【第二百十三話】次期社長、困惑する
「先輩……ッ」
入室した望愛は彼の無事な姿に喜びと心配の混ざった声を発する。
対する綱吉は無言で彼を見つめ、敢えて感情を見せない様子だった。
二人は部屋の端に置かれている椅子をベッドの傍まで運んで座る。両極端な二名の姿は兄妹である筈なのに似通わず、生来の環境の違いを一喜に感じさせた。
座った二人を前に一喜は最初の言葉をどうするかと悩んだ。
最初は感謝を口にすべきだと思っていたのだが、二人の姿を見るとこれまでの自分が素直な感謝を吐露することを止めようとしてくる。
それが失礼であると解っているのに、上位者達に従順な素振りを見せることを心が拒絶するのだ。――――しかし、乾き始めた口は心の声を無視して喋りだす。
「病院を手配してくれて感謝する。 ありがとう」
ベッドに預けていた身体を起き上がらせ、二人に向かって頭を下げた。
相手の姿が見えないので耳で判断するしかないものの、少なくとも望愛からは息を呑むような音が聞こえる。
これまでまともな感謝が無かったのだ。それまでの流れで関係が断たれることもあっただろうに、彼女の雰囲気に不快の二字は無かった。
自分が押し掛けた側だという意識があるし、それ以上に望愛は彼に全てをベットしている。
そもそも彼女の意識の中には献身は無く、当然といった感情もあるだろう。
だからこそ、一喜の感謝には驚いた。驚いて、胸に爆発的な歓喜が湧き上がることを感じていた。
けれど、素直に感情を出すのはまだ早い。
この場において最も権力を有しているのは、一喜でも望愛でもなく綱吉だ。
彼は一喜が頭を下げている姿を視界に入れ、たっぷり十秒は時間を掛けてから大きく息を吐いた。
「……君の状態は病院からリアルタイムで聞いていたから僕は然程心配していない。 過労で倒れる経験は僕もしているからね。 休んでいればどうにかなることを経験則で知っている」
綱吉としては、望愛の心配の声は杞憂以上に感じることはなかった。
ベルトの影響とはいえ、病院側が示したのは過労のみ。感染症にかかってしまっただとか臓器に深刻なダメージがあればまた態度も変わっただろうが、疲れて倒れた程度であれば大変の範疇には入らない。
それよりも、綱吉としては尋ねたいことがあった。これが解るまでは今後の判断を付けることが出来ない。
「それよりもだ。 こうなった原因は怪物と戦ったからだと聞いたが、君自身が体験した話を聞いても良いかい?」
「ああ、話す機会も無かったからな」
今回一喜が倒れてしまった件については望愛から大まかな流れを聞いている。
だが、あくまでそれは望愛やメイド達の視点だ。一喜が体験した出来事を彼女達は知らず、知りたければ本人に語ってもらう他ない。
一喜としてもそれは当然だと素直に話し、内容の無謀さに綱吉は天を仰いだ。
彼は多忙であることでメタルヴァンガードを詳しく見てはいない。その所為で怪物達の強さを具体的に把握している訳ではないが、少なくとも現代兵器を軽く粉砕する実力を有していると判断している。
そんな怪物と戦う以上、求められる武器のスペックが高くなるのは必然。
そしてスペックが高くなればなる程、反動を抑え込む割合も大きくなる。この問題は法則として常に存在しているので、技術か無視かの二択を選ばなければならない。
メタルヴァンガードは唯一怪物と対抗することが可能な手段だ。
けれど、対抗することが出来た代わりに大きな欠点を抱えることになった。
それが強化形態になればなる程に発生する体力の消費速度。白黒のカード一枚での運用が最も消費が遅く、複数枚組み合わせたものが一番消費が速い。
中でも上位のカード群を使用した変化は長時間の運用など望めず、ただでさえ少なくなっていた一喜の体力を零まで搾り取ってしまった。
