【第二百話】戦艦の後悔
戦艦は怒りを隠さず、しかし他とは異なり粗暴さは見せず。
丁寧語を欠かさずに一喜へと語り掛ける様は紳士的で、同時に恩を仇で返すような礼儀知らずを許さぬ正しさも持ち合わせていた。
それだけで一喜からすれば慣れぬ相手だ。他者を慮るような怪物など過去に居ただろうか。
『栄誉……栄誉か。 今のお前達がそれを賜るに足る存在だと本当に思っているのか?』
故に、怪物らしさが無い存在の矛盾を指摘する。
栄誉を欲する彼は敵側からすれば忠義者に見えるだろう。裏切ることを悪としていることからも一般的な善性を持ち、会話をする限りにおいては一般人と意見を合わせることも限りなく可能だ。
しかし、そうであるからこそ戦艦は最も悪とされる行為を働いている。
人を殺し、人の生きる場を壊し、協力して暮らしていく為の国の破壊に加担した。
彼の考え方は一見するとまともなようで、されど裏にあるのは善性ではなく悪性だ。
指摘を受けた戦艦は、怒りを消して怪物らしさのない苦笑を発する。
『そう、でしょうね。 貴君から見れば私は人殺しの罪人です。 通常、警察に逮捕されて然るべき罪を与えられるでしょう。 その点に関し私は否とは言いません』
常識的に語るのであれば、殺人罪は死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処せられる。
人が安穏とした生活をしていく上で設けられた法律は例外はあれどほぼ固定であり、故に戦艦自身も自分が罪人であることを一切否定しなかった。
『しかし、これは人が立てている法です。 此方側には此方側の法があって、私が属することを決めたのは此方です』
『そうであったとしても嘗てはお前も人だっただろう。 罪悪の感情も既に消えたと?』
『無い、と断言することは出来ません。 これほどに人を殺した身ではありますが、それでも申し訳なさを覚えることもあります。 ですが――』
――私には、人を見限る理由がある。
断ずる姿に迷いは無い。罪悪の感情を覚えはしても、自分のしていることが決して間違いではないと彼は覚悟を決めていた。
大量殺戮者になってでも構わない思う程の理由など、他と同様に重いものであることは間違いない。
特にまだ理性的なものが強い戦艦が敵側に付いた時点で人間の闇を味わったと考えるべきだ。
『……私は、私はあんな目に合うくらいなら生まれたくなかった。 あんな目に合うと解っていれば、そもそも全部を投げ捨てるべきだった』
悔恨の念は深い。戦艦が体験した出来事を想像することは一喜には出来ないが、それでも似た感情を抱いたことで共感だけは出来た。
苦しい思いをするくらいなら生きていたって何の意味も無い。進むべき道に光が差し込まないのであれば、その道から逃げて楽になってしまいたかった。
それが己の首を絞めるだけの日々だったとしても。何の成長も無い日常に浸ることになったとしても。
希望が無くとも絶望も無い。人として詰みになっても、苦しさから逃げられるならそちらの方がずっと良かった。
なれば。カードを三枚選び、装填する。
無言となった双方の間にカードを読み込む音声が鳴り、赤光が周囲に広がった。
『私は自由が欲しい。 自分らしさが欲しい。 己の求める正義に愚直に進むことが出来る、そんな私で居てほしい』
『それは無理だ』
戦艦の望みを彼は即座に切り捨てた。
形作られる赤光はそれぞれ戦艦、砲、無数の銃となり、彼を中心に三角の形で陣を作る。
戦艦もまた自身の砲を彼へと向けた。弾を装填する鈍い音が一喜の鼓膜を叩き、威力の高さを厳かに伝えているようだった。
『怪物になった時点でお前は道を捨てた。 別の道を選ぶのではなく、最も愚かな道を自分の手で新しく作ってしまった。 そんな奴が長生きするなんてのは道理に合っていない』
『そうする以外に道が無かったとしても?』
