【第二百二十二話】その男、変人に会う
仕事、異世界、仕事、異世界。
一喜を含め、現代で生きる者達に大きな休みは基本的に存在しない。
バイトとはいえ忙しい店では常に手や足は動いているし、家に帰った後には今後の方針についてを望愛と話し合うことにもなる。
この話し合いが短く終われば長く眠ることが出来るが、やはり異世界の未来を左右する以上は簡単に決めることは不可能だ。
必然的に長考や情報収集に時間を費やして、果てにはロクに眠れない時間もあった。
そんな生活をしていれば体調が悪くなるものだが、一喜を含めた現代組はそもそも異世界での日々で苦労を覚えはしても嫌気は感じていなかった。
何せ世界は地獄だが、人間性はこの時代よりも悪辣ではないのだ。誰も彼もが裏を抱える暇も無い程に苦しんでいたが故に、手を差し出した一喜達に対する感謝はあまりにも深い。
勿論、中には馬鹿な事を考える人間も居た。
盗みを働く者、喧嘩で殺傷まで至る者、幹部陣の仲間入りを果たそうとした者。
思考は単純明快であり、であるからこそ現代の人間より裏を取るのは簡単だ。何の訓練も受けていない一喜ですらも対面するだけで悪人かどうかを選別することが出来るのだから、異世界の人間は隠し事をするのが随分難しいのだろう。
だが、一喜はこの悪が一定数居る状況を受け入れている。どんな理想的な空間が用意されたとて、絶対に一定割合の悪が混ざるのだから。
もしも十割善性の世界があったとして、それも時間の流れで一部が腐っていく。
世界では無菌室ではない。様々なウィルスや毒を受け、人の内面はあっさりと善の天秤の反対に傾いていくものだ。
性善説を信じる現代人はもう殆ど居ないのではないだろうかと、一喜は考えている。
それは彼の錯覚に過ぎないが、錯覚だとするには酷くリアリティがあった。
悪い事が起きる可能性の方が高くて、良い事が起きる可能性の方が低いのが日常。
同僚も先輩も後輩も何か愚痴を吐いて、客の中には何の問題も無い店員に愉悦混じりのクレームを叩き付けた。
そんなことをしても人生の解決にはならないのに、彼等は長年の日々の中で毒を吐いていなければ生きていけない身体構造に自身で改造したのだ。
毒を吐くことを今の彼等は悪だとは思うまい。それに一喜自身、半ば同情したくなる部分もあった。
「おお、一喜殿! ようこそお越しくださいました!!」
「……あ、ああ」
だからこそ、異世界の人々が持つ天然の輝きは一喜の目を焼く。
毒を吐く前の状態になれた人々の強い感情は心の暗雲を吹き飛ばし、遥か先にある理想の空へと繋げていた。
しかしある意味、強い光は戸惑いを呼ぶもの。
今日この日、一週間分の報告を世良から受けた一喜は異世界人の強力な回復力に困惑を覚えた。
思わず自身の足で現場で向かい、そこで出会った人物達は実に燦爛とした笑顔でもって一喜達を出迎えたのである。
「私、世良様より技術主任を任せていただくことになりました、瀬戸水と申します。 具体的な紹介は今は置いておいて、先ずは此方をどうぞご覧くださいッ。 約一週間前に発見された複数のソーラーパネルをこの拠点の最上部に設置し、同じく発見された大型のバッテリーに接続致しました!」
場所は誰も使っていないビルの屋上。
上部は平たく、周囲の建物よりも幾分か高く設計されていた。
高い分だけ上り下りをするのは苦労が掛かるが、白いカッターシャツを白衣のように纏う集団に疲労の色は無い。
寧ろ今この瞬間こそが至福と言わんばかりの姿で明らかに業務用と思われる大型のソーラーパネルについての説明していた。
縁の黒い一般的なパネルは大人二人分のサイズを誇り、それが合計で六基斜めに設置されている。
裏からは白と黒の線が伸び、所謂ポータブル電源に繋がっていた。
