【第二百三十一話】行く者
老人から齎された情報により、多くの将来の重犯罪者達はあの世へ旅立った。
彼等の死体は街の一角に集められ、そのままカードの力で纏めて灰に変える。風に乗って消えていく黒い灰には誰も感慨を覚えず、意識すらせずに彼等は占拠した建物の前に集合した。
一喜をリーダーとしたメイド部隊はその全てが望愛の命によって反抗の意志を許してはいないが、かといって感情の全てを否定してはいない。
彼女達の目には不服の意志が宿り、こうして一喜の下に付いている事実に生理的な嫌悪を覚えている。
これが好転することは無いだろう。老人の目から見ても両者の仲は悪く、一歩間違えば反逆される危機を一喜は抱えている。
それでもメイド部隊を矯正しようとしないのは、したところで意味が無いから。
既に絶対が定まっている彼女達に言葉を尽くしても効果は無く、寧ろ尽くせば尽くした分だけ好感度は落ちていくだろう。
彼女達が慕っているのは望愛だけだ。望愛の人生が悲惨に見えて、それでも彼女は他者に手を差し伸ばしたからメイド達は光を見た。
一喜が望愛に焼かれたように、メイドは望愛に焼かれたのだ。その結果として至上唯一と胸に刻み、何もかもを捧げている。
他に良心的な人間が居ればメイド達は望愛を唯一無二に定めなかっただろう。社会の怪物が醜悪のままであったからこそ、望愛の光は際立ってしまった。
「これで当面は問題無いよな?」
「ああ、木端は自警団が排除するだろうし、ある程度の脅威は世良が潰せる」
「そうかい。 ま、そこら辺は俺にとっちゃどうでもいい」
老人はアパートの塀に身体を預け、事態の確認を行う。
一喜が思い返すあたり、現状の敵勢力は二つだけだ。怪物達を率いるポシビリーズに、街中に突然出現する悪人達。
怪物達は突発的に襲撃を行うので予想のしようがないものの、現状では互いに積極的な交戦を避けている。
今も戦う意思があれば、恐らくは怪物の一体や二体くらいとは戦っていた筈だ。それくらいには我慢強くはなく、稚気に溢れている。
それを抑えているのは、一重にトップであるルネサンスが皆の恩人だからだ。
苦しい時に手を差し伸べ、夢を叶える機会を与え、特に大きな対価を求めなかった。
ルネサンスが望めば好きなだけ怪物達から搾取することは出来ただろうに、本人はあくまでも各エリアの統治を行わせるだけ。
見返りを求めない愛。報いを望まず、ただ本人が幸せであることを望む慈愛の心。
多くの人間を殺して常識を歪める真似をしたとて、怪物達からすればルネサンスは真なる救世主。信仰か、或いは親愛を以て接するのは自然だろう。
故に怪物は此処を襲わない。となれば、ただの悪人に今は注力すべきだ。
自警団の数は時間と共に増加している。多くの戦力が外の監視を務め、水の警護を担い、魚街の人間に状況の伝達を行っていた。
まだ不足な部分が多いものの、メイドが教官となってくれたことで不足分も何れ解決していくだろう。
専門的な能力を磨けば、拠点を守る盾はより堅固になっていく。
中で心変わりを果たす人間が出ないとも限らないのでチェックは欠かせないものの、お蔭で治安はこの世界では珍しいくらいに良い。
拠点内の人間が心安らかに過ごせているのであれば、それを成した元無頼漢達の中にも良心的な側面が生まれ始める。
今正に、拠点は元の時代への逆行を行っていた。
残る不確定は静けさを保ち続けているオールドベースくらいだが、彼等の最高戦力を一喜達は知っている。
能力としては人間以上、メタルヴァンガード未満。カードの使い方で柔軟な対応が可能になっているとはいえ、元々の枚数が少ない環境では十全には動けない。
「んじゃあ近い内に行こうじゃないか。 行くのはお前だけだと良いんだが……」
「そいつは難しいだろうな」
よって、オールドベースも積極的な侵攻は難しい。
そして極めて均衡に近い今ならば、老人の居る地域に出向いても意識をそちらに全て割り振ることが出来る。
敵地に赴くのだ。後顧の憂いなんて欠片も感じていたくはない。
例え無意識に不安を覚えはしても、それは意識を浸食するレベルになってはいけないのだ。切り替えて消えるレベルならその方がずっと良い。