『道を捨てるか否かを決めたのはお前だ。 きっとお前には逃げる道もあっただろうに、逃げることすら放棄したお前にもしもを語る資格は無い』
怪物になれば夢が叶えられる――――そんなものは幻想だ。
物語の上でも怪物達の末路は悲しいものだった。家族に見放され、友人に裏切られ、赤の他人には敵意を向けられる。
従えさせるしか道の無い人生に果たして充実はあると言えるだろうか。
それがあると言えるのは、孤独を愛して他者を塵と思える存在だけだ。そして戦艦には他者を塵と思えるだけの感性は備わっていない。
哀れだと彼は思わない。可哀想だと同情してやる心も持たない。
戦艦は悪である。同情する理由があったとしても、それでも多くの人生を踏み躙った相手のことを認める道理は彼には無い。
TRYWONDERが起動する。
負担が激増することを覚悟して、彼はその身に三つの力を纏った。
話し合いの余地は無い。言外に告げる言葉を戦艦は受け取り、その心に更なる後悔が追加される。
大藤・一喜は、決して何の言葉も無しに殺すような人物ではない。
語れば語り返され、己の内にある闇に否を突き付けてくれる。それは厳しくて、若い頃であれば反発したくなるような正道だが、苛烈な程に常識的な正義なのだ。
ただ、人として正しくあれ。彼が語るのはただこれだけのものであるのに、それが怪物には処刑人の刃を想起させられる。
故に納得が出来ない。認めたくない。それが本当に真っ当な道だと解っていても、自分が選んだ道が間違いだと確信したくないから。
けれど、戦艦にはそれが間違いであると思うことが出来てしまう。人間としての精神が非常に真っ当であったからこそ、常識的な道を歩く方が正しいと認識してしまえるのだ。
しかし彼はもう退けない場所に居る。裏切ることを選ぶことは出来ない。
なら、残された道は我を通すことだけだ。肩に乗せられた主砲が、両腕の副砲が、残らず彼へと一斉に狙いを付ける。
後は意志を通すだけ。撃つと決めた瞬間には引き金は押され、彼へと一斉に攻撃が殺到する。
『ならば、我々のすべきことはただ一つ』
『そうだ。 ――やるぞ』
宣言、直後斉射。
轟音を立てて無数の砲弾が一喜へと迫り、大地を砕いて辺り一帯を爆発させる。
これまでの被害などままごと遊びに過ぎない。全力の一撃は小規模な地震を起こし、走った程度では間に合わない範囲が一瞬で人が住める領域ではなくなった。
ただの武装した人間であればその一撃で終わりだ。けれど、その程度で終わる筈も無し。
刹那、立ち込めた煙の中から二発の弾が飛び出ては戦艦の装甲に命中した。
閃光と爆発は戦艦の斉射と比較すると小さいが、腕部に直接受けた当人からすれば規模の大小など関係無い驚愕を得た。
一喜と戦艦のサイズ差は実に十倍以上ある。それに比例して当然ながら攻撃の威力も異なる筈だが、受けた衝撃は自身の放ったものと大きく差が無い。
腕が持ち上がる訳ではないにせよ、足腰に力を入れていなければ身体が浮く可能性もあった。
煙から飛び出て別の建物の屋上に立つ一喜に傷は無い。
重厚な鎧は正しく怪物たる戦艦と似ていて、しかしよりヒロイックな見た目だ。
どちらが悪でどちらが正義かを区分しているようでもあり、彼の出で立ちに戦艦はますます苦いものを感じてしまった。
『貴方は絶望を感じたことはありますか』
『無論』
砲撃が機銃の如くばら撒かれ、その最中に戦艦は問い掛ける。
英雄と呼ばれる彼が絶望を経験したことがあるのか。或いは、己と似たような苦しみを抱いたことがあるのか。
もしも無いのであれば、もしも感じていないのであれば――――正当化への道は一喜の一言で潰された。
一喜の主砲が斉射される。背中に命中した装甲は軋む音を立て、上半身が僅かにぐらつく。
直接的なダメージには至っていないが、やはり命中する箇所によっては体勢を崩される。倒れでもすればそのまま連続で攻撃を決められかねない。
しかしそれは、一喜への光明にはならなかった。