発電は既に開始されている。今この瞬間も電力を生み出し、ポータブル電源内のバッテリーに溜め込まれて止まらない。
「発見時の段階で解ってはいたのですが、パネルに付属されていた配線ではバッテリーに電力を供給することは不可能でしたので、他の端子を探して移植しております」
「規格は大丈夫なのか?」
「勿論です。 壊れてしまっては元も子もないですから。 寧ろ今は推奨規格よりも少々抑えて供給をさせています」
これまで拠点には電子部品や家電製品も運び込まれていた。
それらは少し前の段階ではまったく使い物にならず、住人達の大多数がお荷物として認識している。
彼等はその中から使える物を運び出しては改造を施し、確りと有用品として稼働を開始させたのだ。
「これでどれくらいの物を動かせる?」
「……残念ながら、大きな物はまだ動かせません。 この電源を通して電池の充電をすることで小型家電は動かせますが、全住人にエアコンを届けるような行為はまだ無謀です」
「まだ?」
「ええ、まだです」
六機のソーラーパネルで出来る範囲は非常に狭い。
もっと多くの面積を用いて幅広く設置することで初めて安定供給は成り立ち、大型の器具を動かすことが出来るだろう。
されど、充電が出来るのと出来ないのとでは幅は広がる。
充電可能なバッテリーが存在すれば一喜が用意する必要も無く、同様に小型バッテリーが使えれば照明だろうがノートパソコンすらも使えるようになる。
これは非常に有難い話だ。特にノートパソコンの類は既に発見され、表面上は無事であることも確認されていた。
情報管理はパソコンの導入で加速度的に楽になるであろうし、夜間に作業をしようと思えばいくらでも出来る。
しかし、それだけではないことを一喜は瀬戸水の言葉から察した。
相手も笑みをますます深め、他の技術者集団からは妙にコミカルな含み笑いを発し始める。
何もしなければ怪しい集団だ。これが味方であることを喜べば良いのか困れば良いのか彼には解らない。
「正直に言いまして、この程度はまだほんの手始めでしかありません。 我々にとっては出来て当たり前で、この程度も出来ないのであればこの服に袖を通す気も起きません」
「それ、カッターシャツだよな?」
「我々にとっては白衣です」
「あ、ああ。 OK、何でもない」
彼等は白衣に何か特別な想いを持っているようだが、それについて一喜は敢えて刺激させずに先を促す。
相手もあまり気にした様子も無く、そのまま流れるように今後の計画を口にした。
なお、彼の背後には護衛として動く世良を含めた自警団が居るのだが、彼等は揃って技術者集団を変な奴等として睨んでいる。
電力が僅かであれど戻ってくるのは有難いが、それを成したのは頭の螺子が外れた変な思考の人間だ。信用度といった部分ではあまりにも低い。
が、技術者達は彼等の睨む目をまったく意識していなかった。そもそも一喜にのみ集中していて見てすらいなかった。
仮に見ていたとしても技術者達は護衛を鼻で笑っていただろう。
護衛が出来るのは守ること。それ自体は勿論大切だが、発展に寄与することはない。
一喜に苦労を掛けないことは見事ではあるものの、現時点で優秀さを示せているのはやはり技術者達だ。
彼が見に来てくれる機会が今後どれだけあるかも解らない。実力を証明し、彼等は自身に訪れている苦境を取り払おうと言葉を尽くしていた。
「話が少し逸れましたが、我々の現時点での最終目標は電力の完全復旧です。 この場合の完全復旧とは、電力の安定供給にあります」
「――――ほう」
瀬戸水。彼は何てことのないように今後の話をした。
如何に発電するか。どれだけの電力が求められるのか。何処に発電施設を用意するのか。
それは一喜が世良達に望んだ、未来を見据えた思考だった。




