【第二百一話】その男、壊れる
砲撃轟く戦地は僅かな時間で無惨な有様となっていた。
直撃した箇所は抉れ、周囲は吹き飛び、地面の上に立つあらゆる物体が捲り上がってはガラクタに変貌していく。
二つの軍隊が激突を引き起こした空間は正に破滅的で絶望的だが、しかし発生させているのは二人である。
共に見るべきは相手の顔。互いの消耗に意識を傾ける余地は残らず、片方はマスクの内側で表情を作らずに突破点を模索する。
そしてもう片方。敵側である戦艦は口を引き結び、上半分が隠されていながらも苦悩の表情を浮かべているのは明らかであった。
双方の共通見解として、この戦いには意味がある。
一喜は相手側の戦力の削減、戦艦には最大の脅威の消失。
以降の自陣営の活動を有利に進めることが出来る戦いには利益が結びつき、そこに本人の意志が挟まる余地はあまりない。
止めたところで後になるだけ。どちらかがどちらかの軍門に降ったとしても、互いに裏切りを許容しない性格上どうにか脱出の機会を伺った筈だ。
故に、双方互いに相手の意志を理解していながらも殺し合いの手は緩めない。それが背後に居る他の者達への不利益に通じると解っていれば、感情を二の次にすることも彼等には可能だ。
『っぐ、やっぱりお話通りにはいかないか……!』
建物から建物に移動して戦艦の周りを回転しながら一喜は主砲や副砲を放つが、相手は決して底の浅い激情家ではない。
各人体の関節部、唯一剥き出しの口、そして多少なりとて時間稼ぎになることを狙った目潰し。
どれもこれもが装甲を用いた防御によって防がれ、突破するには至らない。
その装甲も拉げてしまうことはあっても自動修復によって治り、どれだけ同じ個所を集中的に攻撃しても装甲である限りは修復されてしまう。
これでは決定的な一撃を放つことが出来ない。相手が油断した隙で、尚且つ攻撃力に極振りしているような状態でなければ勝利は勝ち取れない。
『――これは、ッ』
そして、戦艦側も決定打には欠けている。
元々の火力が一撃必殺に傾いてはいるものの、その所為で一斉射以外の切り札が無い。
戦艦の持ち味は安定した高火力攻撃だ。一喜のような本来の仕様とは異なる運用をしていない限り、爆発的に火力が増すことはない。
それでこれまでは十分であった。もっと言えばただ殴るだけで死んでいくような戦場ばかりを経験している所為で成長の考えは然程無かった。
この姿になってからは簡単に物事が終わって、しかしその感覚が人間性の喪失に繋がることを危惧していたのは確かだ。
故に人間性を何よりも大切なものとして、それが結果的に怪物としての感性を殺してしまった。
怪物特有の本能的なセンサーは無い。
あるのは人としての生存本能であり、眼前に迫る一撃に反射的に腕を差し込んだ。
腕部の装甲には副砲がずらりと並び、一喜の弾頭が直撃した瞬間に複数の砲塔が丸ごと拉げて使用不可となる。
走る衝撃は腕部全体に広がり、持ち上がりかけた瞬間に強引に力を入れて抑え込む。
揃った副砲は不快な金属音を立てて元の状態に戻るが、また数秒もすれば破壊されてしまうだろう。
円を描く形で一喜は攻撃を続けている。その所為で身動きは取れず、そうくるだろうと予測出来ても一斉射が出来ない。
一喜が弱点となる箇所を集中的に攻撃しているのは戦艦には解っていた。
相手は此方の狙ってほしくない場所を正確に攻撃している。となれば、これまでの余裕だった日々とは異なり損傷前提の戦いが必要だ。
『ならば』
直近の弾を腕を振るって弾く。
吹き飛ぶ腕を無視して一喜を狙わず、攻撃箇所を本人ではなく地形に変える。
元から殆どが飛ばされてはいるが、積極的に地形を狙うことでより周囲は更地へと近付いた。
瓦礫の山すらも無くなり、一喜は舌打ちをして地面に降りる。
その瞬間に両腰のアンカーが彼の居た場所に迫り、急いで離れた地面を割った。
