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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第二百三十五話】男、旅立つ

「ついにこの日が来たかッ」


 老人が建物の屋上で酒を飲んでいた。

 段ボール単位で散乱する缶には様々な銘柄が書かれ、そのどれもが嘗てであればコンビニでも購入することが出来る安価な代物だ。

 その全ての味を楽しみながらも、いよいよもって迎えた今日という日を歓喜と共に迎え入れた。

 上り始めた陽は未だ低く、実際に移動を開始するまでにはまだ至っていない。

 だが、老人はもう待ちきれない気持ちだった。遠足前の子供よりも目を輝かせ、本能は常に急かし続けている。

 動かないでいられるのは懐かしきビールを飲めているからで、それが無ければもっと強引に移動していただろう。


 楽しみは早く訪れてほしいと思うもの。

 それが欲望の怪物となった彼等では更に強くなり、我慢するのが常人よりも難しくなっている。

 それでも老人は騒がずに約束を貫いた。ただの人間のように我慢を続けるのはやはり苦しかったが、それでも貫いたのは怪物の中でも理性的な部分が強かったこそだ。

 年の功もある。若人が多かった怪物達でも数少ない年長者に入る老人は、故に若い怪物の起こす騒ぎに不快を覚えることもあった。

 弱者を嬲るのも、女や男を囲って血肉の饗宴を行うことも、果ては人間を管理するのすらも彼にとっては気に入らない。


 弱い奴だけ殴って何が楽しい。女や男を抱くならば自分以外他に居ないと思わせる程に依存させろ。

 人間を管理していたところでそもそも怪物の殆どは自由奔放だ。見ていない内に逃げ出されるのがオチなのだから、ほどほどに地獄を見せて後は放置していれば良い。

 ディストピアを形成するには怪物達は素人だ。それに最初の理念からして自由を尊んでいる。

 管理などうまくいく筈がないのに、後のクイーンが始めたことで拙い管理体制が出来てしまったのだ。


「……あいつらはどうしているか」


 ぽつりと老人は空に向かって言葉を零す。

 彼の管轄は沖縄。日本という国における最も南にある県。北海道同様に地続きに繋がっている訳ではないので他所からの干渉も少なく、実質的に全ての決定権を老人が握っている。

 彼は最初から管理を放棄していた。かといって、そこに住む人間をただ眺めることもしなかった。

 怪物の燃料が負の感情である以上、どうしたとて老人は彼等に地獄を見せねばならない。

 勇気や希望は邪魔であり、故に芽が現れれば摘まねばならぬのが彼の日常だ。

 それが強者を生む下地を破壊していると知りながらも、自身の質を維持していくには老人はしなければならなかった。

 

 沖縄に住まう人間は皆、老人を恐れている。恐怖し、屈服し、一度も目を合わさぬまま生涯を終えたいと願っている。

 だけれども、と老人は思うのだ。雑にした管理体制の中から老人に見つからぬ形で芽が生まれていてほしいと。

 勇気と希望だけではなく、怨嗟や憎悪を燃やして立ち向かってほしい。

 可能性が無限であることをどうか証明しておくれ。その時こそ、老人は胸を熱くして牙を剥ける。


「いかんな、折角の馳走が目の前にあるのに。 他所に気を向けていては勿体無い」

 

 老人は苦笑した。苦笑して、右頬に強烈な拳を一撃放つ。

 辺りに骨の砕ける音が鳴るも、歪んだ頬は即座に修復された。

 

「怪我が治るのは有難いもんだが、これじゃ気付けにもならんな。 酒にも酔えん」


 痛みで覚醒したのはほんの一瞬だけ。

 肉体は健常に戻り、酒をいくら飲んでも酔う前にアルコールが体内で分解される。

 前後不覚になることは無かったが、これはこれで風情が無い。酔い潰れるのも酒の楽しみだというのに。

 彼が酒を飲むことで得られるのは、ただ懐かしの味だけだ。

 それでも十分だと、彼は心の中に浮かぶ小さな不満に蓋をした。重石として美味いものを心行くまで楽しめるのだからと言い訳して。

 

