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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第二百二十六話】常識的な老人

 老人の吐き出す化物は、この世界では常に一つの理由に定まっている。

 人外の脅威として認識される単語は嘘でも語ってはいけず、騙れば早々に人類圏から排除されて生きる術を喪失してしまう。

 その上で老人は自身が化物であることを告げた。一切の嘘を挟まぬ怪物としての表情を晒したまま。

 一瞬だけ硬直した烈は、直ぐに走り出す。全身から汗という汗を噴き出させ、叫ぶ行為そのものを切り捨てて走ることのみに全霊を注いだ。

 叫べば周りの人間は気付くだろう。内部に化物が居ることで場は騒然となり、四方八方に逃げる筈だ。

 

 だがそれは、化物を刺激することに繋がる。

 烈の知る化物達は騒ぐ人間を前に煩わしさを覚えるか、愉悦を覚えるかの二つだ。後者であれば直ぐに死ぬことはないものの、前者であれば逃げる隙も無く早々に殺されてしまっていただろう。

 相手を刺激してはいけない。同時に、相手がその気になる前に視界から姿を隠さなければならない。

 烈は周りの人間の安否を気にすることを捨てた。あの場には子供も女も老人も居たのに、彼等の安全を無視して自分だけの安全を優先した。

 これを自己保身だと非難することは出来る。けれど、まだまだ子供でしかない烈が事態の解決に動いたところで何も変えられない。


 烈は走った。走って、走って、ふと前を向いた。

 その道が見知ったものだったことに気が付いて、ならばと更に足に力を込めて回転率を上げる。

 真っ直ぐに突き進めば、そこにあるのは一つの高層ビル。この拠点の誰よりも頼りになる男達が住まう最大の安全地帯。

 

「――成程、あのビルの中に居るんだな?」


「ッ!?」


 あそこまで辿り着ければ。

 思った刹那、横から老人の声が響いた。

 驚愕と共に顔をそちらに向ければ老人は烈とまったく変わらぬ速度で並走していて、獰猛な笑みを浮かべて彼を見ている。

 相手は化物。追い付くだなんて思ってはいない。思ってはいないが、だからといってこんな至近距離で顔を合わせ続ける経験が烈にはない。

 心臓が一際強く叩いた。せり上がる絶叫を無理矢理抑え込み、胸に走る激痛が肉体の安全装置を起動させる。

 突然の停止に身体は前のめりに倒れた。老人は少し前で止まり、軽やかに振り返って少年の前まで歩み寄る。


「いきなり走る必要はねぇだろ。 こちとら別に取って食おうって訳じゃねぇんだから」


「はぁはぁ……」


「ただ、前にあいつのツレに話したことを覚えてないか聞きに来ただけだっての」


 荒く呼吸を繰り返す烈の前で老人は足を広げてしゃがみ込み、努めて普通の用件であることを告げた。

 化物が普通のことを告げる。それがどれだけ普通ではないことかを、烈はこれまでの理不尽の中でよく知っている。

 いや、最早常識だろう。化物から与えられる常識や優しさは絶望へのスパイスに過ぎず、安堵した次の瞬間に罵倒と共に嘘だと言われかねない。

 唯一他とは違うと断言することが出来るのは、この老人が真っ当な服を着ていないことくらい。それもまた狙った服装であると言われれば誰しもが頷くだろう。


 烈は何も言わない。

 言えば一先ずは関心を喪失するだろうが、烈は呼吸することだけを続けた。

 一喜と過ごした日々を烈は忘れていない。今では殆ど彼等の活動に関わることが出来なくなったが、そもそも烈は積極的にグループのリーダーを狙ってはいなかった。

 彼がリーダーだったのは他に人が居なかったからで、多くの人間が居る現在の環境では彼の力は大して求められない。

 子供達の様子を見ていることを仕事と言えばそうではある。昔から子供達の世話をしていて、他の子供よりも思考は大人寄りだった彼だからこそ幼い子達の纏め役としての地位を与えられた。

 だがそれは、他の誰でも出来ることだ。子供を操るのは難しいが、接し方さえ乱暴でなければ意外に従順でいてくれる。


 例え反抗的であろうとも、常識的に接していけば成長していく過程で子供は理解していくのだ。

 今を生きるには、庇護してくれる人に頼らねばならない。集めて行く術を知らない身では無謀な挑戦は死を呼び込み、そして実際に無茶な行動を起こした子供は躯をその辺の地面に晒している。

