【第二百十六話】男、心を固めて
「急な帰還で悪かったな」
一喜が病院で過ごした期間は一週間と半ばだった。
その間にコンビニに電話をして謝罪を行い、次に持って行く道具達についてを望愛を交えて話し合っていた。
元より彼の身体には疲労しかない。一週間も経過する頃には動いていない方が苦痛なくらいに元気になって、しかし望愛は大事を優先して一週間では帰してくれなかった。
心を許すことを決めたからこそ、彼女からの強い言葉にはあまり否は言えない。
特にこれまでの発言が発言だ。悪いと考えてしまった以上、彼女の言葉に可能な限り頷くしか今の彼にはなかった。
とはいえ、流石に半ばまで元気な姿を見せていれば望愛とて退院を認めるしかない。
厳重なメディカルチェックを抜けて彼は無事に退院し、その足でコンビニへと向かって店長や社員達に再度の謝罪を行った。
『気にしないで良いよ。 君のお蔭でこれまで助かってた部分があるんだ。 突発的な休みの一回や二回くらい安いもんさ』
そもそも君は社員じゃなくてバイトだしね。
謝罪の対する店長の返答は、実に器の大きいものだった。社会の中でもそうそう目にすることもない広さは、正になりたい大人の姿をしていたと言えよう。
店長からは来週からで構わないと告げられた一喜は家に戻り、素直に週末までの間を呑気に過ごした。
後が忙しくなると解っているのだから、休める内に休んでおくべきだ。
ベルト関連は既に望愛が購入を済ませてある。メイド達にも指示を下し、綱吉と連携して弾薬の補充や追加武装についても検討を始めていた。
内訳については一喜の知らぬことであるが、望愛のやる気はこれまで以上に高い。
明るく生き生きとした今の彼女は年相応でありながら、これまでの人生の中で最も人間味があるとメイドを率いる沢田は感じている。
一喜がそれを成した事実に何も思わない訳ではないが、これに関しては彼に感謝を抱いていた。
不幸から如何に脱却出来たとて、それが即ち幸福に繋がる訳ではない。
過去の彼女は親達に良いように使われてきたが、同時に親達が余計な悪意から守ってきたのは事実。
家出をした時点で守りは無くなり、今度は生活そのものが彼女の敵となって襲い掛かった。
学生時代に友人を作ってきたからこそこれまでは無事だったが、仮に友人が居なければ彼女は家を借りるのも難しかっただろう。
なんだかんだと言ったところでお嬢様だったのだ。金銭感覚の類がバグっているのは言うに及ばず、基本的な常識とて平凡な一市民と比べて歪んでいる。
そんな彼女が、果たして家を出た程度で幸福になるものか。散々に悩み、散々に学び、数えるのも億劫になる程の不安の果てで――望愛は一喜に出会った。
彼女の生まれが特殊で、生活そのものも決して平凡ではないとしたら、やはりそんな人物の幸福も普通ではない。
異世界での日々は確かに望愛に道を与えた。幸福に至る為の道を。
故に、彼女はその道から外れることはしない。しがみついてでも、希望のある明日を目指して驀進していくことだろう。
新設された会議室に座る一喜は、集まった面々に対して他と同じ様に真摯に謝罪をした。
一喜に突き刺さる複数の視線は、やはりそのどれもが心配の色を帯びている。
これまで無かったことだから当然だが、トップが倒れることはそれだけ芯を揺らがせることになるのだ。
まだまだ組織としては始まったばかり。戦闘を続け、ボロボロの状態で元の世界に戻る姿は拠点の住人にも不安を抱かせただろう。
払拭するには元気な姿を見せ、更に拠点の勢いを発展させていく必要がある。
「体調は大丈夫なのかい?」
「ああ、単純な過労だからな。 ベルトを使い過ぎた弊害だ」
世良の言葉を務めて明るい調子で返すと、彼女は表情を安堵に変えた。
だが、次の瞬間には表情を厳しくさせる。彼女の横に座る十黄もまた、同様に一喜と望愛に対して難しい顔を向けていた。
