【第二百二十話】女の隣に立ちたい男
「着ッ装――!」
Standby. HEART of DNA.
赤い光が周囲を満たす。迸る光が形成するのは二つの螺旋。双方は着装対象の世良の左右に生まれ、ゆっくりと彼女の下へと集まっていく。
機械的な待機音は彼女を見ている一喜や望愛からすれば慣れたもので、しかしそれにまだ慣れていない一般人は赤い輝きを前に驚嘆を隠せない。
あれこそが我々を救う光。これまでもこれからも続く、この世界の強さの象徴。
一喜や望愛だけが占有していた力が今こそ異世界の住人に渡り、拠点の支配者となる少女の権威となった。
The strongest do not survive. It is the most adaptable that survive.
紡がれる機械音声の後、二つの螺旋は一つとなって彼女と重なる。
生まれた遺伝子の帯が彼女に触れ、装甲となって物質化を果たす。生物的な見た目から細身の女性的な装甲を纏う騎士として再誕し、彼女の手には武器らしい武器が見受けられなかった。
光が消え、残るは鈍色のメタルヴァンガードの姿。
一喜が赤いツインアイで望愛が青い十字の特殊な目を持つ中、世良の纏ったメタルヴァンガードは左右に動く緑色のモノアイを頭部に持っていた。
細い姿は痩せぎすなイメージを抱かせる。勇壮と呼ぶよりも不気味なイメージが拭えず、無言で近付けば否応無しに警戒を感じさせてしまうだろう。
皆が集まる広場の真ん中で、彼女は自身の手を握っては開けてを繰り返した。
己がどんな姿になったかをモノアイで見下ろし、不意に足に力を込めて空へと跳ねる。
唐突な行動に住民は驚きの声を発するが、直ぐに地面へと滑らかに着地を果たした。そして着装そのものを解除し、世良は皆の前で興奮にギラつく目で笑う。
全てが成功したのは明らかだった。肉体が変化している箇所も見える範囲では窺えず、残るは彼女の内面のみ。
「調子はどうだ」
「すっごい全能感。 今なら何でも出来る気がするよ」
彼女の言葉には喜色が溢れている。
何でも出来るという部分は一喜としても頷けるもので、カードを全て使えるとなれば実現可能なラインも必然的に増えるだろう。
とはいえそれは、決して無敵になれる訳ではない。彼女の感じたモノは一時的なもので、それで勘違いを起こしているのであれば一喜が叩き潰す必要がある。
真正面から向き合う二人は、じっと視線を交差させた。
周りも何かを発することは無く、事の成り行きを緊張と共に見守っている。
やがて、世良はふっと笑みの質を変えた。ギラついた目から穏やかな光が足され、小さな笑い声が口からは発される。漂わせていた強気な雰囲気も消失していき、同時に一喜も内にある警戒を解いた。
「吞み込まれる気は無いよ。 暴れたい欲求はあるけど、なったばかりの私じゃ大したことは出来ないさ」
「理解しているようで何より。 今後はお前も怪物と戦うことがあるだろうから、後でそれの戦い方を伝えておく」
「よろしく頼むよ、センパイ?」
普段の勝気な顔に戻った世良に十黄は安堵し、安全だと理解した住民達は一斉に大声を発した。
新たな守護者の誕生。二人のやり取りを聞く限りでは危険ではあっただろうが、乗り越えたのであれば今後は我々を助けてくれることだろう。
拠点の安全性が高まるのであれば、彼等としては当然受け入れる。逃げるよりも残った方が利だと判断して、次に彼等は拠点をどうしようかと悩むことになるだろう。
これにてお披露目は完了した。仕事を割り振っている関係で全員が彼女の着装を見れた訳ではないが、人々の口伝で話は広がっていく。
話が終われば、一喜達にこの場に残る理由は無かった。
イベントが終わったことで彼等が次に集中するのは一喜である。あまり表に出てこないようにしていた彼が近くに居る事実は大きく、世良が起こした騒ぎが収まるまでに下がらなければ何れ殺到して来るのは目に見えていた。