 烈達も無謀な試みは何度もしていた。そうせねば生きられないからして、だから一喜が助けてくれた事に恩を感じている。

 恩人の損になる真似を烈はしない。そんな不義理を働くくらいなら、烈は恥のあまり死を選ぶ。

 死にたくなくとも、死にたくなる程の恥に烈は耐え切れなかった。


「――おい」


 だから、ここまで走ったことは彼にとって無駄にならない。

 老人の背後で声がした。ゆるやかに振り返った老人は、その先に居る青年を見て瞳を輝かせた。

 黒いジャケットにベージュのカーゴパンツを穿いた男は、一見すると多少顔が良いだけの普通の出で立ちだ。

 小奇麗であることも目立つ要因にはなるだろうが、かといって化物達が特筆するような特徴を有してはいない。

 しかし、老人はそんな見た目の青年に惹かれた。


「子供相手に何してやがる」


「いや、別になんもしてねぇよ。 ちょっと俺が化物だって言ったらよぉ、勝手に逃げやがったんだ。 俺は人探しをしてたってのに……」


「……人探し」


 ジャケットの内側から無骨なベルトが姿を現す。

 戦いを幾度も繰り返したことでベルトには汚れや小さい傷が入っているが、使う分にはまったく問題無い。

 化物の意味を一喜とて承知している。それを人の姿をしている存在が態々言う必要も無いことも。

 であれば、眼前の老人は人に非ず。常識の外に住まう、人類の敵対者だ。

 戦意が立ち昇る。今日の一喜はただ外の様子を見回るだけのつもりだった。拠点内ということで護衛も要らないと存在せず、故に現時点で騒ぎにまでは発展していない。

 だからか、老人は立ち上がりながらも腕を一本前に出した。掌を彼に向け、老人は楽しみを飲み込むように首を左右に振る。


「おいおい、そっちもいきなりだな。 そりゃこれまでがこれまでだからしゃあないが、今回は戦いに来た訳じゃないぞ」


「っは、それを信じろと?」


「信じるも何もって話だ。 ていうかお前さんの御仲間に事前に用件は伝えてあるんだがな」


「御仲間?」


 老人の言葉に嘘は含んでいない。信じられる内容ではないものの、戦いを遮る程に会話を続けることを化物は選択しない。

 他人の都合なんて関係無しが彼等の常識だ。己の都合を第一とするからこそ、老人の振舞いは嫌に理性的だった。

 困惑が一喜の脳裏に過る。このまま戦うことを果たして選んで良いのかと、少々の迷いが胸に宿った。

 

「相手は誰だ?」


「声の感じからして女だな。 メタルヴァンガードになっていたぞ」


 メタルヴァンガードになれるのが誰かを化物側は知らない筈だ。

 その上で女であると断定したのであれば、少なくとも会っていたことは事実だろう。

 残るはどちらであるかだが、それを尋ねる真似は態々しなくとも良い。

 一喜は老人から一度視線を切り、烈へと向ける。恐怖に歪んだ顔には汗が流れ、荒い呼吸は多少は落ち着いている。

 とはいえ子供をこの場に残すのはよろしくない。ならば他の人を呼んでもらう足になってもらった方が良い。


「烈。 ビルに行って世良と望愛を呼んでくれ。 今ならまだ他には行ってない筈だ」


「……兄ちゃんはどうするんだよ」


「詳しいことを知りたい。 俺は大丈夫だから、烈は仕事をしてくれ」


 子供に向けるにはあまり正しくない言葉だ。

 けれど、一喜は烈に逃げたと思わせたくはなかった。これも一つの仕事だと正当性を与え、さっさと足を動かせようとしたのだ。

 力強い笑みを浮かべる一喜の顔に烈は安心を覚えた。彼に任せてしまう事実に無力感が無いとは言えなかったが、それでも足は自然とビルの方へと動き出す。

 駆け出した彼を老人は追いはしなかった。いや、最早老人の頭に少年の姿はまったくと入っていない。

 ただ、眼前の男を見る。動き出す手を必死に止めて、歪みそうになる口を懸命に朗らかなものに変えて。

 

 新しい出会いが始まった。それは何かを予感させるにしては、酷く物騒な出会いであった。

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