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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第二百四十二話】平和を見る二人

「盛者必衰。 ……当時はそうなると誰も思いはしなかったし、私自身変わるにはまだ大きな猶予があると想定していた」


 老婆のしゃがれた声が過去を紡ぐ。

 同じ場所で過ごした者しか感じ取ることが出来ない感情は一喜に推し量ることは出来ず、それは同時に老人にも解らないことだ。

 老婆が過ごした時間は震災直後の頃の生活に酷似している。全てが壊れ果てた場所で再建を行うのは限りなく不可能で、そもそも政府が生きていれば個人が関与することは難しい。

 一喜は震災を遠くにしか体験しかことがなかった。計画的な停電や加速していく募金活動、次々に報道されていく現地の様子。

 他人事として見ていたからこそ、彼が老婆の気持ちに真に寄り添うことは不可能だ。

 だけれども、そんなことは老婆には関係無かった。日々を過ごす中で仕事は多くはなかったものの、それでもまったくと無かった訳ではない。


 現在の状況を集め、将来を見据えて決断を下し、起きた結果を冷静に見つめる。

 彼女は支配者だ。纏まっていなかった頃は武装集団の長として最も怪物達と目を合わせたことがある。

 敵の強大さは当然。彼等の非常識さも飲み込み、しかして彼女は揺れることを選ばずに気丈を貫き通した。

 この街に住まう誰もが、彼女を祖母として見ていた。

 同年代の老人達ですらも彼女を偉大な祖母だと讃え、幾度止めることを言い放っても止まることはなかった。

 

 彼女は勇気を胸に、艱難辛苦を蹴散らす傑物。

 支配者の中で特に大きな影響力を持っていた彼女は、しかして全て真実ではない。


「始まりは第九回目の大会議が終わった直後だった」


 当時、最も大きな部屋を会議室と定めていた場所に六人の支配者が居た。

 室内の四割を占めるテーブルで三人同士で向かい合わせに座り、街の行末を常に話し合っていた。

 時には厳しい案も出たが、彼等は可能な限り平穏な着地を狙える案ばかりを採用していったのである。

 この六人の誰一人として欠けてはならず、個々に動いていれば今日の街は築かれる気配も見せなかったろう。

 全員が功労者で、全員が聖者。六人は各々の業績に尊敬を示し、このどうしようもない世界で小さくも秩序のある場所を守らんとしていた。


『――本日の会議はこれまでにしましょう。 皆、随分と疲れた顔をしています』


『リーダーが特に死んでるけどね。 まさか食いもんがあっても食う時間が無いとは……』


『昔よりかは不安は減ったが、その分だけやることも増えてるからねぇ。 早いところ部下の育成も進めていかないと』


 会議が終わった時の最初の会話は心配と愚痴だった。

 当時のリーダーはまだ二十代も半ばといった青年で、老若男女を率いて行くには身体は枝の如く細い。

 常に眼鏡を付けて雑多な紙と向き合う様は世間一般の誰もが想像する役人で、実際に彼の志望していた職場は役所だった。

 理由は激務だとしても安定していたから。面白くもない常識的な回答を彼は自己紹介で行い、場を白けさせたものである。

 しかし、いやだからこそだろう。彼の安定感は場を落ち着かせ、激化し易い議論を極めてスムーズに進めていたのである。

 老婆の記憶の中では青年は自身をリーダー向きではないと常々語っていたが、不安定な場で懸命に立ち続ける様は紛れも無く先頭を歩く資質を有していた。

 

 故に、当時から一癖も二癖もある連中も弄りはしても糾弾はせず。

 故に、半ば彼の指示出しに従う形を無意識で選んでいたことを理解せず。

 故に、全ては突き付けられた瞬間に瓦解したのだ。


『会議が終わったんなら俺はこれで下がるぜ』


『はい、お疲れ様です』


 六人の内、やるべき業務の溜まっている三人が消えた後。

 その場には老婆を含めた三人だけが残り、静寂が辺りを支配した。

 喧々囂々とまではいかずとも大きくなりやすい会議が終わると場は何時も不気味な雰囲気のする静けさを漂わせる。

 それを気にしたことは老婆達にとって最初だけで今では意識を切り替える瞬間にしか思えていないが、青年は普段浮かべている穏やかな顔を未だ真剣なままにしていた。

 

