【第二百二話】舌禍の戦艦、正義を見る
蓄積された負担に苦しみながら、一喜は戦艦の言葉を聞いた。
同情と慈悲と後悔が混ざり合った複雑な感情の宿る言葉。およそ敵が発するものではない言葉に一喜は目を丸くして、しかし直ぐに鋭く睨み付ける。
「同、情の、つもりか……」
『そうであると言えますし、それだけではないとも言えます』
巨体が持つには似合わぬ感情は、やはり人間味が強い。
戦艦は砲を向けることを止め、ただ二本の足で立つのみ。攻撃をすることも、何処かに移動することも彼は考えていなかった。
頭にあるのは眼前の一喜のことのみ。この今にも死んでしまいそうな英雄を前に、戦艦は戦うことを止めるべきだと判断した。
それを間違いであると理性は語り掛け、本能は正解だと語り掛ける。
己の目的を果たす為であれば、如何に善側の人間であろうとも殺すべきだ。そもそも大量の人間を殺した時点で一人二人を見逃した程度では罪は軽くならない。
理想を貫くと決めた。夢を見続けることを選んだ。――ならばここで躊躇する理由が何処にあるのか。
理性の言葉はまったくもって正しい。戦艦にとっても応としか答えは出て来ず、否を告げる理由をいくら考えたところで出てこない。
ならば、これは本心からの訴えなのだろう。心から湧き出る、隠したくても隠せない本音が無意識に口から零れ出たのだ。
『無理をせねば私と戦えない時点であの方々と戦うのは無謀でしょう。 挑戦の意志をどれだけ抱いたところで所詮は人間。 我々よりも限界が早い貴殿では、どう足掻いたとしても生き残ることは不可能です』
「そんなことは……」
『解っている筈でしょう。 私の弱点を知っているのなら、貴殿は他の方々の力量もある程度は把握している。 此処で躓く段階では足りぬと』
「……」
戦艦の言葉は正解だった。
彼は確かに色の付いたアドヴァンスカードを用いる上位の存在であるが、そうであっても最上位の存在ではない。
戦艦の上にも強者は居る。ジャックはクイーンを前にすれば、戦艦の脅威などそよ風に感じるだろうことは想像に易い。
戦艦は諦めろと突き付けている。諦め、降伏し、残りの人生をただ傍観者として過ごせと。
メタルヴァンガードの力があれば飢える心配は無い。一喜が敵対の意志を持たないと別れば、クイーン達も早々に滅ぼすことを決めない。
過去に色々とあった存在であるが、同じ人物が使っているのではないのだ。
その心根が同じである訳も無く、ならば戦わない道を選択する未来だってある筈。
そして、であれば。戦艦は彼と交流することも出来るかもしれない。
勝った者と負けた者とでギクシャクすることもあるだろうが、それでも妥協することが可能な関係へと。
もしもそうであったのであれば、戦艦は救われた気持ちになれる。
確かに自分は、誰かを救うことが出来る存在だったのだと。まるで人間のように。
「ごほっ!」
一喜の口から咳と共に血が吹き出す。
初めての経験と激痛に肉体は動くことを止めろと命令してくるが、そんなことなど知るかと言わんばかりに彼は足と腕に渾身の力を込めた。
抜けていく力を意志だけで留め、ゆっくりと、着実に、確かな想いと共に戦艦と同じ二本の足で立ち上がる。
睨む目には焔が滾っていた。妥協を知らぬその目は、正しく夢へと駆け出す青臭い若人が如く。
若いからこそ抱ける夢への情熱は、しかし一喜にはそれ以上の想いが込められている。それは綺麗なものばかりではなく、寧ろ薪代わりの燃料には負の感情ばかりだ。
荒い息が止まらない。
足の震えが止まらない。
漫画のような瀕死状態であると一喜は自覚して、なおも彼は戦艦を睨むことを止めはしない。
戦艦が何故慈悲を掛けたのかは解る。
彼は真実、誰かを殺して進む栄光に疑問を感じているのだ。そうするしかないと解っていても、それでも本当にこれしか方法がなかったのかと考えている。