とはいえ、じゃあ彼一人で行けるのかと聞かれれば答えは否だ。
建物の荷物を漁る世良や十黄もそうであるが、特に望愛が一番一喜と一緒に行動しようとするだろう。
それを引き剥がすのは至難の業だし、一喜としても完全な一人の環境で囲まれるのはよろしくはないと認識している。
最低でも劇中で登場したメインの四人分のメタルヴァンガードは必要だ。それとて質次第では荷物になるが、弱い怪物であれば着装したばかりの素人でも殺し切ることは出来る。
それは一喜が実際に証明してみせた。
よって現在の戦力で沖縄に行くとなれば、一喜と望愛の二名が望ましくなる。
ただの人間は総じて不要。居れば居るだけ荷物となるのは敵地であることを考えれば当然。ではメイド部隊であればと考えるかもしれないが、一喜目線では一緒だ。
「最低でも望愛の奴は付いて来るだろう。 お前の所に行くんだから安全性なんて皆無だ」
「安全性ねぇ……」
老人は虚空を見上げ、頭の回転を始める。
多数の怪物の中で、老人程に友好的な怪物は他に居ない。人間が出した提案についても積極的に自身の中で考えてもくれる。
それは一喜という特別が居るからこそであるが、だとしてもそこまで考えてくれる怪物は稀有だ。故に、一喜が何気無く出したもしもの可能性が可能かを老人は考え出した。
そんな彼の様子を後に、一喜は全員に撤収を告げる。
世良達も呼んで拠点に戻り、今後彼女の主導で悪人達が集めていた様々な資源を回収していく。
それなりに時間はあったのだ。集められている品々に食い物は無いであろうが、他で満足させることは出来るだろう。
屈強な奴を多めに選んで短時間で運び出せば、キャンプの人間に盗まれる数も抑えることが出来る。
表に顔を出した世良の脳裏には既に今後の予定が浮かび上がり出していた。
「お疲れ。 どんなもんだ?」
「リストを入手した。 奴等、結構色んなもんを溜め込んでたみたいだな。 全部持って帰るまでにちょっと時間が必要だ」
帰還する道中、世良は分厚い紙の束を一喜に渡した。
粗末なクリップで止められたソレを幾つか捲ってみると、まったくジャンル別けされていない品々の名前が記載されている。
右上には日付が書かれていた。数ヶ月も前から続く資料の束は纏めるだけでも少々面倒だ。
これが全てではないだろう。探せば他にもリストは見つけられるかもしれない。
しかし、それを見つけて一喜達の使っているテンプレートに当て嵌めていこうとなると面倒極まりない。
「世良にはこれはさせないさ。 俺の方で全部やっとく」
「あ、十黄。 別に私でも……」
「リーダーが雑用してどうする。 お前はもっと大きな事に目を向けろよ」
世良としては今後の作業が面倒だと感じていたが、やる気はあった。
とはいえそれは十黄が言うように雑用だ。他の人間でも出来るような仕事を拠点のリーダーを張ろうとする世良がする必要は無い。
一喜は苦笑しながら資料を十黄に渡し、奪い取ろうとする世良の手を掴んで柔らかい声で指摘した。
リーダーにはリーダーにしかできない仕事があって、それは資料を整理するのでも物を運び込むことでもない。
小さい頃ならいざ知らず、今では大集団の長だ。任せることが出来るのならば、もっと人間を小間使いのように使うことも求められるだろう。
「十黄」
「解ってる」
一喜の短い言葉に十黄は首肯した。
世良は誰かに面倒を押し付けることが苦手だ。やれるなら自分でやろうとするし、それは世間一般からすれば正しい。
けれど、リソースは常に一定だ。吐くべき場所かそうでないかを見極められなければ、リーダーとして不足が目立つ。
そんな世良をよりリーダーとして際立たせていきたいなら、先ずは一番関係が続いている十黄が手本を見せるべきだろう。
十黄としてはその手の行為に忌避感は無い。そもそも拠点の住人は積極的に手伝いを望んでいるのだから、此方が何か役割を与えないと腐ってしまう。
上を正し、下を正す。間でバランスを取らねばならない役割は、正しく十黄にしか望めない。
だがそれは、中間管理職としての道を歩んでいることも示唆していた。