一喜は視線で望愛に下がることを伝え、少数のメイド達と共に静かに消えて行く。
それを見ている人間も居たが、彼等は冷静に状況を見れる大人だ。消えて行く彼等の背中に頭を下げるだけに留め、沈黙でもって忠誠を示した。
反抗的な人間はこの拠点では肩身が狭くなる。不満を覚える余地も無いくらいに生活が豊かになっているのに、現状を崩されればまた昔に逆戻りだ。
「一先ず、これでメタルヴァンガードの使用者は三人になったな」
巨大な円卓まで戻り、皆が座ったタイミングで一喜が口を開ける。
彼は三人になったと語ったが、異世界組と元の世界組とで受取方には違いがあった。
一喜を含んだ元の世界組はたった三人という印象だ。今回の結果によってメタルヴァンガードには安全機構が存在しないことが解ってしまった以上、これからは好き放題に使用者を選定することが出来る。危惧は大きいものの、取り敢えずはデメリットよりもメリットの方が強い。
一方、異世界組としてはもう三人だ。
元から人類に味方をしてくれる強者は居なかった。数少ない資源を巡って殺し合って、或いは怪物達に弄ばれながら殺されるのが日常だったのである。
明日を生きて行く希望が無い日々で、絶望が常だったのが少し前の人類だ。
それが小さな範囲と言えども希望を抱ける場所が出来た。食べる物があって、安心して眠れる場所が存在していて、支配者は搾取を肯定しない。
怪物すらも打倒する様に人々の心は歓喜に震えた。
当時はたった一人しかいなかった環境でもそうだったのだから、三人にまで増えた事実がどれだけ喜ばしかったかは考えるまでもない。
これから全てが始まる。これまでの辛い日々はこの時の為であり、不幸な現実はこの瞬間から変わっていくのだと信じている。
故に、異世界組のやる気度合いは一喜達よりも断然高い。
「基本的な戦い方は俺が教えていくつもりだが、基礎的なスペック向上についてはメイド達に教えを受けてくれ。 普段の指示出しと並行してやるのは大変だろうが……」
「皆まで言わないでおくれ。 それで皆が安心して過ごせるなら安いものさ」
胸を拳で叩いて力強く宣言する世良に一喜はそうかと苦笑で返す。
未だ全能感が抜けていない為に強気な彼女だが、果たして戦闘が本職の者の扱きに付いていけるかは疑問だ。
抜けた後に後悔されても困りものだと思うも、今は言質を理由に彼女には頑張ってもらうとしよう。
残るは拠点そのものについて。
頭を切り替えて表情を真面目なものに変えた彼は、さてとだけ呟く。
「戦力の確保は今後も行うつもりだが、同時に拠点の設備も充実させていきたい。 優先順位は衣食住の内の食だ」
「それだったら俺が」
旗頭は立てた。ここから戦力も徐々に増えていくであろうと予測し、次の問題の中でも最も重要な部分についてを告げる。
既に世良には自分の好きな街を作れと言ってはいるものの、一日そこらで具体的な形が出来るとは思っていない。
最初の雛形を作るのは自分達だろうと彼は思っていたが、予想に反して十黄が声と共に手を挙げた。
真っ直ぐに伸ばした手に皆の視線が自然と集まり、行動した張本人は実に堂々とした態度で一喜に目をやる。
表情には自信があった。何か考えがあるのだと確信させ、もしかすればと期待させてもくれた。
「あるのか、案が」
「ある。 といっても、大分デカい話になる」
断言する十黄の発言に胸の内で喜色を覚えた。
どこでどんな変化を遂げたのか、僅かな間に十黄もまた成長している。
どんな子供も何時かは大人になるものだが、今正に彼は幹部のように振舞おうとしていた。
なら、それを応援することに躊躇は無い。
彼は水を向けることを選んだ。何れ世良の隣に立ってくれることを願って、十黄が意気揚々と話始める様子を視界に収め続けた。