空中に跳びながらの一喜の砲撃は脚部の装甲を集中的に破壊し、その一部が関節に殺到して肉を露出させる。
今度は防御をせずにされるがままとなったが、肉は骨を露出させはしても機能の停止にまでは追い込めない。
破壊すべき面積が広いのがこの原因であり、戦艦側は激痛を覚えることはあっても傷が塞がると解っていれば我慢もし易い。
『何を考えやがる』
呟く一喜の声など戦艦には届かない。
一発一発は一喜を狙わず、一喜の攻撃は確実に戦艦に傷を付ける。
防御を捨てての破壊活動で更地は広まっていき、必然的に一喜が戦う場所も建物の屋上から地面が多くなった。
必然的に頭部を狙うには距離が出来てしまい、射線上には胸部から突き出る形の装甲が遮ってしまっている。
これで一喜は足、もしくは振り回される腕部を狙うしかない。狙いを六ケ所から四か所に変えることで射線の数を絞られたが、けれどその程度であれば一喜にとっては大した問題にはなりえない。
戦艦を攻略したいなら必殺を叩き込むのは必須だ。
その隙を作る為にも足であれ腕であれ機能を完全に停止させねば時間も出来ない。
骨が露出していた足はチャックが閉まるように皮膚が覆い隠した。その上から装甲が壊れた箇所から伸びていき、全体を覆って元に戻る。
ビデオの巻き戻しに唾を吐きたくなる気分を抱き――――瞬間、一喜の頭に激痛が過る。
『……ッ』
跳ねようとした身体は一瞬硬直し、視界は白黒に染まる。
急速に湧き上がる胃液が口から零れ出そうになり、耳鳴りはレッドアラートを搔き消した。
刹那、放たれた弾の一つがメタルヴァンガードの胴体に直撃。
意識外からの一撃に身体は後方へと吹き飛び、爆破の衝撃に肉体が引き千切られるような痛みが襲い来る。
殆どのダメージは鎧側が引き受けてくれはしたものの、それでも巨大な爆発物をその身に直接受けたのだ。未だ無事だった建物に衝突することで止まった鎧には罅が走り、特に胸部は拉げて今にも割れてしまいそうだった。
『漸く足が止まりましたね』
遠くから響く声は一喜の耳には入らない。
着装は強制的に解除され、身体は横に崩れ落ちる。立ち上がろうと腕に力を込めるも、問答無用でそれも抜けた。
「ごふっ……」
湧き上がる異物感に咳をすれば、初めて見るような赤い嘔吐物が地面に広がる。
内臓にダメージが入ったのは間違いなく、これはどんなに軽く見たとしても深刻な状態だ。
戦艦の歩く地響きが聞こえてくる。相手は近寄らなくても構わないのに、何か用があるのか態々接近していた。
そんな敵に意識を向けながらも、普段よりも更に力を入れて上体だけを持ち上げた。
背後の割れたコンクリートの壁に寄り掛かり、荒い息を吐きつつ腰に巻いた機械に目を向ける。
壊れていれば最悪だと思っていたベルトは、幸いなことに未だ健在だ。
普通であれば粉々になっていてもおかしくない筈のダメージに無傷なあたり、やはり物語準拠の硬度を保っているのだろう。
それがどうにも可笑しくて思わず笑みを浮かべるも、掠れる呼吸音の所為でまったくと気分は変わってくれない。
トライワンダーの負荷はこれまでの中で最大だった。今の身体では耐え切れない程にダメージは蓄積され、何かするにも必要以上に気合を入れねばならなかった。
『英雄殿、まさか無理をしていたとは思いませんでした』
「う……せぇ」
まともに言葉を発することも出来ない。あまりにもボロボロな状態に戦艦は瞳に同情を浮かべ、人の儚さに何も言えなくなった。
砲が一喜へと向けられる。無数にある砲塔の内の一つでも一喜を殺すには十分であり、後は軽く引き金を押すだけでこれからは怪物の世が再開されるのだ。
人の世は最早終わりを迎えている。理不尽に終わらせたのは此方だが、そうであるからこそ悪人ではない者にはせめて慈悲ある終焉を与えるべきだ。
しかし。しかしと。――――しかし戦艦は思ってしまった。
『……英雄殿、此度の戦いはこれにて終了といたしませんか?』




