る現実

「理想なんてものは十人十色さ。 誰しもが思う最良があって、当然それに反感を覚える人間も出る。 纏まりを作って共有しようとすれば、誰かが拒絶の意志と共に現状を変えようとするもんだ」


「…………」


「噂は爆発的な速度で広まった。 元から狭いコミュニティだから全体に行き渡るのは速いだろうけど、それでも不自然な速さで広まった噂はリーダーが頂点であることを強調していたよ」


 老婆は空いていた片手でズボンのポケットに手を伸ばす。

 中から現れたのは折り畳まれた一枚の写真で、彼女は肘で杖を支えながら両手で丁寧に開いていく。

 最後まで開ききった写真の中には三人の人物が横並びに映っていた。

 中央には苦笑している一喜と同年代の青年。右にはピースサインを右手に作っている今よりも少しだけ若い老婆。そして最後――――左に居る、腕組みをしながら寡黙な雰囲気を抱かせる男。

 支配者は六人だった。集合写真と呼ぶにはこれは不完全で、されど老婆にとってはこれで完成形だったのだろう。

 

 その意味が理解出来ない程一喜は鈍くはない。

 本当に大事だったのが何だったのかを老婆は写真で語り、同時に問題を起こした者の姿を忘れるものかと彼女は自身の脳味噌以外で記録として残した。

 写真は既にボロボロだ。誰かが粗雑に扱えば、その時点でただの紙切れとなって何処かの空に千切れ飛ぶ。

 だから彼女は肌身離さずに持ち続けている。大事な思い出として、憎悪の炎を燃やし続ける為に。


「六人の支配者達の内、二人はこの噂をリーダーが流したものと考えた。 どうしてだと思う?」


「……立場を固める為だと思った、とか?」


「お、いいね。 頭の良い奴は嫌いじゃない。 ――そうさ、二人はリーダーが秘密裏にこの街の真の支配者になるんじゃないかと考えた」


 街が不安定から遠ざかれば遠ざかる程、人々は安心と平穏を得る。

 上に行けば実際はそうではないとしても、当時のこの街は間違いなく安定期に入ろうとしていた。

 壁が出来て、食料生産の目途も立ち、怪物達は積極的に此方を責めない。

 敵に裏の目的があればまったくと安心は出来ないが、そこに住まう支配者達はそうなったらそこまでよと腹を括っていた。

 であれば、支配者達が次に考えることはなにか。

 それは己の権力に対する地盤固めだ。反論の余地も残さぬ程に皆を率いるに値すると思わせることが、支配者達の更なる安心に繋がる。

 

 その意味では青年の噂は己の座を押し上げるに尤も適当であり、この状況で彼を支配者の座から引き摺り落とそうとすれば自身の座の維持は一気に遠退く。

 小規模ながらに始まった政治の先手は図らずも青年が取った。見事に成功してしまった以上、指を加えて待つのは愚の骨頂だ。

 

「緊急で開かれた会議はそりゃもう荒れた。 如何にリーダーが噂を否定しても、一度感じた疑念はそうそう消えはしない。 否定する証拠があれば二人も落ち着いたかもしれないが、そもそもこれは誰かが勝手に思い描いた空想だ。 始まりが曖昧な所為で何処に証拠があるのかも解らなかった」


 青年には出せる物が無い。

 資料として記録に残しているのでもなければ、そもそもそうなりたいと誰かに話したこともないのだ。

 まったくの突然の出現に彼が頭を抱えたのは当然の話であり、老婆もまた徐々に深くなっていく亀裂に焦りを覚えた。

 部下を動員させて噂の出所を探ってみるも、誰も彼もが世間話の体で語るので虱潰しでは成果は出ない。

 家族が、友人が、知人が、周りの人が言っている。

 青年こそが街の本当の支配者である。彼の統制によってこの街は更なる安寧を得て、何れは嘗ての生活を取り戻す。


 普段の業務も合わさりながらも老婆は駆け回った。

 久し振りに人々の前に出てきたことで馴染のある顔はにこやかに語り掛けてきたが、それに応える余裕は彼女に無い。

 ただただ現状を何とかしたかった。噂話は所詮噂で、彼が真の支配者になれば責任の行き着く先が青年だけになってしまうと部下に頼んで住民を説得し、それでも変わったのは少しだけ。

 最終的に六人全員が集まって住民達に噂話の否定をした。

 青年だけが全てを支配する構造を作るつもりは無く、この六人全員で街を統治していくと宣言を出し、責任を一人に背負わせる真似はしないと亀裂が走っていることを隠してアピールしたのである。