だから理由を付けて殺すことを回避したくて、同時に人を救ったと思いたかった。
「――――ふざけるな」
一喜から放たれる言葉に戦艦は息を呑んだ。
その瞳に宿る紅蓮が戦艦の悪を責め立て、決して許しはしないと断じている。
「お前はもう選んだんだろ。 そうするしか方法がないって決めたんだろ」
責める口調に迷いは無い。人間味のある怪物がどのような選択をすることになったとしても、彼は自身の内にある絶対の正義の為に退くことを選ばなかった。
「なら迷うんじゃねぇ、決めた道をさっさと進め。 何人も何人も殺して、行きたいところに行けよ」
『ならば私は貴殿を――』
「解ってることを確認するな!」
怒声に戦艦の肉体は硬直した。
紅蓮が蒼へと染まっていく。より純度の高い感情の強さを前に、戦艦は眼前の人間が本当に只人なのかと疑わざるを得ない。
潰そうと思えば潰せる人間だ。救いの手を差し伸ばさねば生きていけない人間だ。
どれだけ強くなったとて、基礎が脆ければ大した力など発揮出来ない。
だがしかし。それならば何故、戦艦は己の身体が硬直していると解るのか。
背筋を走る悪寒。胸の内から這い出る感情。人間相手であればまったくと抱くことのなかったソレが、今正に彼の全身を浸食し始める。
「戦え! 戦うんだ! お前はもう引き返すことなんて出来ない!」
ベルトへと手が伸びる。
レバーを倒し、カードが排出された。
「戦えないんだったら……」
ジャケットの内ポケットに手が伸びる。
一番上のカードを取り出した時、その手には二枚のカードがあった。
数字ではない。並の兵器でもない。これまで使うかどうかを迷い、負担を考慮して使用を止めていたカードが、今握られている。
それに視線を滑らせ、一喜は迷いなく装填した。
JACK of Dual Barrel――Authorize.
「此処で死ね」
刹那、ベルトから一条の閃光が戦艦に伸びる。
硬直していた身体は突然の攻撃に回避も防御も選べず、そのまま胴体を貫かれた。
戦艦の肉体に走る痛み。修復は直ぐに行われるものの、彼の脳裏にはこれまでの迷いを打ち消す程の衝撃が走った。
『なに……?』
困惑する様の戦艦を前に一喜は何も答えない。
ベルトからはこれまでの赤光とは異なり青い光が伸びていき、彼の周りに二種類の武器が形成される。
左には長大なレールガンが。右には幾つものレンズを備えたレーザーが。
二つの兵器が未だ完全な顕現を果たす前に攻撃を開始し、盾で防いだ戦艦はこれまでとは異なる熱量に困惑を深める。
見れば攻撃が当たった箇所の装甲は融解していた。肉を焼き、紛れも無いダメージを与えている。
そんなことが出来る方法は限られている筈だと、戦艦は知っていた。
知っていたからこそ、まさかと走った予感が現実になってほしくないと祈らずにはいられない。
Queen of First aid――Authorize.
しかし、予感は現実となった。
右腕の機械が発した言葉と同時にベルトからは新しい光が放たれ、今度は三人の女神が姿を現す。
それはこの世界では誰も知らぬ力。本質から大きく外れた正の能力。
Queenとしての力を有しながらも、彼女達の放つ光は一喜の全身を急速に元通りに変えていく。
カードを使っている以上は負担が発生するものの、女神の回復はそれを凌駕してなお有り余って止まらない。
抜けた血や体力までは元に戻らなくとも、ただ怪我の無い状態になれた事実に一喜は戦意を昂らせて最後のカードを読み込ませた。
Diamond of Battleship――Authorize.
最後の一枚。一喜はそれを敢えて戦艦にした。
青光と共に出現する巨大な船を前に、戦艦である彼は苦々しさを感じて思わず睨む。
正義と悪。その立場を明らかなものとする一喜の行動に、戦艦の意志に今一筋の亀裂が走るのだった。