「――で、時間になった訳だが」


 それから五時間。

 時間経過と共に起床した人達がそれぞれ動き始め、それは即ち一喜達の行動開始を示している。

 胡座を掻いた状態の老人の背後から扉の開く音がし、そこから武器を携帯したメイド達がぞろぞろと姿を見せていく。

 最後尾に一喜を含めた何時ものメンバーが姿を現して、ついに待ち侘びた全員集合を老人は迎えた。

 彼の気配を背後で捉え、心臓が一際強く高鳴る。まるで恋する女子が如くに意識が集中してしまい、それ以外に目が向かなくなってしまう。

 

「よう。 調子はどうだい」


「どっちも良好だ。 問題は無い」


「それは良い。 待った甲斐があったよ、いや本当に」


 その場で尻を回すと、腕を組んで相も変らぬ仏頂面の一喜の姿があった。

 格好も普段と変わらない。革製の茶褐色のジャケットに黒のカーゴパンツ姿に武器を隠している様子も無く、このまま行くにしては不足が目立つ。

 ベルトがあるので武器が無い訳ではない。けれど、それは解っていれば老人が先んじて止めることも出来る。

 メタルヴァンガードにならねば一喜は人間のままなのだ。制圧するのも問題無い。

 この場合、一喜は全身に武器を携帯するべきだった。背中にアサルトライフルを持ち、両腰にハンドガンを装着して更にナイフを何本か懐に忍ばせるべきだったのだ。

 

 練度の不足については問題ではない。どうせ怪物にダメージを与えられないと解っているのだから、それ以外の用途に使うのが利口だ。

 例えば現地の人間を武器で脅迫する。例えば殴って壊せない物を破壊する。

 選択肢は多ければ多い程に生存に直結する以上、悉くを放棄した一喜の姿勢は無謀の一言のみ。

 されど、その無謀さを指摘することを老人はしなかった。どうせ他でも散々に言われていることだろうと予想していたからだ。


「飯はどうだ? 向こうでも一応用意はするが」


「朝に滅茶苦茶食った。 後は栄養食をポケットに入れてあるからそれを食うさ」


「警戒してるなぁ、別に食い物に毒を入れる気は無いぜ?」


「お前を警戒してって訳じゃない」


 二人の確認は極めて穏やかだ。

 敵同士だと欠片も思えず、仲間同士のなんてことのない会話にしか見えなかった。

 態度自体は警戒を表しているが、一喜は然程老人そのものに大した警戒をしていない。

 出会った当初からの短い間柄であるも、老人は約束は律儀に守る性分だ。相手が破ることを前提にしていなければ黙ってその時を待ち、順当に事が進む様を邪魔しない。

 そんな人物が態々一喜と戦う為に飯に毒を仕込む真似はしない。出されても毒見もせずに彼は食べるだろう。


 その上で飯を食べない選択をしたのは、作るのがきっと沖縄の人間だと考えたからだ。

 実際に現地に降り立った時、老人が沖縄の人間に事情説明をするとも考えられない。多くの人間を無視して自身の領域に向かい、その過程で沖縄に住まう人間は一喜の姿を見る筈だ。

 道中で彼は体力温存を目的として着装を解除するつもりだが、何も知らない面々には元に戻る一喜もまた怪物だと誤認しかねない。

 一体だけだった怪物が二体に増えた。この絶望的と呼ぶしかない情報に彼等の頭も一度真っ白になる。


 辛かった日々が余計に辛くなるのか。

 今度の怪物は一体どんな仕打ちをするのかと気が気ではなくなり、やがてなんとしてでも排除せねばと思考が飛躍していく可能性は否めない。

 純粋な武力に出ることも、搦め手で一喜を追い込むことも、現地の情報を知らない身では幾らでも予想することが出来る。

 故に一喜は相手が出す物を最大限受け取らず、無碍だとしても捨てる気だ。向かう場所が敵地である限り、優しさは彼にとって毒となる。


「まぁ、まぁ、好きなように構えとけよ。 ……もしかしたら想像とは違うかもしれねぇけどな」


「そうであることを願うよ。 そっちの方がずっと素敵だ」


「違いねぇ」


 がっはっはっはと老人は高く笑った。そして、彼は徐に身体を持ち上げ――――軽い力で天高くへと飛び跳ねていった。

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