 住民は勿論歓声を上げて彼等の姿勢を支持した。

 良かった良かった、こんなにも頼もしい人達が居れば街もきっと大丈夫だと。

 青年一人に全てを押し付けるのは流石に駄目だよなぁと。

 流れは噂話の否定へと変わり、これで漸く自体は解決するかと思われた。青年も老婆も中立を決め込んでいた残りの二人も安堵して、後は時間と共に下らない話は風化していくのだと普段の業務に戻ろうとした。


「でもね、もう手遅れだったんだよ。 亀裂が刻まれた瞬間から崩壊するのは時間の問題だった」


「……何があった?」


「権力闘争だ。 真の支配者を決めるね」


 噂話から始まった一連の流れは解決まで実に半年が経過していた。

 最初は疑いながらも違うかもしれないと思っていた者も次第に疑心暗鬼に陥っていき、最後には信じ切れなくなって爆発を起こしたのだ。

 お前を信じることはもう出来ない。もしもお前が真にこの街を支配するなら、逆に俺が支配してやる。

 彼等からすれば裏切られたようなものだ。

 信じていたし、これからも信じようとしていた。六人が手を結べば成せないことはないと信頼して、だから技術の提供も無償にしていたのだ。

 なのに青年は彼等を踏み台にした。己の座を上に持ち上げる為に同列だった者達を格下と設定したのである。

 

 これは彼等の妄言だ。真実はまったくと異なり、当然ながら老婆も青年も最後通告を告げる者達を説得した。

 しかし、それは全て無駄に終わった。支配者達の関係は崩れ、その後は真の支配者は誰であるかを決める闘争が続いたのである。

 

「リーダーは相手の奇襲で死んだ。 中立だった二人も日和見な連中だと相手に滅ぼされた。 その内最初に敵対した二人も互いが信じられなくなったのか、勝手に戦って片方が勝利した。 そして――――」


 そして。


「勝利した方は弱った瞬間に暗殺された。 他でもない、一番仲が良かった筈のヤツにね」


 住民は最初、この突然の事態に困惑した。

 パニックな状況で敵対した二人の支配者が青年を悪だと叫び、己の部下達を用いて戦いの火蓋を切ったのだ。

 住民達は流されに流され、そしてこんな場所にまで行き着いた。

 残る支配者は二人だけ。四人は揃ってこの街の未来を見ることは無く、一つの噂話から始まった戦いは最悪の結末を迎えた。

 悲劇だ。どうしようもなく、悲劇でしかない。

 他と比べるまでもないくらいに老婆は親しかった者達の死を見て、リーダーだと慕った青年の終幕を見てしまったのだ。

 

 どうしてこうなったのだろう。どうして、こうならざるを得なかったのか。

 歩み寄りが足りなかったのか?むしろもっと隠し事を曝け出すべきだったのか?

 あれこれと悩み続けて、建物の屋上で悲嘆に暮れた彼女は――――されど唐突に全ての事態を招いた原因を知った。


『こんな場所に居たのか』


 壊れた街並みを眺める彼女は、背後から聞こえた声で静かに振り返った。

 黒いTシャツに紺のダメージジーンズ姿の男。残った支配者の片割れは、常の沈黙を破って語り始める。

 

『どうだ、これで少しはすっきりするんじゃないか?』


『なにがだい』


『この街がだ。 馬鹿な考えを持つ奴がこれで大分減ったからな』


 それは尊敬し合っている間柄であれば信じられない言葉だった。

 思わず睨みつけた老婆を寡黙だった男は静かに見つめ、胸の内に秘めていた真の感情を露にする。


『この街には阿呆が多い。 ちょっとの切っ掛けで欲を出して、満足していれば良いのに更に更にと手を伸ばし続けている。 死んだ面々は特にその兆候があった。 お前も見ただろう、簡単に疑心暗鬼に陥った奴等の姿を』


『あれは噂話が原因だったじゃないか!』


『噂程度で揺るぐ時点で奴等の自制心は紙屑みたいなもんさ。 日和見を決め込んでいた奴等も裏では漁夫の利を狙っていたし、真剣に街を良くしていこうと思い続けていたのはリーダーを含めて三人だけさ』


 男は半数が死んだ事実をなんでもないように語っていた。

 寧ろ死んで当然、これで安心出来ると安堵しているようにも老婆には感じ取れた。

 混迷極まる中で、男の姿は異常そのもの。どうしてそうまで冷静なのかを老婆は暫く考え、辿り着いた答えに表情を青褪める。

 まさかと思いたかった。そんな筈はないと叫びたかった。

 全員が同じ理想を掲げ、共に横並びで進んでいけると信じていたかった。

 震える口に嚇怒は無い。ただ無情な事実の確認をしたくないと拒絶する心と、それでも支配者の一人としてやらねばならぬ責任感が彼女を動かす。


『……やったのは、アンタだったのかい』


『ああ。 全てな』


 この瞬間、彼女に幸せは訪れなくなった。なにもかも、幸福だった時間は過去の闇へと捨て去られたのだ。

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