「アンタが倒れてから、この拠点はもう終わりなんじゃないかと不安視する連中が増えた。 今は衣食住をこれまで以上にしっかりさせて説得もしちゃいるが、もっと根本的な問題を解決しないことには拠点から人が離れていくだろうさ」
「恩知らず、とは言わないでほしい。 誰だって生きていくのに必死だ。 此処が安全でないのだとしたら、彼等にとって眠るのだって恐ろしい話になる」
「大丈夫だ、解っている」
二人の意見は実に的を射ている。
組織を運営していく上で、トップが揺るがないことは必須だ。例え無視出来ない問題が発生しているとしても、それを表面上に出さないようにするのも上層部の仕事である。
今回は頂点が倒れた。死んだ訳ではないので折れてはいないものの、不安が増大することは避けられはしない。一喜も二人の言葉に素直に納得を示し、解決策についてを口にする。
「今此処で暮らす人間が抱えている不安を解消するには、やはり安心が必要だ。 彼等はメタルヴァンガードになれる俺や望愛が居るから安心するのであって、居なくなってしまえば他の多くと同じく蹂躙されると解っている」
「水や魚を運ぶメンバーの中でもその点については話し合っていました。 実際、僕等は怪物を倒す直接的な手段を一切持っていません」
運営側である立道も椅子に座りながら聞いていた事を一喜に話す。
拠点の治安そのものは魚街の人間が積極的に治めてくれているが、それが可能となっているのも相手が人間同士だからだ。
運ぶ者達は治安の外に出る。慣れた道故に現時点では大きな危険に遭遇することはないものの、怪物が突如出現すれば道は一気に地獄と化す。
「子供達は最近、拠点の不安を感じて泣くことが増えてます。 子供相手に隠し事は出来ませんよ」
世良と対角線上に座る瑞葉は自身が平凡であることを自覚している。
戦うことを望んではいないし、危険な場所に進んでいくことも忌避して内側に居ることが多い。
とはいえ、それで仕事をしていない訳ではない。実際にやらねばならないと決めた以上は立道と魚街に行っている。
今の彼女の基本的な業務は、専ら孤児の世話や炊き出しの手伝いだ。
当初はメイド隊が準備していたそれらを拠点の女性陣が仕切り、今では食料の管理すらも彼女達が多くを担っている。
そんな場所で働いているからこそ、子供達の素直な感情を拾うことが出来ていた。
女性特有の鋭い感性で感情を拾い、拠点内の雰囲気が過去に居た場所に一歩進んでいることを瑞葉は危惧している。
「この分だとオールドベースへの態度も悪く出ているかもしれないね。 いざという時、助けてくれないかもしれないって」
最後に一喜の隣に座る望愛が語り、どれだけ現状が厄介になっているのかを皆が理解するに至った。
これを解決する方法を異世界組は提示出来ない。いや、提示そのものは出来るが達成することが不可能だ。
この拠点自体がそもそも異世界組だけでは完成しなかった。無理を通せたのは望愛達の協力あってのもので、ならばやはり大元については頼る他ない。
それが解っているからか、異世界組が何も言わないことに望愛は腹立たせることはない。
寧ろ逆に、内心では感心を抱いていた。
「この問題を解決するにあたり、今回俺は一つの案を進めようと心に決めた。 ――メタルヴァンガード、その三人目を決めることを」
暫くの間を開け、一喜は告げる。
多くの人を安心させるには、やはり武力の象徴が健在であることを周知させねばならない。
そして同時に、象徴が象徴だけで終わらせないようにもする必要があった。
第三のメタルヴァンガードを決める。この決定は会議室に少なくない衝撃を与えたが、構わずに一喜は更に言葉を続けた。
「加え、俺はメタルヴァンガードを主軸とした明確な軍を作る。 周囲の人間全てが畏怖を覚える、そんな軍を」