仮に限界を迎えて解除され、相手がまだ健在であったなら。その時点で一喜の敗北は避けられなかっただろう。
一喜の話を聞く限り、無茶を通す理由はあった。
望愛を参戦させる訳にはいかず、他に着装を可能とする人間も居らず、それぞれ別の場所で出現する敵。
体力は直ぐに回復するものではない。一体目を倒して次は明日でと休んでいれば、件の戦艦は何れ拠点まで辿り着いていただろう。
望愛が死ねば、綱吉は生きる理由の大半を喪失する。理由を他に見出したとしても、恐らくはろくでもない未来が到来する筈だ。
だから、瞬間における一喜の判断は間違ってはいなかった。間違っているとすれば――それはもっと前の段階だ。
「君はどうしてメタルヴァンガードを使える人材を増やさなかった?」
全てを聞いた上での綱吉の質問は実に的確だ。
使える戦力を増やせば、態々一喜だけを出撃させる必要は無い。もっと言えば、数が増えれば望愛が着装することも無くなる筈。
彼女のメタルヴァンガードはお飾りになるが、お飾りでもその存在は異世界においては大きな意味を持つ。
抑止力として、或いは自組織を示す象徴として。
故に、積極的に数を増やさない理由を綱吉は眼光鋭く問い掛けた。半端な理由であれば容赦無く指摘するつもりで。
「着装可能な人間を調べるのが難しいから――――なんてのは建前だが、やはり謀反を起こされる懸念が一番の理由だ」
「君自身が他に信頼されていないと?」
「望愛のところは結局、彼女を信頼しているだけだ。 彼女が一度でも俺と仲違いを起こせば、メイド達は此方を殺そうとするだろう。 異世界の面々とてメタルヴァンガードがあれば自分で支配したいとでも考えるかもしれない」
「成程……望愛」
「うん?」
「彼を慕っている人間は居ないのかい?」
一喜の懸念は間違っていないとはいえ、まだ起きてない問題ではある。
それに見て解る程に望愛は一喜を慕っていた。家族以上に、綱吉が知る夫婦達以上に。
惚れていると言わなかったのは配慮であるが、そうだと言いたくなかったから。
だが、望愛は兄の言いたくないことを察している。つまり心の中ではそうだと解っているのだと内心で舞い踊り、直ぐに彼を慕う人間を脳裏に思い浮かべた。
「拠点にいる人間だったら皆慕ってると思うよ? ちょっと宗教チックになるくらいには」
「しゅ、宗教?」
「うん、そうなるのは解る」
思わず困惑顔になる綱吉に解ると望愛は内心で呟いた。
一喜も客観的に見て解っていることであるが、拠点の人間は一喜と望愛を神と女神の如く扱っている。
一部はそうではないものの、大多数が信者のような有様では移動するのも一苦労だ。お蔭で表立って一喜は指示出しを行えず、他の人間が彼の命令に合わせて拠点を動かしていた。
一喜と望愛が居なければ既に拠点は拠点として動かない。
元からそうではあったものの、今ではファンタジー世界に登場する宗教国家のような有様になってしまっている。
この事実を客観的に望愛が伝えれば、綱吉は頭痛を堪えるように頭を抑えた。
「ちなみに、裏切者は出そうかい?」
「不安の種はあるけど、幹部くらいの人間が裏切ることはないよ。 皆裏切るくらいなら自殺するくらいには恩を感じているだろうし」
話を聞けば聞く程に内部の状態は異常極まっていた。
世界の情勢が情勢だけにそうなるのも不思議ではないだろうが、だからといって上層部の全員が裏切りを先ず考えないのは組織として理想的過ぎる。
組織を辞めるとなればまた話は変わってくるものの、綱吉が話を聞く限りにおいて職務を放棄する意思はまるで感じられない。
これはつまり、既に信頼出来るか否かを論じる段階を通り過ぎていたことを示している。
重く考える一喜を綱吉は見る。その目には既に、最初の鋭き光は消えて呆れだけが覗かせていた。