『――唐突、なのですが』


 本来、静けさは直ぐに無散する筈だった。

 誰かが適当に話題を投げて、別の誰かが雑に返してを繰り返して花を咲かせてはい終了。それがこれまでの流れで、今日もそうなる筈だった。

 けれど今日はそうならなかったのだ。あの日、青年は唐突に口を動かした。

 そこに決意があって、覚悟も込められていたのを老婆は今も覚えている。


『この街は随分変わりました。 最初の頃と比較すれば天地の違いです』


『……そうだね、その通りだよ』


『此処まで嘗ての生活を取り戻すことが出来たのは皆の努力が為で、私一人の努力の結果だとは思えません。 ――その気持ちも一緒だと私は確信しています』


 青年の確信は間違いではなかった。

 誰か一人の結果が全体を変えた訳ではない。皆の普段の努力こそが、今のこの結果を招き寄せた。

 それが今更な話ではあっても、老婆ももう一人の男も呆れることも無しに素直に頷いてみせる。

 二人共に同意を得られたことで青年の表情が僅かに和らいだ。なればこそと、青年は嘘を滲ませぬ言い方で次を放つ。


『だからこそ、今街で流れている噂に納得がいきません』


『噂?』


 老婆は疑問の声を発した。

 言葉を発さぬ男はなおも無言で、されど疑問の眼差しを青年に送る。

 二人は常に自身が管轄する業務に注力していた。その所為で最近の流行りと呼べるものには疎く、外界にも出ない所為で他所の状況もまるで解っていない。

 情報収集は基本的に青年に任せられていた。与えられた個人部屋で作業をするだけで終わらずに外に出て話を聞き、問題があればなるべく改善を行っている。

 その過程で青年は街で流れている噂を聞き、納得がいかぬと憤慨しているのだろう。

 青年が怒ることは少ない。基本的に理性を軸とした解決方法を模索することを選んでいるから、老婆達からすれば今の彼は非常に珍しかった。

 

『六人の支配者。 その中で最も偉大なのが私だという噂です』


『あー……そういう』


 青年の怒り混じりの言葉で老婆は察した。

 確かに、青年を除いた残り五人が積極的に前に出る機会は少ない。

 最初の頃はそうでもなかったのだが、人が増えて一人では回らない状況になると部下に頼ることが増えた。

 自分達は責任者として決断を下す立場に居て、実際に行動するのは部下達。

 昔と同じ形となった関係はスムーズな回転を見せているようで、しかして人間の想像力は予想外のトラブルを引き起こした。

 とはいえだ。老婆もそうであるが噂は噂。流れている内容が青年を傷付けるものではない以上、老婆にとっては特に気になるものでもない。

 もっと言えば下らない話だ。したい奴が勝手にやっていれば良いくらいの認識しか彼女は持っていなかった。――――だがここで、初めて無言の男が口を開ける。


『……その噂、どこまで広まっている?』


『街全体です。 何れは他の支配者の方達にもこの噂は広まると思います』


『そうか……』


 男はただ確認をするだけだった。続く言葉は無く、彼は思考の海に沈んで二人の視線も無視した。

 その姿を老婆は少々気に掛かったが、内容が大したものではないと判断している身では深く尋ねようとも考えず、彼女は彼女で青年の傍まで歩いて肩に手を乗せる。

 

『ま、そんなに気にすることはないさ。 対外的に見れば皆の纏め役はアンタだ。 そして実際、アンタが場を作らなきゃ何も始まることもなかった。 最も偉大なのは誰かって話なら私だってアンタを推すよ』


『貴方までそんなことを……』


 精一杯の老婆の励ましは、けれど青年の肩を落とさせるだけだった。

 そんな姿に彼女はけらけらと笑い、噂など直ぐに消え去っていくだろうと二度三度と青年の肩を優しく叩く。

 これが楽観的過ぎた思考だと気付けず、故に気付いているのは思考の海に沈む男だけ。

 この時の青年と老婆に未来を見通す才覚は無かった。良くも悪くも、平和のみに目を向け続けた二人は背後の闇を知らなかったのである。

 事態はこれ以降、急速に進んだ。破滅の坂を街は滑り落ち、誰しもが思う地獄が新たに生まれ落ちたのだった。

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